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音楽魔法で国獲りシンフォニー! 〜異世界でも指揮者に転生し、美少女楽団員と無双します〜  作者: 前洲登呂


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2/7

2,楽譜を差し出す手

 王都までの道のりは、思っていたよりも長かった。


 ◆ ◆ ◆


 徒歩で10日近くかかるという道のりを、私は一人、黙々と歩き続けていた。


 16で目覚めてから、もう2年が経つ。この体もようやく18になった。


 妙な話だが、体が若返るというのは、思っていた以上に厄介なものだった。長年連れ添った体の重みや疲れやすさがすっかり抜け落ち、代わりにやたらと軽い足取りと、意味もなく胸が弾むような感覚が居座っている。坂道を登っても息1つ切れないことに、未だに驚いてしまう自分がいる。


「うおっ、今の跳躍、我ながら軽すぎるだろ!」


 道端の岩を飛び越えた拍子に、思わず声が弾んだ。誰も見ていないのに、一人でガッツポーズまでしてしまう。


「……いや、待て。落ち着け……はしゃぎすぎたな。」


 慌てて咳払いをする。頭の中身は70に届こうかという年寄りのはずなのに、この体はどうにも、放っておくと勝手に浮かれたがる。道端の小石を蹴飛ばしてみたくなったり、意味もなく大声を出したくなったり――そんな衝動が、こんな歳になって湧いてくるとは思わなかった。


 それに、と内心で苦笑する。


 夜、寝床に着いてから妙に体が火照って寝付けない夜が、ここ最近増えていた。若い体というのは、精神の老いなど気にもかけず、勝手に若さそのものを主張してくるものらしい。40、50と歳を重ねる中で薄れていったはずの感覚が、今さらこの体の中で騒いでいる。


「まったく、面倒な体だ……いや、これはこれで悪くないか?」


 毒づきながらも、どこかその若さを面白がっている自分がいることは、否定できなかった。


 ――さて、無駄口はこのくらいにして。


 ただ歩くだけの日々は、正直に言えば退屈だった。だが同時に、この時間を無駄にしたくないという焦りにも似た思いがあった。50年近く、私はステージに立ち続けるための「体」と向き合ってきた。長時間の指揮に耐える体幹、微細な音の変化を聞き分ける耳。それらがどれほどの積み重ねの上に成り立っているか、私は嫌というほど知っている。


「今手軽にできること……よし、口笛でも吹くか!」


 勢いよく唇をすぼめる。最初は、ただの暇つぶしのつもりだった。前世のお気に入りの喜劇を、ご機嫌に奏でる。だが数音吹いたところで、微かな違和感を覚えた。


 ――待て。今のは。


 もう一度、同じ音を吹く。今度はほんのわずかに音程をずらして。さらにもう一度、もっと細かくずらして。


 聞き分けられる。今までよりも、明らかに細かく。


 私は思わず足を止めていた。


「……マジか」


 思わず口から漏れた言葉が、あまりに軽薄で、自分でも笑ってしまう。前世でも耳を鍛える訓練はいくらでもやってきた。だがそれは、何年もかけてようやく数ミリ単位の変化が出るような、地道極まりない代物だったはずだ。数日でこの変化はおかしい。


 ――この世界の理屈は、まだ半分も分かっていない。だが。


 教会で呼んだ文献によれば、合奏によって束ねられて初めて意味を持つ、というのがこの世界の音楽魔法の性質らしい。ならば、一人で吹く口笛程度、本来なら何も起きないはずだ。


 ――なのに、なぜ私にはこれが起きる。


 答えらしきものに、思い当たる節はあった。複数の音を同時に聞き分け、正しい形に組み直す。指揮者として50年、体に染みつかせてきたあの感覚。それが、私という一人の人間の内側だけで小さな共鳴のようなものを完結させてしまっているのだとしたら。それこそ、魔法の力とやらで。


「面白いじゃないか。謎は多いけど、これで少しでも変わるなら儲けものだ!」


 半信半疑どころか、むしろ楽しくなってきて、私は歩きながら口笛を吹き続けることにした。


 ◆ ◆ ◆


 もう1つ、道中で試したことがあった。


 街道の脇に生えていた名も知らぬ草を、何気なく手に取る。子供の頃、こんな草笛を作って遊んだ記憶が、前世の奥底からふっと蘇った。


 葉を細く裂き、唇に当てて息を吹き込む。


 ――掠れた音しか出ないな。


 何10回、何100回と息を送るうちに、コツを掴んだ。長く、太く、一息で吹き切る。それだけの、単純な繰り返し。


「よし、いい感じだ。暇つぶしにしては悪くない。」


 独りごちながら、私は歩を進めるたびに草笛を吹き続けた。


 変化に気づいたのは、ある朝、坂道を登っている最中だった。


 息が上がらない。


 いつもならこのくらいの傾斜で肩を上下させているはずの呼吸が、驚くほど落ち着いていた。


「――は? 待て待て、今の坂、結構きつかったよな?」


 思わず足を止め、自分の胸に手を当てる。何度呼吸を確かめても、乱れる気配がない。


 草笛を吹くという単純な行為が、呼吸そのものに何か作用しているとしか思えなかった。先程の口笛同様、この世界の理――恐らく魔力の流れのようなものと、音楽魔法と、噛み合ってしまったのだろう。


 ――それに草笛を吹くたびに発生するこの光、これも合奏による共鳴のものでは?


