④『禁断の部屋と、乙女の秘密』
「いただきました……」
「さっぱりしたみたいね♪」
「はい。体はさっぱりしましたけど、頭の中はいろいろな情報でぐちゃぐちゃです……」
「はいはい、頭のぐちゃぐちゃはさっさと寝てスッキリしなさいな♪」
「はい、そうします……」
精神的なキャパシティを超えたメリアは、ぐったりした様子でそのままリビングのソファに横になろうとした。
だが、すかさずリーアから待ったがかかる。
「ストップ。ちゃんと部屋があるんだから、そこで休むといいわ♪」
「部屋ですか? って言っても、どこの部屋で?」
メリアが顔を上げると、長い廊下に沿って無数の扉がずらりと並んでいるのが見えた。
「あそこの一番奥にある部屋以外なら、どこでも好きな部屋を使っていいわよ。中はどこも同じだから♪」
リーアは一人で優雅にワイングラスを傾けながら、ひらひらと手を振って指示を出す。
「奥の部屋以外ですね……。じゃあ適当に……」
「あ、メリア」
「はい?」
「一応、警告しておくけれど。――あの奥の部屋にだけは、絶対に入っちゃダメよ? もし入ったら、メリアでも命の保証はできないから♪」
「い、いのち!?」
「とにかく、入らなければいいのよ。それじゃ、おやすみ♪」
「わかりました……。オヤスミナサイ……」
そんな物騒な忠告を残され、メリアは適当な部屋を選んで転がり込んだ。
(……いや、めちゃくちゃ気になるじゃん……!!)
ふかふかのベッドに入って目を閉じたものの、メリアは一向に寝付けずにいた。頭の中は、あの「奥の部屋」のことでいっぱいだった。
(普段はなんでもオープンなリーア様がそこまで言うなんて……。中には一体何があるの? まさか、世界を滅ぼす呪いの魔導書とか、封印された魔王の残滓とか……!?)
ゴロゴロとベッドの上で寝返りを打っていたメリアだったが、ついに好奇心が限界突破した。
「……よし。ちょっとだけ、見に行こう!」
メリアはバッと布団を跳ね除けて起き上がった。
「一応、完璧に『認識阻害』をかけて……と」
息を潜め、ゆっくりと廊下を歩いて慎重に進む。リーアの部屋からは規則正しい寝息が魔法により感じられる。どうやら完全に寝ているようだ。
「ここか……!? ここだけ随分、豪華な扉ね」
お目当ての最奥の扉の前。メリアは生唾を飲み込み、ゆっくりと金色のドアノブに手をかけた。――が、ドアノブはピクリとも動かない。
「魔法のロック……!? ここまでするの? まさか本当に国家機密の宝物庫? いや、リーア様ならそんなの別の次元に保管するはず……」
メラメラと対抗心が燃え上がったメリアは、ドアノブに手を触れたまま、ロックの解除術式を編み始めた。
リーアが残した超高度な魔力の防壁。それに対し、メリアは驚異的な速度で術式を分析し、パズルのピースを合わせるようにパチパチと鬩ぎ合いを進めていく。
そして数分後――カチリ、と静かな音が響いた。
「よしっ! 解けた!」
周囲に誰もいないことを再度確認し、息を殺してゆっくりとドアを開く。
「お邪魔します……!」
中に入ると、そこは自動で灯る魔法の明かりに照らされた、不思議な空間だった。
壁一面に、六英雄のものであろう豪華な肖像画が何枚も飾られている。
「肖像画……? なんだ、呪いのアイテムじゃないんだ」
ほっとして一つずつ見ていくメリアだったが、すぐに奇妙な点に気づいた。
なぜか、やたらと【一人の精悍な顔立ちをした、若きイケメン男性の肖像画】だけが、異常な数、壁や棚にこれでもかと飾られているのだ。
あるものは剣を構え、あるものは憂いを帯びた目で遠くを見つめ、ポーズ違いで何枚もある。
「これ、サラの持ってた本の六英雄のライト……なのかな? すっごい美男子だけど……」
メリアがその美形の肖像画にすっかり気を取られていた、その時だった。
部屋の空気が、一瞬にして凍りつくような冷気へと変わる。肌を刺すような圧倒的なプレッシャー。
異変に気づいたメリアは、ロボットのような動きで恐る恐る振り返った。
そこには、暗闇の中で、『氷の微笑』を浮かべたリーアが立っていた。
「メ~リ~ア〜? いつの間に、私の言うことを聞かない悪い子になっちゃったのかしら〜?」
「ひっ!? り、リーア様あぁ! い、いいいいや! これは、その、夜中の散歩というか、あはは……」
「はーい、じゃあリビングに行きましょうね〜♪」
「ごごごごめんなさい! 悪気はなかったんです! 命ばかりはお助けをーー!!」
