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24 化け物と王




 突然、一人の男が現れた。


「何者だ……?」


 ミシウスは何が起こったのか理解できなかった。

 彼の視力では細かい動きまで追えなかったのだ。

 よくわからないが、どうやら兵士がやられたらしいと何となく彼は考える。


「それにしても何だ、あの珍妙な顔は? 初めて見たぞ」


「確かに奇妙な顔をしております。オニの珍種でしょうか?」


「珍種? 珍種か! それならば、捕らえなければならないな」


 ミシウスは、一度地面に伏しているオニの王に視線を投じて、哄笑した。

 成果はすでに充分である。

 新たに現れた珍種は売ってもいいだろう。

 男ではあるが、見世物としてそれなりの値がつくかもしれない。


 ミシウスの周囲には、三〇人以上のパルロ兵がいた。

 数の力が彼に安心感を与えている。


 オニの村の襲撃で、ミシウスは兵士たちに無制限の褒美を与えることをしなかった。

 彼は、略奪品を、まず自分のもとに集めて、後に配分するつもりであった。

 こんな村にたいした金品がないことはわかっていたが、だからといって他人が得するところを見るのは、ミシウスには我慢がならない。


 彼のやっていることは、正しかったが、完全に私情から発した命令であり、兵士たちは、彼らの上司の狭量にはっきりと気づいていた。

 約束が違うではないか、と考えた者もいた。

 当然、兵士たちには不満がたまり、それは、すぐに彼らの行動の端々に現れるようになる。


 不愉快ではあったが、ミシウスは対策を考えた。

 良いことを思いついた――と、彼は思った。


 兵士を一〇人ずつに分けて、オニ狩りで競わせようと考えたのだ。

 ミシウスが許した時間内であれば何をやっても良い。

 見る方もやる方も楽しい、両得である。

 実際ミシウスの言葉に兵士たちは喜んだ。

 そして、今、最初の一組目が自らの快楽を解放している最中であった。





「――ふざけるな」


 坂棟が呟くと同時に、周囲で暴力を働いていたパルロ兵たちが人形のようにばたばたと倒れていった。

 悲鳴を上げることさえ許されず、パルロ兵は命を終える。

 坂棟の念糸が鉄仮面の隙間を抜けて、パルロ兵の脳を破壊したのである。


 オニの女を胸に抱いたまま、静かに坂棟はたたずんでいた。

 しかし、彼の内面は静かではない。

 内に激する怒りは、全身から氷炎を発するかのように溢れ始めていた。



(村の中に四六人。村の外に二〇人。他にはいないな?)


(お館様のいうとおりです)


(後方で詰めている兵士もいないな?)


(おりません)


(おまえは、まず外にいる兵士たちを全滅させろ。一人も逃がすな。その後に、村人の救助作業をしろ)


(承知しました)


