⑪『新設! 選抜クラスとメリアの鉄の意志』
「さて……」
メリアの面接が終わり、メリアはイクスたちに促されるまま中庭に移動した。
同行しているのはイクス、リアーナ、フィアスト。そして、いつの間にか編入試験の場に居座っているリーアも一緒だ。
「あの、これから何するんですか?」
メリアが少しめんどくさそうに、眉をひそめて質問する。
「今後の高等部の事についてですよ」
イクスが相変わらずの胡散臭い営業スマイルで答えた。
「高等部?」
「はい、今後どうしていくか決定していかないといけないと思いましてね」
(私関係ないじゃん! 早く帰らせてよ……)
心の中でそう毒づくメリアを余所に、リーアがヒラヒラと手を振って、回廊のテラス席へと歩いていく。
「あ~、私は向こうで話が終わるまで、お茶でも飲んでるわね〜♪」
そう言って、リーアは中庭の端にあるテーブルに移動し、優雅にお茶を飲み始めた。
「……あの、私もここにいる意味、あります……?」
「聞いておいて損はありませんよ」
「……はい?」
メリアが不審げに首を傾げると、イクスは少しだけ真面目な顔を作って言った。
「そう、メリアさん。正直、我が校のカリキュラムにおいて、あなたを教えることができる講師はここにはおりません」
「はぁ、それはまあ……なんとなく……」
自惚れでも何でもなく、事実だから仕方がない。
隣で聞いていたフィアストも、悔しそうに口を真一文字に結んでいる。
「そこで、私は新たに実績のある講師を招聘すべき、という結論に至りました」
「はぁ。ですが学長、アルガス国内はもとより、近隣の国にまで視野を広げても、そんな凄い魔導士はもういないと思いますが……」
リアーナが心配そうに口を挟む。
世界でも片指で数えるほどの実力者である「六英雄」の弟子に、一体誰が魔法を教えられるというのか。
「いるじゃないですか。身近に、ね?」
そう言ってイクスは、楽しげに中庭の端――優雅に紅茶のカップを傾けているリーアに視線を送った。
釣られて一同の視線が一斉にリーアへと集中する。
さすがにそのただならぬ気配に気づいたのか、リーアが「ん?」と振り返った。
「な、なに? なんでみんなで私を見てるの?」
「はい。というわけでリーアさん! あなたに我がアカデミーの講師をしていただくことにしました! よろしくお願いしますね」
イクスは満面の笑みで、爆弾を軽やかに放り投げた。
リーアの顔から、一瞬にして優雅さが消え失せる。
「は? え? ど、どゆこと!?」
「いやいや、先ほど申し上げた通り、我がアカデミーにはメリアさんに魔法を教えられる講師がおりません。ならば、これまで通り師匠であるあなたにそのまま学内でも教えていただくのが最も効率が良いと思いまして」
「!?無理無理無理! 私は忙しいんだから! それにイクス、あんただって元六英雄なんだから教えられるじゃない!」
「ええ、しかし現状、私は学長職の激務に追われておりましてね。一人ではとても手が回りません」
「だからって、私も暇じゃないのよ!」
必死に拒絶するリーアに対し、イクスはふっと目を細めて、トドメの言葉を優しく囁いた。
「おや?おかしいですね……。あなた、週に三日はアカデミーの学長室に『遊びに来ていますよね? それに、メリア君の編入に当たっては、全面的に協力してくれると、確か事前におっしゃっていたはずですが……?」
「うっ……!」
リーアが息をつまらせ、言葉に詰まる。
完全にイクスが上を行っていた。
「学長、それはとても素晴らしい考えだと思いますが……高等部以外から不満が集まりませんか?」
冷静に実務的な懸念を口にしたのはリアーナだった。
世界最強の一角であるリーア・クロイツが講師に就任するとなれば、全校生徒がその授業を受けたいと殺到するのは目に見えている。
「よく気づきましたねリアーナ。なので今回は高等部内に『選抜クラス』を設置しようと思います」
「選抜クラス?」
「はい。高等部の中でも特に選ばれた生徒のみで構成されるクラスです。人数も二十人程度に絞り、より高密度な教育を施すのです」
「……しかし学長、それでは『超級部』の生徒たちから不満が出るのでは……?」
フィアストが眼鏡の位置を直しながら指摘する。自分たちより下の「高等部」にだけ最高レベルの講師がつくとなれば、プライドの高い超級部の生徒たちが黙っているはずがない。
「ふむ……。確かに、フィアストの言うことも一理ありますね……。ではこうしましょう。選抜クラスへの編入は希望者であれば【どのクラスからでも】編入試験を受けられるようにしましょう!」
その言葉を見た瞬間、フィアストの目が「カッ!」と見開かれた。
魔導科講師という立場の彼にとっても、「六英雄の講義」はあまりにも魅力的な響きだった。
「が、学長! その試験は……こう、講師にも受ける権利が……!」
「ありませんよ」
「「「…………」」」
イクスは一瞬の迷いもなく、極上のスマイルで即答した。
フィアストは「やはり……」といった絶望の表情を浮かべるなおも落ち込み、がっくりと肩を落としてテーブルに両手をついてそのままガタガタと座り込んだ。
そのあまりに露骨な落ち込みように、メリアはドン引きの視線を送る。
(先生……そこまで落ち込むの……? 講師のプライドはどこ行っちゃったの……?)
