23 解放される醜悪
駐在武官ミシウス・ヴァン・フローゼットは、計画通りに事が運び、笑いがとまらなかった。
死者一〇人、負傷者が一五人ほどでたが、兵士は死ぬものだ。
たいした損害ではない。
王が、即位前に、一万人の鬼狩りと呼ばれる戦いで、大きな功績をあげたことは有名であるが、何のことはない、相手が馬鹿すぎたのだ。
いくら強くとも、頭が悪ければ話にならない。
ゼピュランス王も、さぞ笑いがとまらなかったであろうと、ミシウスは考えた。
鬼の首はすでに充分な数がある。
薄汚い裏切者も含め、生きた鬼も確保している。
これだけでも充分な功績であり、中央に呼ばれ、出世することは間違いないであろう。
だが、ミシウスはさらなる宝が、森に隠れていることを知っていた。
鬼の王の首である。
王と言っても病身であり、ゼピュランス王が成敗した前王のような武勇はない事がわかっている。
裏切者の情報により、村には、兵士と呼べる者がいないことが判明していた。
鬼の王の首は無防備にさらされているのだ。
捕らえないでどうするというのか!
ランストリアから出陣したパルロ軍は、七六人である。
ミシウスの所有する全兵力と言って良い。
ランストリアには、六人しか兵士は残っていなかった。
兵力は小さい。
だが、神法術師が六人いる。
上級神法術師はミシウスしかいないが、兵士ですらない鬼を相手にするには充分な数だろう。
今回の作戦で失敗することがあるとするなら、それは、戦いに関することではない。
王に逃げられることだ。
敗北した鬼たちの中には、ランストリアから逃走した者もいた。
彼らが村にたどりつく前に、襲撃しなければならない。
つまり、ミシウスの成功は、時間との勝負であるのだ。
そして、彼は勝利する。
兵士たちを急がせて、七日はかかるところを、なんと四日でたどりついたのである。
兵士たちに成功報酬を約束したことが、功を奏したのだろう。
兵士たちは、対鬼用に考えられた、関節部分に隙間のない鎧をまとっている。
軽量化はされているし、動きに不自由のないよう工夫をされているが、それでも、普通に走るのに比べれば、はるかにきつい。
この格好で、彼らは、短期間で鬼の村への道のりを踏破したのだ。
忠誠ではなく、欲望のなせる業である。
一方、神法術師は軽装であるので、彼らに比べれば楽だ。
上級神法術師であるミシウスだけは、目立つ赤いマントをたなびかせていた。
夜の時間に差しかかろうとする頃に、ミシウスは鬼の集落に到着した。
村の様子に異常はない。
彼らは普段通りの生活を行っている。
ランストリア襲撃の失敗は伝わっていないようだ。
すぐにも踏みこみたいところだが、ミシウスは、暗闇にまぎれて王に逃げられることを恐れた。
地の利は鬼にある。
ミシウスは、翌朝に攻撃をすることを決定した。
翌早朝。
しっかりと休息をとれたパルロ軍は、準備万端で、指揮官の戦闘合図を待っていた。
五人いる神法術師の内一人を、ミシウスは自らの傍においた。
もちろん、ミシウスは神法術の一番の使い手ではあるが、彼は、自らの身を守ることに熱心なのである。
こんなところで、――まさか、を経験するわけには、絶対にいかないのだ。
ミシウスは部隊をわけた。
神法術師の残りの四人に、それぞれ五人ほどの兵士をつけて、周囲に展開させる。
森に逃げようとする者は、王――病身の若い男を目印にしている――をのぞいてすべて始末しろ、と命令した。
ミシウス自身は、堂々と正面から村にのりこむのだ。
「さて、狩りを始めるか」
ミシウスは動きだした。
村に入ると、四人の鬼が、彼の視界に飛びこんできた。
ミシウスは祝詞を唱える。
神法術が発動し、一人の鬼と一つの建物がこの世から消えた。
甲高い悲鳴が上がる。
「やれ」
ミシウスは命じた。
戦いという名の、殺戮が始まる。
坂棟とセイは、四〇人からなる集団によって、奇襲を受けた。
といっても、奇襲をしたと考えているのは、襲った者たちだけで、襲われた者たちは、最初からその存在を知っていた。
殺気立っている集団と会話をかわすのは困難だと予測し、坂棟は、最初に無力化してしまうことにしたのだ。