 坂棟は感覚を研ぎ澄ませる。


 ――家の中に四人。正面に四二人。


 坂棟は念糸を伸ばし、家の中で悪行を働いていたパルロ兵四人をあっさりと片づけた。


 ――残り、四二人。


 彼の冷たい瞳は、正面の集団を観察し続けている。

 坂棟は一人としてパルロ兵をこの場から逃す気はなかった。

 坂棟は歩き出す。


「五、六、七、八、九、十――」


 彼が数え上げるのに合わせて、ぱたぱたとパルロ兵が倒れていく。

 生命を失った身体は地面に打ちつけられ、鉄仮面の隙間からは赤い血が大地へと流れていった。

 次々と命の灯火は消され、弱者をいたぶる声も消える。

 だが、坂棟の怒りは鎮まらなかった。





 最初、ミシウスは攻撃されていることにまったく気がついていなかった。

 それは、坂棟が後方に位置する兵士から狙っていたからだ。

 彼らは叫ぶ暇も与えられずに命を散らした。

 数秒遅れて、近くにいた兵士たちが倒れた者に声をかけて、仲間が死の門をくぐったことを知るのだ。

 次第に、倒れた者に気づく者が増え、さらに倒れる者の数も増えていった。

 不安がざわめきとなって表れる。

 いくらかの時間を経て、ミシウスを含めたパルロ兵全員が、自分たちは攻撃を受けているのだとようやく認識したのである。


 だが、どこから、どうやって攻撃されているのかがわからない。

 ミシウスももちろんわかっていなかった。

 わからないという事実が恐怖を増幅させていく。

 ミシウスは、振り返っては正面を向くという落ち着きのない行為を数度繰り返した。


「あの男を殺せ!」


 もっともわかりやすい目印となっていた坂棟を、ミシウスは攻撃目標として定めた。

 根拠もなければ、感覚が訴えたわけでもない。

 周囲を警戒しながら攻撃者をあぶりだす、あるいは、オニの王を人質に取る、などといったいくつかある選択肢の中から選んだわけでもない。

 胸の内に生じた恐怖から逃れるために、わかりやすい的に飛びついたのだ。

 この幼稚な判断は、だが正しかった。

 パルロ兵の敵は、まさに目の前の不気味な男だったのである。


 兵士たちは命令にしがみつくことで、正気を保っている。ぎりぎりのところで、混乱の網から彼らは逃れていた。

 恐怖から逃れるために、パルロ兵が一人の男へ襲いかかる。

 それが、彼らに許された生きるための選択だった。

 だが、彼らは目の前に立つ男自身が恐怖そのものであることを知らなかった。そして、ほとんどの兵士が、その事実を知ることなく生命の時針を止めることになる。





「一六、一七――」


 坂棟とミシウスの距離が一〇メートルを切ろうとする頃、兵士たちに動きが生じた。

 彼らは、坂棟を囲むような位置をとる。

 逃げ場を奪ったのだ。


 そして、炎の槍が二本出現した。

 二本の炎槍には大きさに違いがある。

 それは術者の能力の違いであり、威力もまた異なるということだ。


 二本の炎槍が坂棟を目指しまっすぐ突き進む。

 パルロ兵たちは、坂棟が黒こげになる未来を予測しただろう。

 だが、彼らの期待は裏切られた。

 炎槍は、坂棟にまったく届くことなく、消滅する。

 見えない大きな手で握りつぶされたかのように、火は空中で消えてしまった。


「ちょうどいい」


 坂棟は無表情に呟く。

 すると、彼の背後をスタート地点として、左右同時に兵士達に変化が起こった。

 六時から一二時方向に向かって、ドミノ倒しのように次々とパルロ兵が倒れていったのである。

 ごくわずかな時間で、二〇をこす命があまりにあっけなく奪われた。

 不自然な沈黙が、突如生じる。


 ――残り七人。


 坂棟は、未だ胸にオニの女を抱えたまま戦っていた。

 はたから見ると彼は歩いているだけで、まったく何もしていないように見える。


 だが、その自然さこそが不自然であり、不気味であった。

 残ったパルロ兵士たちは、混乱の海へと理性を沈め恐怖という感情に身体を支配された。

 集団の秩序は崩壊し、兵士たちは恐怖に顔を大きく歪めて逃げ出した。


「戦え!」


 兵士たちに命じながら、ミシウスは逃げ出す。

 オニの王が目に入ったが、それどころではなかった。

 何が起こっているのかはわからない。

 だが、ミシウスの命が危険にさらされていることだけは、確かだった。


 彼は怯えていた。

 彼は、自分が襲われることなど考えていなかった。

 せいぜい流れ矢で攻撃を受けるかもしれない、と想像する程度だった。


 攻撃するのは常に自分であり、奪うのも常に自分。

 反対の立場に彼がいることはないはずであった。


 兵士は、誰もミシウスの命令をきいていない。

 それどころか、指揮官より先を五人の兵士が走っていた。

 ミシウスの後ろにいるのは、神法術師一人である。


 本来、兵士は指揮官である彼を逃すために、命を投げ出すべきだ。なのに、何だ、この有り様は! 誰のおかげでこれまで良い思いができたというのだ!