 恐らくだが、一人で楽器を吹いていても共鳴は発生しない。なぜなら、協会の子どもたちと遊んでいた時にも草笛を吹いている子たちはいたが、そんな素振りや話は聞いたことが無かったし、光も見たことがないからだ。私が私になる前、この体の持つ記憶でさえも、そんな体験をした覚えはない。個人の魔力だけでは、共鳴と呼べるほどの何かは生まれないはずなのだ。だが私には、複数の"揺らぎ"を1つに揃え直す感覚が、50年かけて骨の髄まで染みついている。それを今、たった一人の呼吸だけでこの体の内側に対してやっているのかもしれない。つまり、経験と知識が自身の魔力を覚醒させるトリガーとなり、今自分の体に対して作用した……?これが共鳴、音楽魔法の効果……?


 王都に着く頃には、道端の些細な物音1つも聞き逃さないほど耳は研ぎ澄まされ、どれだけ歩いても息1つ乱れないほど体は仕上がっていた。


「これは……なかなかいい土産ができたな!」


 私は上機嫌で、王都の門をくぐった。



 

 ◆ ◆ ◆



 

 数日をかけて辿り着いた王都は、噂に聞いていたよりもずっと、疲弊した空気を纏っていた。


 活気がないわけではない。市場には人が行き交い、子供たちが走り回っている。だが、その端々に、どこか諦めにも似た停滞の色が滲んでいた。


「今年もまた不作らしいねえ……」


「宮廷楽団の指揮者様がいなくなってから、ずっとこの調子さ……」


「もう5年になるか。あの人が隣国に引き抜かれちまってから。」


「他の楽団で期待できそうなとこは中々遠いし……」


 荷を運ぶ人々の会話が、耳に飛び込んでくる。私はそのまま歩みを緩めず、しかし耳だけはそちらに向けたまま先を歩いた。


「――5年、か。これはなかなか根が深そうだ……」


 小さく呟く。この国が今、どういう状況に置かれているのか、道すがらの会話や雰囲気だけでも十分に察しがついた。


 その日は神父様に貰った路銀で宿に1泊し、翌日に開催されるオーディションへと英気を養った。

 


 

 ◆ ◆ ◆



 

 会場になっている建物は、かつては立派な演奏ホールだったのだろう。石造りの外観には、当時の面影が確かに残っていた。だが今は、あちこちの壁紙が剥がれ落ち、玄関ホールの隅には埃をかぶった椅子が乱雑に積み上げられている。


 受付に立っていた男は、私の姿を見て、驚きを隠さなかった。


「オーディション会場はこちらです。……本当に、来られたんですね。」


「え?ええ、来ましたが……何か問題でも?」


「い、いえ。ただ、こういった告知に応じてくださる方自体、今はそう多くないもので……」


 男は気まずそうに目を逸らした。悪気があるようには見えない。むしろ、人が来てくれたこと自体に心底安堵しているような様子だった。


「そうなのですか。……でしたら、少しでもお力になれれば。」


 柔らかくそう返すと、男はほっとしたように表情を緩めた。私はそれだけ返して、控室へと足を向けた。片手で数えられるほどの応募者。貴族らしき身なりの者が多少と、平民らしきものが数名。皆どこか、緊張よりも諦めに近い表情を浮かべている。ふんぞり返っている貴族が大きな声で執事にぼやいている話を聞けば、この5年の間に何度かこういったオーディションなどは行われていたらしい。しかし、それといった存在が現れずにただ時を消費してしまっていると。何度僕に足を運ばせるんだ……!という愚痴めいたものも聞こえるが、あの調子では……


「……なるほどな。想像以上だ」


 思わず、独り言が漏れた。



 

 ◆ ◆ ◆



 

「あの、すみません」


 控室の隅に座っていた私に、声をかけてきたのは、地味な作業着に身を包んだ娘だった。


 年の頃は、私と同じくらいだろうか。地味な服の上からでも分かるほど、体つきは豊かだった。作業着の胸元がその質素な生地を押し上げていて、本人はまるで気にしていない様子なのが、かえって育ちの慎ましさを物語っているようだった。手には、何枚か束になった紙を持っている。


