③『街角の再会と大魔導士の豪邸』
サラと別れて一人になったメリアは、これからの試験への不安でトボトボと歩き出そうとした。
その時、後ろからトントン、と軽く肩を叩かれた。
「へっ!?」
まさかこんな大都会に知り合いなどいるはずもない。驚いてバッと振り返ったメリアの目に飛び込んできたのは、見紛うはずもない、あの見慣れた美女の笑顔だった。
「ヤッホー、メリア♪」
「り、りりり、リーア様ーーっ!?」
あまりの衝撃に、メリアの裏返った声が石畳の広場に響き渡る。
「ちゃんと着けたみたいね、良かったわ」
「はい、まぁ、何とか……って、じゃなくて! どうしてここにいるんですか!?」
「ん? そろそろ着く頃だと思って、ここで待ってたのよ♪」
「待ってたって……! こんな街中にリーア様みたいな人がいたら、目立っちゃって大騒ぎになるじゃないですか!」
「目立つ……? あぁ、もう。私って昔からどこに行ってもモテちゃうから困るのよね〜、ホホホ♪」
「そーじゃなくって! リーア様は『六英雄』なんでしょ!?」
メリアが詰め寄ると、リーアは「あら」と小首を傾げて、どこか楽しそうに目を細めた。
「あら?もうバレちゃったの?」
「そーですよ! 島から出て一番の驚きです! 六英雄が帝国の街中にいるなんてバレたら、それこそ大パニックになるんじゃないですか!?」
「ふふ、そこは心配いらないわよ。ちゃーんと『認識阻害』の魔法をかけてあるから、周りの人には私が誰だか気づかれてないわ♪」
「あ、そーなんですか? ……なら良かったですけど」
高度な魔法をさらりと使うあたり流石は英雄、とメリアが胸をなであろしたのも束の間。
リーアはニヤニヤとした意地悪な笑みを浮かべ、メリアの顔を指差した。
「うん。私の存在は隠せてるんだけどね……。ねえ、メリア?」
「……なんですか?」
「いま、何もない空間に向かって必死に大声で叫んでる貴女、周りから『かなり痛い子』に見られてるんじゃないかしら?」
「え?」
言われて、メリアが恐る恐る辺りを見回してみる。
すると、周囲を行き交う通行人たちが、一様に哀れみと恐怖の混ざった目をメリアに向けており、ひそひそと小声で囁き合っていた。
「ねえママ、あのお姉ちゃん、急に何もないところに向かって怒鳴り散らしてどうしたんだろうね?」
「シーッ! 見ちゃいけません! お酒に酔っ払ってるのよ、きっと!」
「かわいそうに……まだ若いし、顔は可愛いのに、頭の方の回路が……」
(――違う! 私は正常です! ここに! ここに性格の悪い超大物魔法使いが立んですってば――!!)
と、叫び出したい衝動をグッと堪え、メリアの顔は一瞬で真っ赤に染まった。あまりの恥ずかしさに、涙目でリーアを睨みつける。
「〜〜〜〜っ! ……リーア様、お願いですから、どこか落ち着いて話せる所に今すぐ連れて行ってください!」
「フフ、いいわよ。じゃあ行きましょうか♪」
クスクスと楽しそうに笑うリーアに手招きされ、メリアは奇異の目から逃げるようにして、アルガスの賑やかな街並みの奥へと消えていった。
しばらくリーアの後ろを追いかけるとだんだんと街の中心から遠ざかり、やがて目を見張るほど大きな屋敷の前に到着した。
「でっか!」
「さ、入って♪」
メリアは驚きながらを中に入ると、屋敷の中は主の帰りを待つ者の気配はなくしんと静まり返っている。
「リーア様、ここは……?」
「ん? 私の家よ♪」
「えっ、誰もいないんですか?」
「ええ、召使いとかメイドとかは置いてないわね♪」
「いやいやいや! 一人で住むにはこの建物の大きさは異常でしょ!?」
「だーいじょうぶ。掃除や洗濯は、私の魔法でパパっと自動でやってるから♪」
「そういう問題じゃなくて……。でも、留守中に空き巣とか入られたらどうするんですか?」
「それも大丈夫よ。入り口の結界で誰も見つけられないし、入り口の扉は私以外指一本触れられないようになってるから。」
「え?じゃあ、私は??」
「アンタは特別よ、それより、適当にその辺のソファに座って♪」
「は、はぁ……」
メリアは勧められるまま、島にある自分の家が丸ごと入りそうなほど広いリビングのソファに腰掛けた。
「広すぎて落ち着かない……」
「で、どうだった? ここまでの一人旅は♪」
家の広さに圧倒されるメリアにリーアは遠くのキッチンから声をかけた。
「あ、はい。えっと、相乗りの馬車で一緒になった女の子が、アカデミーのことについて色々教えてくれたんです」
「へぇー、さっき広場でお別れしてたあの赤髪の子よね? もうお友達ができちゃったんだ?」
リーアはキッチンで鼻歌を交じりに飲み物を用意しながら、楽しそうに話を促す。
「お友達、って言うのかはまだ分かりませんけど……。多分、そうかも?」
「それで? その子から『六英雄』の話を聞いた、と?」
