⑦『ブチ切れ少女の流儀、星降る闘技場』
動き出したゴーレムに向け、ジレンたち前衛陣が一斉に肉薄する。
それと同時に、後衛ではソフィア皇女を中心に全員が精神を集中させて呪文を唱え始めた。
(え……? え、詠唱……??)
メリアは、その場でポカンと口を開けてしまった。
島での修行中、ライトからもリーアからも「魔法なんてイメージした瞬間に発動させろ。呪文なんか唱えてる暇があったら首が飛ぶぞ」と骨の髄まで叩き込まれてきたのだ。外界の魔法使いがわざわざ大声で呪文を詠唱している光景は、メリアにとってカルチャーショック以外の何物でもなかった。
(あ、あの皇女様は水魔法か。じゃあ私が火魔法を撃ったら相殺しちゃうから、ちょっと待った方がいいかな……)
メリアが一人で思考を巡らせている間に、後衛の詠唱が完了し、魔法が放たれる。
巨大な氷塊がゴーレムの顔面に直撃し、ミリーの風魔法がその突進の勢いを鈍らせた。
(へぇー! ちゃんと連携考えてるじゃん! ……って、全員同時攻撃ぃ!? 相手が飛び道具使ってきたらどうやって防ぐのよ! ここは私が――)
「うおおおおお!先制したぞっ!今だ!突撃ぃーー!」
メリアが手から火球を出そうとした瞬間、前衛陣がわらわらとゴーレムの足元へ突っ込んでいった。
(わわっ!? そこじゃ私の射線に入っちゃうってば! ……まあでも、おかげで肉の壁が出来たから、後方への反撃の心配はなさそうなんだけど……)
慌てて反対側に回り込もうとするが、ちょこまかと動く前衛のせいで、うかつに範囲魔法が撃てない。完全にお荷物状態になっている。
そうこうしている間にも、ゴーレムの巨大な岩の腕が大きく振るわれた。
「どわぁぁぁーー!?」
案の定、前衛職たちがまとめて一振りに吹き飛ばされ、ジレンがもの凄い勢いでメリアに向かって吹っ飛んできた。
メリアは咄嗟に風のクッションを作ってジレンを受け止める。
「ぶはっ……すまん、助かった!」
すぐに体勢を立て直し、再びゴーレムへ無鉄砲に向かおうとするジレンの襟首を、メリアはガシッと掴んで止めた。
「ちょっと待って!」
「なんだよ!?」
「あのゴーレム、みんなの攻撃がバラバラだから効いてないの! 一点に攻撃を集中させれば外殻を壊せるかも!」
「一点集中か……! わかった、やってみる!」
ジレンはメリアの言葉に納得すると、ガツガツと戦線に復帰していった。そのまま後衛の元へ走る。
「皇女様!」
「……っ、ソフィアで結構よ! なんですの、こんな時に!?」
「さっき前衛のジレンにも伝えたんですけど、一点に攻撃を集中すればあのゴーレムを崩せるかと思います!」
「なるほど、一点突破ですわね! ――みんな! 今からあの右足にワタクシの全魔力を打ち込みますわ! ミリー、それまで足止めをなさい!」
「(皇女様! 全魔力はちょっ……!)」
「かしこまりました! お嬢様!」
「ガイ! 俺たちは左足だ!」
「おうっ! いくぜぇ!」
前衛はジレンとガイを中心に左足へ肉薄し、タイミングを合わせて一斉に武器を叩き込む。
「どりゃああああ!」
バコン!! と凄まじい衝撃音を立てて、ゴーレムの左足の岩肌が派手に崩れ落ちた。
「いきますわよ! ――【アイシクル・アバランチ】!!」
(うは! 結構強力じゃん! でも余力は残してよーー!)
メリアが心の中で叫ぶ中、ソフィアの放った巨大な氷の塊が時間差で右足に突き刺さり、見事にそれを吹き飛ばした。
両足を失った巨躯が、轟音を立てて前のめりに崩れ落ちる。
「みんな! とどめを!」
メリアの声は全員の歓声にかき消され倒れたゴーレムの上で生徒たちがはしゃいでいた。
「よし!」
「やったぁーー!」
(まだ喜ぶなよ! 一回倒しただけで勝った気になってるよ、この人たち〜!ゴーレムの上で決めポーズすんなっ!攻撃できないじゃん!)