なぜ、坂棟がわざと襲われ、さらに、誰一人命を奪わなかったのかというと、この集団は鬼であろう、と考えていたからである。
パルロ兵がわざわざ森の中にまで来ることはない、という根拠としては薄弱なものだったが、正解だった。
ただし、戦装束であったことは、彼とて予想していなかった。
それは、武士のような装いである。
「あなたは、鬼ですか?」
「おまえは、パルロの者か?」
「違います。そちらは?」
「鬼だ。殺すというのならば、殺すがよい。私の名は、ジング・タチバナだ」
坂棟の言葉を信じたようには見えなかったが、老人は名のりをあげた。
這いつくばっていた身体を何とか立て直して、老人は正座の姿勢をとる。
「その格好……まさか、ランストリアにしかけたわけじゃないですよね」
「……ああ」
「ああ、じゃない。負けたんですね。詳しく話を聞かせてもらえますか? セイ、この人を回復しろ」
セイがタチバナの傍に座った。
タチバナの口から語られた内容は、当人もそうだろうが、坂棟にとってもまったくおもしろくないものだった。
坂棟はこの時になって、ようやく、この地で何が起こっているのかを知ることになったのである。
坂棟は即座に行動を開始した。
人の持つ醜悪さが、鬼の村で解き放たれていた。
身ぐるみをはがされた女を追い回す兵士。
力のない老人を突き刺す兵士。
生きたまま人間を燃やす兵士。
目を背ける状況である。
だが、パルロ国の兵士たちは血に酔っているのか、自らの行いにまったく躊躇することがない。
見た目は、鬼もヒューマンも変わるところはないのに、ヒューマンではない、という事実だけで、この残虐な所業を彼らは行った。
鬼の王もすでに捕らえている。
彼はミシウスの足元に転がっていた。
戦いの当初、パルロ兵たちには一定の統制があったのだが、時間がたつごとに統制はゆるんだ。
合理的な戦いを必要としないほどに、鬼の村に残った人々は、弱かったのである。
あまりに、力の差がありすぎた。
そして、神法術は強力だった。
さすがに、魔族を滅するために、神の与えた力である。
ろくに戦う術を持たぬ者たちなど、相手にならない。
最初に、比較的若い男や戦えそうな者たちが狙われた。
だが、そもそも戦える人間の絶対数が少ない。
鬼の抵抗はすぐに見られなくなった。
戦うすべをもたない鬼たちは、村の外に逃げようとしたのだが、村から出る者は容赦なく殺された。逆に、村の中ならば、すぐに殺されるということはなかった。
それを理解した鬼たちは、村の中を逃げまどうことになる。
あるいは、家の中に隠れた。
もちろん彼らとて、自分のしていることが時間稼ぎにしかならないことは、理解していただろう。
だが、それでも、それしか彼らには生きのこる方法がなかったのである。
この時点でパルロ兵にとって、これは、戦いではなくなっていた。
鬼の村は、彼らの欲望を満たす場へと変わったのである。
パルロの指揮官が宣言したように、ヒューマンによる鬼狩りが始まった。
人間が人間を狩っている。
ヒューマンたちの笑いのまじった脅声が、朝の空気をひびわりながら、終わることなく鳴り続けた。
足をひっかけて転んだ鬼の女に、パルロの兵士がゆっくりと近づく。
「ほらほら、どうした。いいのか、逃げなくて?」
欲望で顔を見にくく歪めたパルロ兵が、右手で女の髪をつかむと、引きずるようにして持ち上げた。
「逃げないと、死んじまうぞ。鬼は、強いんだろう? ほら、どうした」
鬼の女はぼろぼろと涙を頬に流しながら、パルロ兵のことを気丈に睨みつけた。
その抗いは、パルロ兵を不快にする。
彼は、女を殴るために左腕を振りかぶり、思いきり振りおろした。
女の頬で鈍い音が鳴るはずであったが、音が鳴らない。
パルロ兵は不思議そうに、自分の腕を見た。
腕が短くなって、赤いものが見えている。筋肉と骨の断面だ。
右腕から女の体重が消えた。
――何だ?
両腕を失くしたパルロ兵は、自分がいつ命を奪われたのかさえ理解することなく、その生を終えた。
黒髪黒目の男が、鬼の女を両腕に抱きとめている。
パルロ兵たちを睨みつける坂棟克臣の目には、純粋な怒りがあった。




