⑨『常識破壊の答案用紙と、腹黒学長の企み』
面接の順番は次々に進んでいくが、メリアの名前は一向に呼ばれなかった。
教室に残っているのがジレンとガイ、そして自分だけというのを見るに、どうやら受験の受付順に行われているらしい。
しばらくして、教室の重い扉が開き、フィアスト講師が入ってきた。
「次、メリア。来なさい」
「はーい」
メリアはすっと席を立ち、残されたジレンとガイに向けて、笑顔で軽く手を振った。
「またね、お先!」
「おう、頑張れよ!」
メリアが教室を出て扉が閉まると、しんと静まり返った室内で、ガイがぽつりと呟いた。
「なぁ、ジレン……」
「なんだよ?」
「可愛い顔して、すっげぇ子だったな……」
「……そうだな……」
「俺、今まで戦前衛の方が大事だと思ってたけど……なんか、間違ってた気がしてきたぜ……」
「……そうかもな……」
最強の英雄たちに揉まれ、本物の実戦を教えられてきた少女の背中は、少年たちの価値観を根底から叩き壊すには十分すぎるほど大きかった。
廊下を歩きながら、メリアは先導するフィアスト講師の横を並んで歩く。
すると、フィアストが気まずそうに、コホンと咳払いを一つした。
「あー……メリア君……」
「? なんでしょうか?」
「……その、先ほど君が皆に教えていたという『詠唱破棄の極意』についてなのだが……。今度、私にもゆっくり聞かせてはもらえないだろうか?」
「? 先生、もしかして詠唱破棄が出来ないんですか?」
「ち、違うっ! 私は教え方に興味があるのだ!」
初対面の時はあんなに冷淡だったフィアストが、眼鏡の奥の目をギラギラと輝かせ、若干の興奮気味に身を乗り出してくる。
その妙な圧に気圧され、メリアは引き気味に頷いた。
「え、ええ……。別に、私でよければ構いませんが……」
「おお! そうか! ではまた日を改めて、じっくりと話を聞かせてもらおう!」
(詠唱破棄を少しできるようにしてあげたくらいで、なんでこの先生こんなに喜んでるの……? この学校、本当に大丈夫かな……だんだん不安になってきたよ……)
外界と実家の常識のズレに頭を痛めているうちに、面接室の扉の前に到着した。
フィアストが扉を開けメリアを促す。中に入ると大きな長机の向こうにイクス学長を中心に数名の講師が並んで座っていた。
「さて、そちらの椅子にかけて始めましょうか」
フィアストが用意された椅子を差し出す。
「しつれいしまーす」
メリアはちょこんと腰掛け、改めて面接官の面々を見渡した。
中央には、相変わらずニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべる学長のイクス。
その隣には、知的で若いエルフの女性講師。反対側には、ガタイのいい獣人の講師と、同年代の紳士風の男性講師が座っている。
エルフの女性の隣にフィアストも腰掛け、いよいよ面接が始まった。
「さて、メリア君。いくつかお話を聞かせていただきますよ」
「はい。私も、学長とお話しするのをとっても楽しみにしていたんです」
イクスの営業スマイルに対し、メリアは冷ややかな、極上の暗黒微笑で返した。
その二人の不穏なやり取りに気づかず、リアーナが手元の書類をめくった。
「では、まず筆記試験の結果から……って、えええええっ!?」
「?リアーナ? どうかしましたか?」
イクスが不思議そうに首を傾げる。
「これ……! 採点ミスではありませんよね!?」
リアーナは驚愕の表情で、何度も答案用紙と手元の資料を見比べている。
「答案の採点は、魔導具による自動魔法で行っていますからね。基本的にはあり得ませんよ」
その様子を見たフィアストは、(あぁ、開始十分もしないうちに諦めて突っ伏していたからな。ここは私がフォローして、詠唱破棄の講義の借りを返しておくか……)と思い、口を開いた。
「いや、リアーナ先生。私も試験を監督しておりましたが、彼女は開始早々に――」
「全問正解、満点です! しかも、あり得ないことに【超級問題】まで完璧に記述されています!」