受験生たちが歓喜の声を上げていたその瞬間だった。
メリアの鋭い制止の声が響く。
「――みんな! まだだってば!下がって!!」
しかし、一歩遅かった。崩れたはずのゴーレムの足元から土砂が蛇のように這い上がり、一瞬にして元の脚の形へと再生していく。
『はーい、みなさーん。あのゴーレムは【自動再生】の付与もついていますからね〜。一度倒したくらいで油断したらダメですよ〜?』
観覧席からイクス学長の、のんきな拡声魔法の声が届く。
(やっぱり……! あのクソエルフ!自動再生まで仕込んでた!)
メリアが内心で毒づく中、周囲の受験生たちは絶望の声を上げた。
「クソッ! またやり直しかよ!」
ガイがヤケクソ気味に叫びながら、再生したゴーレムに向かっていく。それに続いて前衛陣も肩で息をしながら必死に攻撃を再開した、後衛の魔法職たちは、さっきの全力攻撃でほとんどの魔力を使い果たしその場にへたりこんでいた。
(やっばいなぁ……。なんとか私が一撃で仕留めないと……!)
メリアは強力な一撃を放とうと魔力を練るが、相変わらず前衛のガイたちがゴーレムの至近距離で張り付いているせいで、やはり巻き込んでしまうため手が出せない。
すると、へたり込んでいた後衛の一人が、何もせずウロウロしているように見えるメリアに怒声を浴びせた。
「おい! そこの新入り女!」
「え? はい!?」
「さっきから逃げ回ってないで、お前もなんか手伝えよ!」
「ええっ!? 逃げ……!? 私がっ!??」
(前衛が邪魔で攻撃出来ないだけでしょうが!!)とキレかけるメリアの横に、ジレンが滑り込んできた。
「おい!お前、さっきから何か狙ってるのか?」
「攻撃したいんだけど……!」
「じゃあ遠慮せずやれ!」
「でも、みんなが近くにいたら巻き込んじゃう――」
『あ、言い忘れましたけど、あのゴーレムは時間が経つごとにどんどん強くなっていくので、早めに倒さないと詰みますよ〜?』
上空からのイクス学長の追撃アナウンスに、メリアの額に青筋が浮かぶ。
ジレンがゴーレムを見上げると、先ほど前衛が切り飛ばしたはずの巨大な岩の腕が再生し、弾丸のようにこちらへ向かって飛んできていた。
「マジかよ! ……せりゃあああ!!」
ジレンは咄嗟に剣に炎を纏わせ、飛んできた腕を空中を十文字に切り裂いて粉々に破壊した。だが、それだけでジレンの息は完全に上がってしまった。
「おい、女!」
「メリアだよっ!!」
「メリアっ!何か出来るなら、俺たちに遠慮なんかしないでやっちまえ!」
「あ〜〜〜もう! 本当にいいんだね!?」
「構わねぇ!遠慮せずぶっ放せ!!」
「は~い、さらにパワーアーップ!」
呑気なイクスのアナウンスにメリアの中で何かが壊れた。
「わかったよ!」
メリアの堪忍袋の緒が、プチリと音を立てて弾け大きく両腕を横に振り抜いた。
「お前ら全員!――邪魔なんだよっっっ!!!!」
落ちたら地獄の再教育。時間は刻一刻と迫っている。仲間を巻き込まないように立ち回る優しさは、今この瞬間にゴミ箱へ投げ捨てられた。
ゴォォォォォッ!! と、突如として闘技場に暴風が吹き荒れた。
それは攻撃ではなく完全な強制退去の風。ゴーレムに群がっていたジレンやガイ、前衛の生徒たち全員が、後方の壁際まで綺麗に吹き飛ばされた。
「おい! 何すん……っ!?」
受け身を取りながら文句を言おうとしたガイだったが、その言葉は喉の奥に張り付いた。
闘技場の中央。前衛がいなくなり完全な射線を手に入れた青髪の少女が、恐ろしいほどの密度を持った魔力を全身から吹き上げていたからだ。
メリアは冷徹な目で巨大なゴーレムを見上げると、その右手を天へと掲げ、そして一気に振り下ろした。
