38 静かにしてください
読んでいただき、ありがとうございます。
初めのほうはテイラン視点です。
こんな展開になると予想していなかったテイランは、リミアリアの問いに対するもっともな答えを用意していなかった。
(くそ。どうしてこんなことになるんだ)
いら立ちと焦りを押し隠し、テイランは今まさに思いついた話をする。
「な、何のためだったかは忘れた。もしかしたら、誰かに命を狙われていたのかもしれない。だから、そいつを返り討ちにしようとして用意したのかもしれない」
「自分を危険から守る行為自体は問題ありませんが、毒物を用意するのは違うのではないですか?」
「それはお前の考えであって、皆がそう考えるわけではない!」
「そうですわね。自分がこう思うからと言って、人に意見を押し付けるのは良くないですわね。申し訳ございませんでした」
リミアリアが深く頭を下げると、テイランの気分はだいぶよくなった。
(最初からその態度でいればいいものを!)
「まあいい。これからは自分の意見を言う時は、人に問いかけるなんて馬鹿なことをするな」
「承知いたしました」
勝ったと思ったテイランだったが、リミアリアがなぜか満足そうな顔をしていることに気がついた。
「おい。人に失礼なことを言っておいて笑うのはないだろう!」
「申し訳ございません。あまりにも可笑しいので、つい笑みが零れてしまいました」
「……どういうことだ?」
訝しげに尋ねるテイランに、リミアリアは笑みを絶やさぬまま答える。
「夫人のように毒物を人に譲渡することは違法ですし、それを依頼し、受け取る人も違法行為をしているのです。お二方は、それを自覚しておられるのですから、やることはひとつしかありませんよね?」
「ひ、ひとつ?」
テイランとホリーの声が重なった。
「ええ。わかりませんか?」
微笑んでいるリミアリアの目が笑っていないことに気がついたテイランの胸に、不安が一気に押し寄せてきた。
(嫌な予感がする。なんなんだ?)
困惑したテイランの横で、リミアリアの言いたいことがわかったホリーが口を開く。
「自首しろって言いたいのでしょう? でもね、かなり前の出来事なのよ? そこまでする必要はあるかしら」
「どういうことでしょうか」
「リミアリア、あなたは母親殺しの犯人を公にしたいようだけど、私にはあなたの母と違って未来がある。だから、すでに亡くなった人のことで、私たちの未来を潰すのはどうかと思うのよ」
「その言い方ですと、罪を認めるのですね?」
アドルファスに睨まれたホリーは、慌ててリミアリアの質問に答える。
「そうじゃないわ。悪いのはテイランなのだから、私まで巻き込むのはどうかと思うと言っているの」
「お前が私を陥れたんだろう!」
ホリーの発言を聞き、テイランは自分を裏切った彼女への怒りが我慢できなくなり、感情的になって叫ぶ。
「自首するのはホリーだけでいいだろう! 彼女の言った通り、もうお前の母は戻ってこない。私たちを犯人扱いするのではなく、生きている私たちを大切にしろ!」
「まだわからないのですか」
リミアリアの体は怒りで震えていた。
「まだわからないって、どういう……」
リミアリアに聞き返そうとしたテイランだったが、リミアリアの隣に座るアドルファスの顔を見て言葉を止めた。
(そうだ。アドルファス殿下が何も言わないということは、彼女の言っていることが正しいという可能性が高い)
テイランの額には一瞬にして汗の玉ができ、頬に滴り落ちた。
「わかっていただけたのですか?」
急に固まってしまったテイランを不思議に思ったリミアリアが尋ねた。
「え、あ、まあ、そうだな。わかったような気がする」
あいまいな答えを返すと、アドルファスがテイランを見つめる視線が、より鋭くなった。
殺人罪に問われる以前に、貴族としての未来に希望がないことを悟った気がした。
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亡くなった人に未来はないというが、その人の未来を奪ったのは誰なのか。
そして、人の命を奪った人間の未来をどうして優先しなければならないのか。
今のリミアリアの頭の中には、その言葉しかなかった。
テイランとホリーへの憎しみで冷静な判断ができなくなったリミアリアが口を開こうとしたとき、アドルファスがテイランたちに話しかけた。
「ここまで黙って話を聞いてきたが、お前たちがどうあがいたって輝かしい未来はない。動機がなかったと否定しても、毒物を入手し、その毒物をリミアリアの母の食事に入れたのはお前たちだ」
「そ、それは……っ」
びくりと体を震わせたふたりに、アドルファスは冷たい笑みを浮かべて話を続ける。
「言い訳は騎士にすればいい。リミアリア、何か言うことはあるか?」
「いいえ。もう話すことも嫌です」
リミアリアが首を横に振ると、アドルファスは呼び鈴を鳴らし、駆けつけたメイドに指示をする。
「兵士を呼んできてくれ。彼らを外で待たせている騎士に引き渡す」
「承知いたしました」
メイドが去っていくと、テイランとホリーは必死に訴える。
「ま、待ってください、アドルファス殿下! 私たちは何もしていません!」
「そうです! 結果的に人が亡くなったのは確かですが、私は人を殺すつもりなんて、ひとつもなかったのです! 悪いのはテイランだけです!」
「何を言っている!? 悪いのはお前だけだろう!」
未だに醜い言い争いを続けるふたりを見つめ、リミアリアは口を開いた。
「静かにしてください」
「……っ!」
今は逆らってはいけない。
本能的に察したのか、テイランたちは口を閉ざし、居ずまいを正した。




