35 捨てられたのではなく捨てたのです
子爵夫妻は夜の間に動いていたため、リミアリアに連絡が入ったのは、彼女が目覚めてすぐのことだった。
追い返すように伝えたリミアリアだったが、案の定「解毒薬を依頼したい」という、売買目的だとテイランたちは訴えた。
(絶縁した親ではなく、取引相手として会えと言ってくるのは、彼らなりに頭を使ったのかもしれないけど、よくもまあ、私にそんな話を持ちかけようとするものね)
本当の目的が解毒薬ではないことはわかっている。
「あなたたちに売るものはない」と突っぱねてもいいのかもしれないが、商売をやっている以上、世間体も気にしなければならない。
解毒薬は命に関わるものだ。
縁を切った相手に頼まれたからといって、解毒薬を作らないことをよく思わない人間も少なからずいる。仕事の一環と捉え、相手が話題を変えた時は、それなりの対応をするつもりだった。
突然の訪問だったこともあり、準備ができるまで応接室に待たせておき、リミアリアは自分のペースで動いた。
仕事の段取りを終え、応接室に向かおうとすると、昨晩は子爵邸に泊まり、今も仕事を手伝ってくれていたアドルファスが声をかけた。
「俺も一緒に行っていいか」
「もちろんです。ただ、気分が悪くなる話しかしないと思いますが、それでもよろしいですか?」
「ああ。そんな話なら尚更、ひとりで話をさせたくない。それに、彼らが捨てた娘がどうなったかも、一応知らせてやりたいんだ」
テイランたちがフラワを見捨てたことは、リミアリアたちにも報告されていた。そして、今のフラワがどうしているかもわかっていた。
「少しは罪悪感がわくといいのですけど、そういう人たちではありませんよね」
「報告では母親は辛そうにしていたようだから、話を聞いて考えを変えるかもしれない」
話しながら応接室に向かうと、扉の前にメイドが難しい顔をして立っていた。
「どうかしたの?」
「お茶のおかわりを先程お淹れしたのですが、その時に話をされていた内容が聞くに堪えないものでしたのでつい……。申し訳ございません」
「私に謝らなくていいわ。何を話していたかはわからないけれど、一般的な考え方をしていない人たちだし、相手は一応お客様よ。聞いたことは忘れるようにね」
「承知いたしました」
メイドは一礼するとノックをし、リミアリアたちのために扉を開けた。
「遅かったな!」
部屋に足を踏み入れるなり文句を言うテイランに、リミアリアは礼儀上、頭を下げる。
「お待たせして申し訳ございません。突然のご訪問でしたので、すぐにご対応することは難しいのです」
「こっちは客なんだぞ! 何があっても優先すべきだ!」
「申し訳ございませんでした」
「ふん。謝ればいいという問題ではないからな!」
(フラワ様と同じで興奮すると我を忘れるのね。待たせた甲斐があったわ)
媚を売りにきたはずが、顔を真っ赤にして怒るテイランを見て、リミアリアは満足そうに微笑んだ。
下手に出るつもりが、短気な性格のせいで当初の計画とは、全く違うものに変わってしまった。そのため、ホリーは焦っていた。
リミアリアを怒らせてはまずい。しかも、アドルファスも一緒にいるなら尚更、自分たちの印象を悪くするわけにはいかない。
「あなた、落ち着いて話をしましょう」
ホリーは隣に座るテイランをなだめようとしたが、冷静さを失っている夫には妻の考えていることを察することなどできなかった。
「リミアリアは私を馬鹿にしているんだぞ! 落ち着いてなどいられるか!」
「そんなに怒るくらいなら帰ったらどうだ」
扉の前でアドルファスが促すと、テイランは慌てて口を噤んだ。
「解毒薬がほしいとのことですが、どのような物をお探しですか? それから、支払いは現金のみになりますが、ご了承いただけますでしょうか」
リミアリアが確認をいれると、ホリーが笑顔で話しかける。
「リミアリア、ここ最近のあなたの活躍は本当にすごいわ。解毒薬が作れるようになっただけでなく、アドルファス様と婚約できるなんて! あなたはシウナ子爵家の自慢の娘よ」
「アドルファス様との婚約は私の活躍とは言いません。それから、私はシウナ子爵家の娘ではありません。お間違えないようにお願いいたします」
リミアリアはホリーに冷たい口調で答えると、持参していた契約書と羽ペンをテーブルの上に置いた。
「契約前の必要事項を確認していただき、条件がのめるようでしたら署名をお願いします」
「ちょ、ちょっと待って、リミアリア。私たちは誤解があったと思うのよ」
「誤解?」
「ええ。あなたもそう思うでしょう?」
ホリーに腕を掴まれ、体を揺さぶられたテイランは、本来の目的をやっと思い出し、リミアリアに笑いかける。
「そ、そうだ。長い間、私たちは会話をすることを忘れていた。話し合えば良かっただけなのに、お前を傷つけてしまい申し訳ない」
「謝っていただかなくて結構です。商売のお話をいたしましょう」
リミアリアは急かすように、テーブルの上に置いていた事前確認書の紙を手に取って、テイランに渡した。
「いや、リミアリア、聞いてくれ。お前が怒るのも仕方がないことだ。でもな、私たちはフラワに騙されていたんだ」
「……フラワ様を追い出したという話は本当ですか?」
リミアリアが問いかけると、ホリーは眉尻を下げて俯いたが、テイランは笑顔のままうなずく。
「フラワがいたから、私たちはお前の価値を誤解することになってしまった。これからはお前を大事にするつもりだ。だから、絶縁状を破棄し、またシウナ子爵家の娘にならないか」
「なりません。言っておきますが、私はあなた方と縁を切られたことは、私の人生にとって、とても幸せなことだと思っています」
「何を言っているんだ。落ち着いて考えろ。親に捨てられた娘なんて世間に噂されたらどうするんだ」
「捨てられたのではなく、捨てたのです」
「……は?」
リミアリアの言ったことが理解できず、テイランだけでなく、ホリーも同時に聞き返した。