「――消し飛べっ!【スターダストレイン(星屑の雨)】!!!」
直後、闘技場の天井(結界)を透過して、数十、数百という燃え盛る小型の隕石が、豪雨のごとき勢いでゴーレムを目がけて降り注いだ。
ドッドッドッドッドガガガガガガガン!!! と、絶え間ない爆音と爆炎が闘技場を包み込む。
自動再生? 時間経過による強化? そんな生易しい設定ごと、ゴーレムの全身の分子が超高熱で消し炭にされていく。
ほんの数秒の地獄絵図の後、砂煙が晴れると――そこには、クレーターと化した地面があるだけで、巨大なゴーレムは文字通り、チリ一つ残さず消滅していた。
「これで終わりっ!なんか文句あるかっ!?」
炎の残滓を背に、完全にキレ気味に腕を組んだメリアが観覧席のイクス学長を鋭い眼光で睨みつけた。
「ほ、星屑の雨だと……っ!?」
観覧席では、フィアストが持っていた書類を床に落とし、驚愕のあまり顎が外れそうなほど見開いていた。
超級クラスの魔法を、十五歳の少女が無詠唱で、しかもゴーレムに向けて完璧にコントロールして放ったのだ。
「……ふふ。予想以上の能力の持ち主のようですね、ライトが育てた娘は……」
イクス学長は楽しそうにそう呟くと、ゆっくりと立ち上がり、パチパチと手を叩き始めた。
「素晴らしい。これにて、実技試験は終了です」
試験終了後、イクスたちが闘技場に入ると、メリアの前にジレン、ソフィア皇女、ガイを含めた受験生八人が、見事に一直線に「正座」させられていた。
「一応確認するけど。あんたたちに構わず最初から巻き込んで攻撃した方が良かった?」
「あ、いや……吹き飛ばして避難させてくれて……助かった……」
龍人族であるジレンが、蚊の鳴くような声で謝る。
「だいたいアンタ! ガイだっけ!? そもそもゴーレム相手に、なんでフェイントなんか入れてるのよ! 意思がない相手に意味ないでしょうが!」
「……うっ。おっしゃる通りです……」
ガチガチの脳筋戦士であるガイが、十五歳の少女に怒鳴られて小さく丸まる。
「それからソフィア様! 相手の底も見えてない段階で倒せるかもわからないのに一撃に全魔力を使い果たすなんて、どうかと思いますけど!? 倒せなかった時のリスクはどうするつもりだったんです!?」
「う……ううっ。お、おっしゃる通りでしたわ……。返す言葉もございませんわ……」
帝国の誇り高き第三皇女が、涙目で平伏する。
「それにジレン!ゴーレムを 一回倒したくらいで気を抜きすぎ! 実戦ならその一瞬で首が飛んでいるからね!?」
「面目ない……」
「それから後衛全員! 意思疎通もしないでチンタラ詠唱なんかしてたら、殺してくれって言っているようなもんでしょうがっ!」
幼いころからスパルタ教育を施されてきたメリアからすれば、彼らの立ち回りはツッコミどころ満載の素人芸にしか見えなかったのだ。
全員をガチ説教しているメリアの元へ、イクス学長が苦笑しながら割って入った。
「まぁまぁメリアさん。とりあえず倒したんですから、今回は良しとしましょうよ」
するとメリアは、ゆっくりと首をイクスの方へと巡らせた。その瞳には、リーアが怒った時と同じドス黒いオーラが宿っている。
「…学長ぉ……学長とは……この後の『面接』で、ゆッッッッっくりとお話を し な き ゃ い け ま せ ん ね ?」
「……お、おや。はは……。では、また後ほど……」
さすがの六英雄も、この少女のプレッシャーには勝てず引きつった笑みを浮かべながらそそくさと闘技場を後にするのだった。
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