「即興合奏の実技で使う楽譜です。国が用意した楽団員の方々と、初見で合わせていただく形になります。この曲を、審査の場で」


 差し出された楽譜を受け取りながら、私はふと娘の手元に目をやった。


 荒れている。水仕事や力仕事で硬くなった手のひら。だが、その指先――特に左手の指先には、見覚えのある窪みとタコがあった。


「あなたも、弾くのですか?」


「――え?」


 娘は一瞬、体を強張らせた。それから、どこか諦めたような、それでいて懐かしむような笑みを浮かべた。その表情の変化1つで、目元の柔らかさや、頬に浮かぶ小さなえくぼまでよく見えて、私は不覚にも見惚れそうになった。


「昔は。……もう随分、触ってませんけど」


「そうなんですか……その手は、長く弾き込んだ人の手です。……失礼、勝手なことを申し上げました」


 少し慌てて付け加える。18の若造にしては物言いが古臭い自覚はあったが、それ以上に、目の前の娘の手を無遠慮に値踏みしてしまったことへの申し訳なさの方が勝った。


「……よく分かりましたね。誰にも、気づかれたことなかったのに」


「昔、色々な人の手を見る機会がありまして」


 私は曖昧に微笑んだ。


 娘はしばらく黙っていたが、やがて手にした楽譜へと視線を落として、ぽつりと続けた。


「その曲……去年の国際祭典で、隣国の楽団が演奏していたものなんです。すごく難しい構成で。今回の応募者の方々も、皆さん苦戦されると思います」


「国際祭典……ですか?でも、お詳しいのですね」


「……好きだったので、昔。曲を聴くのも、弾くのも、調べるのも。」


 言ってから、娘ははっとしたように口をつぐんだ。踏み込みすぎたと思ったのかもしれない。だが私は、その一瞬だけ覗いた横顔に、確かな熱を感じ取っていた。俯いた拍子に、豊かな胸元がふわりと揺れて、思わず目のやり場に困る。


 ――いや、今は集中すべきところが違うだろう。まったく。


「教えてくれて助かります。……ありがとうございます。」


 努めて平静を装って礼を言うと、娘は少し驚いた様子を見せた。


「……どうかされましたか?」


「……すみません。皆さん、あまりそういうことは仰らないので……」


「そうなのですか?」


「はい。大抵の指揮士の方は、渡された楽譜を見て顔をしかめるか、何も言わずに受け取るかです。だから――」


 娘はそこで言葉を切り、少しだけ頬を緩めた。年相応の、柔らかい表情だった。


「頑張ってください。応援、してます。」


 その笑顔を見た瞬間、胸の奥が小さく音を立てた。


 ――こら。何を年甲斐もなく。


 70近い分別が、慌てて自分を諫めにかかる。だが体の方はまるで素直に言うことを聞かず、頬がほんの少し熱を持つのを感じた。


「……ありがとうございます。その言葉だけで、十分力になります」


 精一杯平静を装って、そう返す。


「――名前を、伺っても?」


「私、ですか。……クララ、と申します。」


「私はタクトといいます。よろしく、クララさん。」


「タクトさん。……もし今日、うまくいったら」


 クララは少し言葉を選ぶような間を置いて、続けた。


「いえ、演奏、楽しみにしています。」


「……はい、ありがとうございます。……頑張ります。」


 そう言うと、クララは今度こそ小さく一礼して、控室を後にした。歩き去る後ろ姿を、私はつい、必要以上の時間目で追ってしまっていた。


 残された私は、手の中の楽譜と、彼女の去っていった扉を、しばらく交互に見つめていた。


 中身は老いぼれのはずなのに、この体は驚くほど正直に、若さそのものを主張してくる。娘の些細な仕草1つに心を乱されるのも、意味もなく気分が浮つくのも、恐らくこの年齢の体が持つ、青い衝動なのだろう。


 ――さて、楽しいショータイムの時間になるように、気合入れちゃいますか!


 小さく微笑んで、私は控室の机に向かってスコアリーディングを始めた。切り替えは肝心だ。


 暫くしてから声がかかり、椅子から静かに立ち上がり、いざオーディションへ。



 

 ◆ ◆ ◆



 

「次、入場してください」


 呼ばれて、私は古びた扉を押し開けた。


 ホールの奥、簡素な長机の向こうに、5人の審査員が座っている。中央に座る、初老の男の眼差しだけが、他の審査員と違って真剣だった。


「お名前は……タクトさんですね……。では、始めてください。まずはピアノの独奏を。演奏曲目は自由です。」


「はい。よろしくお願いいたします」


 私は丁寧に一礼すると、鍵盤の前に静かに腰を下ろした。


 ――さて。久しぶりの本番だ。


 小さく息を吸い込み、私は指を鍵盤に乗せた。50年近く、数えきれないステージに立ってきたはずなのに、今この瞬間ほど胸が高鳴ったことはない気がした。


 誰も私を知らない。誰も私に期待していない。


 ――まずは楽しんでみせる。そして、ここでも証明してみせる。至高の音を。最高の音楽を。


 私はそのまま、鍵盤の上に指を走らせ始めた。

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