34 助けてもらえばいいのです
長い取り調べが終わり、フラワが解放された時は太陽が沈みかけていた。
シウナ子爵家の馬車が待っていてくれていたので、重い足取りで客車に乗り込んだ。
(ナンサン様の姿は見えなかったけど、どうしているのかしら。まさか、お父様の所へ行っていないわよね)
フラワは父が自分に甘いことを知っている。今回、口を滑らせた件も許してもらえると思っていた。ただ、自分のいない間に、ナンサンが父に何を言っているかわからないことが不安だった。
(大丈夫。お父様のことだもの。全てうまくいくに決まっている)
取り調べが何時間も続いたため、フラワの頭はうまく働いていない。リミアリアとの会話で味わった絶望感も、今は薄れてしまっていた。
数時間後、フラワが邸のポーチに降り立つと、内側から扉が開かれた。
出てきたのは父のテイランだった。母のホリーの姿はまだ見えない。
「お父様! 申し訳ございませんでした! 全部、リミアリアが仕組んだこと」
話をしている途中だったが、テイランはフラワの左頬を打った。
「……え?」
痛みよりも驚きのほうが勝っており、フラワは後ろによろめきながら、テイランを見つめる。
「……お父様? 今、何を?」
「何をされたかわからない? なら、もう一度だ」
そう言って、テイランはフラワの頬を先ほどよりも強く打った。
(どうして?)
「あなた、やめてください! フラワはリミアリアが仕組んだと言っているではないですか!」
「リミアリアが仕組んだだと? わけのわからない話をしたのはこいつだ!」
わけのわからない話というのは、毒殺のことである。
認めるわけにはいかないテイランは、フラワが嘘をついたことにするつもりだった。
「全く! いらない娘はお前のほうだったな!」
「……え?」
「私の娘はリミアリアひとりだけだ。お前など娘ではない」
「そんなっ! お父様はリミアリアを捨てたじゃないですか! お父様の娘は私ひとりだけです!」
フラワが訴えると、テイランは鼻で笑う。
「リミアリアには私に育ててもらった恩がある。恩は返してもらわねばならない」
「そんな理由でリミアリアが許すわけがないわ!」
「部外者にどうこう言われたくない」
そう言って、テイランはフラワに背を向けると、呆然としている妻に話しかける。
「お前はどっちに付くんだ?」
「……わ、私はっ」
「お母様! 助けてください! 本当に反省しているんです!」
ホリーは目に涙を浮かべて、自分に訴えかけてくるフラワを見つめた。
(お願い、お母様! 助けて!)
フラワの目から涙が零れ落ちた時、ホリーが震えながら口を開く。
「ご、ごめんなさい。……さようなら、フラワ」
「……え?」
頭が真っ白になってしまったフラワをその場に残し、テイランとホリーは邸の中に入っていく。
立ち尽くしたままのフラワを気の毒そうに見つめながらも、ドアマンは静かに扉を閉めた。
******
子爵邸に向かう馬車の中で、リミアリアは無意識のうちに眉を顰めていた。
そんな彼女にアドルファスが尋ねる。
「何か気になることでもあるのか?」
「……はい」
「どんなことだ?」
隣に座るアドルファスに顔を覗き込まれ、リミアリアはドキドキしながらも、質問に答える。
「エマオさんとフラワ様は体の関係があったのですよね」
「ああ。エマオはお盛んだったみたいだし、関係を持ったのは一回や二回じゃすまないだろう。それがどうかしたのか?」
「関係を持ったということは、妊娠する可能性もありますよね」
リミアリアがエマオと離婚してから五十日近く経っている。
離婚してすぐの間は、フラワはエマオとの結婚は断ったものの、体の関係については拒んでいなかった。
プリリッツ王国にも避妊するための道具は存在しているが、エマオがそれを使用していたとは思えない。
「跡継ぎがほしいエマオの場合は避妊をする必要はないし、妊娠する可能性はゼロじゃないだろうな」
「フラワ様も気をつけていたとは思うのですが、絶対に防げるものではないでしょう」
「……もし、妊娠していたらどうするんだ? 情をかけるつもりなのか?」
「いいえ。彼女には両親がいますから、彼らに助けてもらえばいいのです」
リミアリアはそう答えたあと、苦笑しながら続ける。
「シウナ子爵家もそう長く続くことはないでしょうが、大事な本妻の子供なんですから、娘と息子だけでも助けるでしょう」
「そうか。弟がいたんだったな」
アドルファスが呟くように言った。
リミアリアにとって、弟は無害な存在だった。幼い頃の彼は、リミアリアを執拗にいじめる両親に怯え、何も言えなかったが、五年ほど前から自分の家が普通ではないと気づき、引きこもりになってしまっていた。
「たまに扉越しに話をしましたが、彼はシウナ子爵邸が没落してもいいと思っているように感じました」
「彼もシウナ子爵夫妻の被害者みたいなものか?」
「そうかもしれません」
(生きていくには親の力を借りないといけなかった。昔の私と同じようにそれを理解しているのかもしれないけれど、それを理由に引きこもっていても意味がないのよね)
傷ついて引きこもることが悪いわけではない。ただ、それだけでは何も解決しない。
――手を差し伸べるべきなのか。
リミアリアの心は揺れていた。
すると、そんな彼女にアドルファスが話しかける。
「姉弟の仲は良かったのか?」
「フラワ様と、ということですか?」
「ああ」
「フラワ様には馬鹿にされていたようで、彼女のことを嫌っているようでしたから、仲は良くないと思います」
リミアリアが話し終えると、アドルファスはうなずいてから話題を変える。
「これからシウナ子爵は騎士の取り調べを受けることになると思う。ああいうタイプは都合の悪いことは忘れて、助けを求めてくるだろう」
「私もそう考えています。ただ、縁を切ったことはさすがに覚えているはずですから、違う攻め方をしてくると思うのです」
「違う攻め方?」
「はい。私のもうひとつの仕事の依頼をしてくるのではないかと思っています」
相手もさすがに絶縁状を忘れたというほど馬鹿ではない。
だから、まずは親と娘ではなく、違う形でコンタクトを取ってくるだろうと予想した。
リミアリアの予想は当たり、次の日の朝、シウナ子爵夫妻は解毒薬の件で話したいことがあると、子爵邸を訪ねてきたのだった。