そのワードが出た瞬間、メリアは跳ねるようにしてソファから立ち上がり、勢いよくテーブルを叩いた。
「そーだった! そうですよ、それ!! なんで今まで私に隠してたんですか!」
「隠してたっていうか……。自分の過去の武勇伝なんて恥ずかしくて自分からは話せないわよ。それに、もう終わった昔の話だしねぇ♪」
魔法でジュースのグラスを運びながらリーアは、困ったように肩をすくめる。
「ん……ま、まぁ、確かに。自分で『私は世界を救った英雄です〜』なんて言い回るの、めちゃくちゃ痛いですもんね……」
「そーゆーこと。ライトはそういう事に興味が無いから、外の資料とかは一切置かなかったのよ」
「てゆーか、お義父さんって、あの本の『大魔導士ライト』と別人ですよね?名前が同じだけですよね……?」
興奮して質問するメリアを面白がるようにリーアは答えた。
「さあ、どうかしらねぇ。案外、本人だったりして?」
「まさかまさか! もういいおじいさんですよ?昼間から酒飲んでゴロゴロしてるお義父さんが世界を救ったとか、絶対にあり得ないですって!」
完全に否定するメリアを見て、リーアは「ふふっ」と楽しそうに笑いワイングラスを傾けた。
「まぁ、確かにあのライトと同一人物だなんてちょっと無理があるわね♪」
「ですよ、 世の中には同姓同名の人もいますし、あんな毎日だらしないお義父さんと世界を救った大魔導士が同一人物だなんて、微塵も思いませんけど!」
メリアが全くの他人だと結論付けると、リーアは意味深な笑みを浮かべ、ワイングラスを傾けながらふっと目を細めた。
「ところで、お義父さんとリーア様って、そもそもどういう関係なんですか?」
メリアがふと気になって尋ねると、リーアは口に含んだワインをうっと詰まらせたあと、ゴクリと激しく飲み込んだ。
「私? 私とライトは……」
「……?なんか歯切れ悪いですね……?」
「そんなことないわよ、彼は私の……先生! そう! 彼と私は師匠と弟子の関係なのよ!」
「そうなんですね、でも、なんでそんなに焦ってるんですか?」
「そ、そーかしら、まぁ、急に聞かれたから〜♪」
リーアの明らかに怪しい返事をジト目で見つつも、メリアは一旦それに納得した。
「まぁ、いろいろ理解しましたけど情報が大きすぎですよ! ここに来る前、島を出発する時には教えておいてほしかったですっ!」
「あはは、ごめんね〜♪」
グラスをテーブルに置き、リーアは悪びれもせず笑ってごまかす。
メリアはハァと深いため息をつき、ジュースを一気に飲み干してから本題を切り出す。
「それで、私は明日からの試験、どうしたらいいんですか?」
「どうって、何が?」
「お義父さんは置いといてリーア様のことですよ! もし試験官とかに聞かれたら、本当に関係を話していいんですか?」
「ん〜、別にいいんじゃない?てゆーか聞かれるかしら?」
「軽っ!?お義父さんに紹介したのリーア様ですよね? そんなテキトーな……!」
「たしかにそうね♪でも、学長のイクスには事前にメリアのことを話してあるから、特に問題ないわよ」
「あ、そうなんですか? じゃあ私、聞かれたらフツーに話しますよ? いいんですね?」
「ふふ、いいわよ。でも――『私は養父と私に魔法の教育をされた娘です!』って自分から言っちゃうわけ? それって客観的に見ても相当痛い子だけど、本当に大丈夫?」
リーアは口元に手を当てて、意地悪に目を細めてニヤニヤとメリアを揶揄ってきた。
「もし聞かれたらですよっ! 自分からそんな恥ずかしいこと言うわけないじゃないですか!」
「はいはい、分かってるわよ。……まぁ、明日に備えて今日はそろそろ寝ましょ。あの奥がお風呂場だから、さっさと入ってきなさい♪」
「えっ、お風呂! 用意してくれたんですか?」
「そんなわけないでしょ〜。あんた、水魔法くらい使えるんだから、自分で溜めなさいな♪」
「……ソウデスネ。行ってきます……」
やっぱりこの扱いの雑さは島時と同じだ、とうなだれながらメリアはお風呂場への扉を開けた。
だが、その直後。
「――でっか!? なんじゃこりゃぁっ!」
脱衣所の奥から、メリアの驚愕の絶叫が屋敷中にこだました。
「リーア様〜〜!! なんですかこれ! こんな湖みたいなお風呂に、いっつも一人で入ってるんですか〜!?」
あまりの広さに呆然としながら叫ぶメリアに、リビングからリーアののんきな声が返ってくる。
「ああ、それね〜! 『亜空間魔法』で部屋のスペースを拡張してるのよ! 夏場はプール代わりにも使えて便利なのよ、ホホホ!」
お風呂の概念すら書き換える大魔導士の私生活に、メリアはただただあっけに取られるのだった。
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