パチン、とリーアが指を鳴らした瞬間、逃げようとしたメリアは全身の自由を奪われそのまま無重力のようにフワフワとリビングまで連行された。
「まったく、ダメって言ったのに〜」
リビングに戻ると、リーアは呆れたように息をついた。
その目の前では、メリアの顔だけが完全に水の球体【ウォーターボール】に包まれており、窒息寸前で藻掻いていた。
「ガボガボガボッ……!?(酷い!私を溺死させる気!?)」
必死に言葉にならない何かを訴え続けるメリア。
「まぁいいわ、見ちゃったものはしょうがないものね♪」
リーアが再び指を鳴らすと、メリアの顔を覆っていたウォーターボールがパチンと弾けた。
「ぷはっ! げほっ、ごほっ……! ずびばぜんでじだ……」
「それで? ……見た感想は?」
リーアは腕を組み、どこか顔を赤らめながら上目遣いで聞いてきた。
「感想、ですか?」
「そうよ。あの部屋の肖像画、全部見たんでしょ?」
「はい。あれって六英雄のライトですよね?」
「 ……あ〜、そうそう。そーなのよ、ふふん♪」
何かに納得したように一人でニヤニヤし始めるリーア。メリアはキョトンとしてその顔を見返した。
「それにしても、あの部屋の封印を解いちゃうなんて、本当に成長したわね♪」
「封印ですか?」
「あれを力技じゃなく、あんな短時間で破れる魔法使いなんて、この世界に数えるほどしかいないわよ?」
「ええっ、そんなにですか? でも、ちょっと集中して頑張ったらフツーに解けましたよ?」
「それが異常なの、 普通の熟練した一級魔法使いが総出でかかっても十日はかかるんだから♪」
「いやいやいや、そんな大げさな……」
「本当よ。だってあの封印、私が帝国の宝物庫にかけたのと同じ術式をベースにしてるんだから♪」
「なんでそんな物々しい封印を個人の趣味部屋に施してるんですか!?」
「そりゃあ、まぁ……乙女の秘密だし?」
リーアはもじもじしながら、年甲斐もなく恥ずかしそうに答えた。
「あ、そういえば!山ほど飾ってあったあの肖像画の人、めちゃくちゃカッコいい人じゃないですか!」
「やっぱり! メリアもそう思う!?」
急に身を乗り出して食いついてくるリーア。
「はい、お義父さんとは大違いの美男子です! ……もしかして、その人ってリーア様の……恋人ですか?」
「い、いや、まだそんなっ、そーいうんじゃないからっ!」
顔を真っ赤にして全力で否定するリーア。
「えー、それって『これから付き合う予定』ってことですか?」
「そーなの! 今、ようやく一番の難関を取り払ったところなのよ!」
「わあ、前進してるんですねっ!リーア様! 私、全力で応援します!」
「ありがとうメリア! あんた、本当にいい子ね!」
がっちりと固い握手を交わす二人。メリアはしみじみとした様子で言葉を続けた。
「それにしても、あの肖像画の人どこかで見覚えがあるんだよなぁ……」
「……え?」
リーアの動きがピタリと止まる。
「でも、お義父さんじゃないし……だって、もう白髪混じりの初老に入ってきてるじゃないですか。昔の若い頃だって、あのイケメンには遠く及ばないですよ」
「う、うん……。そ、そーね……あはは……」
リーアは引きつった笑いを浮かべ、必死に話を合わせた。
「あんなんだから、面倒を見に来てくれるのもリーア様くらいしかいないんですよ。私がいなくなったらお義父さん本当に大丈夫かなぁ……孤独死しないかなぁ……」
「ん、あー……そ、そこは心配しないで大丈夫よ! メリアがいない間は、私がライトを『みっちり』お世話してあげるから! 完全に私に任せてくれれば問題ないわ!」
「すみませんが、寂しい老人の介護、しばらくよろしくお願いします……」
「ええ、任せて! ……さ、今度こそ寝ましょ! 明日は本当に早いんだからね! ホホホ!」
半ば強引に背中を押され、メリアは今度こそ自分のベッドへと就いた。
(お義父さん、リーア様みたいな綺麗で優しい人が気にかけてくれて、本当に果報者だな。それに比べて、あの部屋のライトとリーア様の恋、上手くいくといいな!)
「それにしても、あの英雄、やっぱり見覚えがあるんだけど……ま、いっか」
そんな事を考えながら、迫り来る明日の試験への緊張を胸に、世間知らずな少女は今度こそ深い眠りへと落ちていくのだった。
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