「!?!?!?!?」
フィアストの言葉が、途中でかき消された。
隣にいたフィアストが、リアーナの手から答案をひったくるようにして確認し、一斉にメリアを見る。
「ほえ?」
「ば、バカな……! 君は開始して十分も経たずにすぐに寝ていたではないか!」
「あ〜……すみません。昨日あまりに寝不足で……。さっさと終わらせて寝てました。寝たら駄目でしたか……?」
「あの記述量を、たった十分足らずで終わらせたというのですか!?」
「ん、まぁ……はい」
メリアが小首を傾げてキョトンと返すと、その一部始終を見ていた獣人の講師――ダルカスが、大声で笑いだした。
「がっはっは! 見ろ、ロベルト! あのフィアストの顔!」
「笑いごとではないぞ、ダルカス!」
フィアストが、もの凄い形相で返す。
「これは我がアカデミー始まって以来の事件……いや、歴史的快挙なのだぞ!」
「ふむ、魔導科にとってはそれほどのことなのか? 我ら戦士科や武闘科にはよくわからんが……。フィアストよ、何がそんなに快挙なんだ? 満点くらい取る奴はたまにいるだろう?」
「そこは私から説明しましょう」
イクス学長が、楽しげに人差し指を立てた。
「確かに100点を取る生徒は稀にいます。ですが、我が校の魔導科の筆記試験は最大『120点』の構成となっていて、最後の問題は配点が『50点』の記述式。そこに至るまでの回答プロセスを踏まえ、意図的に『時間内で解ききれない構成』にしてあるのです。要するに、時間内に全問正解は不可能なハズなんですよ」
それを聞いたメリアは、これみよがしにため息をついた。
「へぇ〜……。さすが、中身が真っ黒な腹黒エルフ様が作ってるだけのことはありますね〜」
「ふふ、お褒めの言葉と受け取っておきましょう」
「ただの嫌味で、1ミリも褒めてないですよーだ!」
「がっはっは! ずいぶん仲がいいじゃねぇか! で、実技の方はどーだったんだ?」
ダルカスの問いに、イクスは肩をすくめる。
「それはもう、大変素晴らしい結果でしたよ」
「そのことで言いたいことが山ほどあるんですけど!!」
メリアは勢いよく立ち上がり、イクスの目の前の机を両手でバンッ! と叩いた。
「試験の内容に対して、他の生徒のレベルが低すぎませんか!?」
「いやいや。メリアさんには、あれくらいでないと逆に失礼かと思いましてね?」
「やっぱり! 私がいたから、わざと試験の難易度を上げたんですね!」
「ははは。それにしても、まさか『超級魔法』を無詠唱で放つとは予想していませんでしたよ」
「あぁ? 超級魔法だって? さっき闘技場の方で、結界がみしみし言うほどの凄い音がしてたのは、このお嬢ちゃんの仕業か?」
ダルカスが感心したようにメリアを見つめる。
「そーでーす、私がやりました〜」
メリアは棒読みで返事を返す。
「ガハハ、豪快でいいな! ならば合格でいいんじゃないのか? リアーナはどう思う?」
「ええ……。筆記も実技も、規格外すぎて異論の挟みようがありません。ただ、メリアさんは一体誰に魔法を習っていたのですか?」
「……父と、その友人です……」
メリアは俯いて答えた。
「それだけの魔法をあなたに教え込めるということは、かなりの手練れとお見受けしますが……。その方々のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「えっと……」
メリアがちらりとイクスを見ると、彼は顎を乗せて、完全にニヤニヤと楽しそうな顔でこちらを見つめていた。
(うっわ、この腹黒エルフ、完全にこのやり取りを楽しんでるじゃん……。みんなの反応が見たいだけだ、これ!)
「どうしました、メリアさん? お名前を教えてください」
ニヤニヤと笑いながらするイクスの促しに、メリアの堪忍袋の緒が本日二度目の不穏な音を立てた。
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