「さて、リーアさん、いかがでしょう?」
イクスが再びリーアに矛先を向ける。
「だ、駄目よ! とにかく駄目! 私はこれから、私生活の方で本当に忙しくなるんだから!」
リーアは顔を赤くしながら、必死に言い訳を並べ立てる。
「ふむ。今度は、誰かさんが旅立って居なくなった代わりに、どこかへ『お世話』に通うからですか?」
「な、ななな何言ってるのよイクス!! これはただのお世話、そう! 留守を守るための、純粋なお世話をしにいく予定が……っ!」
完全に動揺して墓穴を掘り始めているリーア。
そんな師匠の姿を、メリアは半眼の、完全な「ジト目」で見つめていた。
(私がいないのをいいことに、お義父さんの家に入り浸る気満々だったんだ、この人……それにしてもあんなお爺さんになんでここまでしてくれるの?)
その冷たい視線に耐えかねたのか、リーアは引きつった笑みを浮かべ、メリアに向かって必死に言い訳を始めた。
「な、な〜に、メリア? あなたは何も気にしなくていいのよ! 安心してお友達を作って、キラキラした青春を謳歌すればいいんだからね〜! だから、講師の件は──」
「そうですね」
メリアは、リーアの言葉を遮るように、本日一番の「極上(黒)のスマイル」を咲かせた。
「リーア様と一緒にアカデミー生活を楽しんでいきますねっ!」
「ひえっ……!」
リーアから短い悲鳴が漏れた。
メリアの笑顔の裏に透けて見えるのは、「お義父さんへの留守を狙った不純な侵入は、ここに引き留めて全力で阻止します」という、冷酷無比な鉄の意志だった。
(この腹黒エルフ学長と、お義父さん大好きストーカー師匠……。二人まとめて、私がアルガス魔導アカデミーでたっぷり相手してやるっ!)
背後で計画を完璧に阻止され、魂が抜けたようになっているリーアと、それを見て満足そうに「くすくす」と笑うイクス。
メリアが心の中で静かに勝利の笑みを浮かべていると、ふと、ある重大な事実に思い至った。
「……ところで、学長?」
「おや、なんですか? メリア君」
「面接って……私の後、やってないんじゃ?」
「!!」
その一言に、イクス、リアーナ、フィアストの三人は、まるで時間が止まったかのように一斉に硬直した。
誰も口を開かない。ただ、夕暮れの爽やかな風に揺れる木々の葉の音だけが虚しく中庭に響く。
「……フィアスト」
「は、はい……」
「あとは、任せます」
イクスはそう言い残すと驚くほどの素早さで踵を返し、スタスタと逃げるように去っていった。
それを見たリアーナも、慌てて手元の書類を抱え直す。
「……あ、私も残務処理がありますのでこれで失礼します……!」
大人の汚い責任転嫁の最中、肩をがっくりと落としリアーナも退場した。
残されたのは真っ白な灰のようになっているフィアスト講師だけだった。
メリアは呆れ果ててポツリと心の中で呟いた。
(あ〜……ジレン、ガイ……ドンマイ!)
日もすっかり落ちかけて、薄暗くなった教室。
静まり返った部屋の中で二人の少年は微動だにせず、ただひたすらに待ち続けていた。
カチ、カチ、と時計の針が刻む音だけがやたらと大きく聞こえる。
だんだんと窓の外は街灯が灯り始めていく。
「なぁ、ジレン……」
「…………」
「さすがに、これ、おかしく──」
バァンッ!!!
その瞬間、凄まじい勢いで教室の扉が開け放たれた。
風を巻き上げて入ってきたのは額にびっしょりと汗をかき、髪を振り乱してゼェゼェと肩を上下させているフィアスト講師だった。
「ッ、ッ……!!」
あまりのただならぬ気配にジレンとガイがぽかんとして固まる。
フィアストは息を整える余裕すらない様子で二人を鋭く指差すと、渾身の力を振り絞って言い放った。
「ジレン! ガイ! ……合格っ!!」
「「!?!?!?」」
驚愕する二人の少年に、フィアストはそれ以上何も語らずに眼鏡を押し上げ、まるで最初から何もなかったかのような「すました顔」でスッと身を翻した。
「……では、帰ってよろしい……」
冷淡にそれだけを告げると、風のように去っていくフィアスト。
パタン、と静かに閉まった扉の前で、二人はしばらく開いた口が塞がらなかった。
「……なぁ、ジレン……」
「……なんだ……?」
「これ、喜んでいいのか……?」
「……とりあえず、忘れられてなかった事を喜ぶべきかな……」
夜の静寂が戻ってきた教室で、二人の少年は、なんとも言えない複雑な表情で帰路につく準備を始めるのだった。
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