 ミシウスは駆けながら、


「おまえたち――」


 ――私を守れ!


 と、命じようとしたのだが、数語を喋る体力的余裕が彼にはない。

 ミシウスと兵士たちの間は、すでに大きく開いていた。


 先頭を走る二人の兵士の身体がふいに力を失い、慣性の勢いを持ったまま転がった。

 残り三人の兵士の内一人が、進路を変えて横にそれていく。

 だが、三人全員が受け身を取ることなく、奇妙な格好をして地面に身体を打ちつけた。

 背後からも倒れる鈍い音がする。


 荒い息を吐きながら、ミシウスは走った。

 倒れた兵士の傍を走った時に、小さな血の水たまりが彼の視界に入る。

 死んでいるのだ。


 ――なんだ? これは、なんなのだ?


 ミシウスは足をもつれさせてこけた。

 背後を見る。

 一人の男が歩いて来ていた。

 先程までと同じ姿だ。


「化け物! 来るな!」


 ミシウスは、少しでも逃げようと、尻餅をついたままじりじりと後ろに後退する。

 恐ろしい物が近づいて来ていた。

 ミシウスは甲高い声で叫んだ。


「化け物!」


 これが、世界との別離の言葉となった。

 額を貫かれたミシウスは、白目をむくと、首をぐにゃりとさせて地面に倒れ伏した。

 パルロ軍は全滅したのだ。





 夕日が空を橙色に染め上げる時間になって、タチバナは兵士を率いて彼らの村に戻ってきた。


 村に戻れば戦いがあり、そのためには、体力を温存しながら行軍しなければならないのだが、タチバナは体力配分などまったく考えずに走り続けた。

 オニの最期の時に、最後の花を咲かせようという思いで、彼は村に帰ってきた。

 敗北を覚悟していた。

 それでも、パルロ兵に一太刀でも多く、剣を浴びせればよいと考えていたのだ。


 荒い息のまま立ち止まったタチバナの視界は、数十人に及ぶパルロ兵の遺体で埋めつくされている。


「……なんということだ」


 タチバナの声はかすれていた。

 オニの老人は、自らの網膜に映しだされた映像を信じることができなかった。

 死体の山は、オニではなくパルロ兵によって築かれている。


「ああ、じいさん――じゃなくて、タチバナさん。悪いんですけど、パルロ兵の装備は、基本的に全部僕がもらいます。まあ、結局一緒のことなんだけど」


「おまえが、やったのか?」


「そうです――全員動けるのなら、パルロ兵から装備を外すのを手伝ってほしいのですが。その後、遺体は一カ所に集めて火葬します」


「あ、ああ、かまわない。だが、その前に王に会わせてもらえるか?」


「全員、一度家に帰りたいですよね、どうぞ。ただし、すぐこっちに戻ってきて下さい。遺体を放置するわけにはいかないから」


「わかった」


 タチバナは全員に指示を与えた。

 落ち着いて周囲を見れば、村の風景は変わってしまっていた。

 襲われた痕跡があちこちにある。

 被害も多く出ているようだ。


 家に戻れば、若者たちはそこにある現実を目にして、パルロ兵の遺体の処理をするために、再び集まることなど嫌になるだろう。

 実際、命令を与えた今の状態でそうなっている。

 だが、タチバナはもう一度きちんと命じた。

 村の恩人の頼みごとを断わるわけにはいかない、と。

 若い兵士たちは、一応の理解を示した。

 坂棟の強さを改めて実感したことも、理解に大きく作用しているのかもしれない。

 オニの男たちの持つ強さを尊ぶという習性のためだ。


 タチバナは解散を命じ、その場から離れた後振り返った。

 夕陽を浴びて、一人たたずむ若者の背中がある。

 なぜだかはわからない。

 坂棟のシルエットを見て、タチバナの中に一つの思いがわきおこった。


 ――王。


 老人は、坂棟に強かった先代の王の姿を見たのかもしれない。

 老人はしばらくの間、夕陽にたたずむ坂棟の姿を眺めていた。








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