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第2話 目覚め

 ――おまえなど、生まれてこなければよかった。


 不意にカランの意識が覚醒する。


「おかしいな」


 カランは目覚めてすぐ首をかしげる。

 二度と目覚めるつもりはなかったのに、自分はどうして目覚めているのかまったくわからなかった。


 カランを目覚めさせることができるのは、アストラガルス王国の国民のみである。

 色々とあってつい二百年前にアストラガルス王国の国民は例外なく全て滅び去ったのだから、カランを起せる人物などこの世にもう存在しないのである。

 だからもう永遠に目覚めないと思っていたのだが、どうして目覚めたのか。


 辺りを見回してみても、わかることはない。

 眠っていた祠の中は、手入れが一切されておらず埃が降り積もっているし、扉など開け放たれていて、外の光が差し込んでいるほどだった。

 昔はそこにはたくさんの宝物や武具などがあったものだが、この九百年のうちにカラン本人が手放したり、売られたり、盗まれたりして全て失われてしまっている。


「まあいい、起きたのなら、また寝てしまえばいい」


 そう思うが、眠っていた棺型の装置からは、起動を示すはずの魔導光がすっかりと失われており、このまま寝たところで普通の睡眠にしかならないことがカランにはわかった。

 つまり、もう二度と封印の眠りにつくことはできないというわけだ。

 普通の睡眠では数時間しか、時間を潰すことができない。


「ふぅ、仕方ない」


 なら、こんなところにいるわけにもいかないだろう。

 それに、カランは忘れていたが彼を目覚めさせる条件がもう一つだけあった。

 災禍と並ぶような緊急事態が発生した場合だ。

 誰かが起こさずとも、この封印の間に施された魔導が勝手に、窮地を察知してカランを目覚めさせるのである。

 つまり、今は何かしらの世界の危機の可能性もある。


「だとしても、僕に何ができるのやら」


 なにせ、勇者として旅をした時の武具の類は既にこの部屋にはなく、本来であれば彼の右手に収まっていなければならない聖神剣カスレフティス・メルアァは影も形もない。

 戦力大幅ダウン状態で果たして今回の災禍に対抗できるのかわからない。


「そもそも服もない」


 今のカランは全裸であった。

 眠る時は服を着ない主義だったのも相まって、封印の時も服を着なかった。

 目覚めたときは大抵オーキッドが着替えを用意していたし、普通に封印の間のクローゼットにいくつか服が入っていた。


 しかし、今や封印の間にあるものと言えば、埃と隅の方でいじましく帝国を築かんとしている虫たちくらいである。

 なんともないない尽くしだ。普通の者なら涙の一つも流しそうだがカランはといえば大いに肩をすくめて諦めを表明した。


「とりあえず、外に出て、世界の危機かどうか確認しよう」


 そう決めたのなら、もうここに用はないとばかりに、カランは身体の調子を確かめてさっさと封印の間を出る。


「ここはどこだろうか?」


 封印の間の外に出てみると、そこは森の中であった。


「おかしい。二百年前、ここは平原だったはずなのに」


 封印の間が移動したとかでなければ、カランが眠っていた二百年の間に森ができあがってしまったようである。


「誰か植林でもやったのかな? うん、森は大事だからね」


 カランは一言、お気楽な調子で言うと森を歩き始めた。

 森の中はのどかで、鳥のさえずりが聞こえてくる。

 どうやら深い森というわけではなく、日の光が入ってきていて明るい。日中ならば、少なくとも困るということはないだろう。


 とりあえずカランは、封印の間を背にしてまっすぐ進むことに決めて歩き出す。

 どこに何があるのか、当世の地理を知らないのだから仕方ないが、幸いなことに天はカランに味方してくれたのかすぐに川を見つけることができた。


 水があるところに人は集まる。この川を上流か、下流の方にたどっていけばいずれ村か街に辿り着くだろう。

 可能性で言えば下流の方と考えるだけの頭はあったのか。

 はたまた、そちらの方に鳥が飛んでいったからなのか、カランは下流の方へ歩き始めた。


 川の流れは緩やかで、水は美しく魚が泳いでいるさまを見ることができた。

 その魚は、カランも見覚えがあった。

 魔王討伐の旅の時によく夕食として食べていたものだった。


(もしもの時は、困らなさそうだ)


 川をしばらく歩いていると、突然、右手の方から助けを呼ぶ声が聞こえた。


「誰か―、助けてくれぇー!」


 その声は、静かな森の中に良く響き、切羽詰まっていることが如実に伝わるようであった。

 続けて聞こえて来た馬の嘶きと車輪の音から、助けを求めている者は馬車か何かに乗っているのだろうこともわかった。


 カランは一度考えてから、声の方に向かって駆けだす。

 声の方にいけば人が通る道に出られると思ったからだ。

 しばらく行けば、カランは踏み鳴らされた道へと出る。

 すこし道を行った先では、どうやら馬車の持ち主である農夫が盗賊に襲われているようだった。


「や、やめてくれ。金なんてないんだ」

「へへへ、知ってんだぜぇ、街ででかい買い物してたってさァ」

「まだ、あるんだろォ?」

「オレらだって魔じゃねえ。出すもんだせば、殺さずに村に返してやるからさァ」


 数人の荒くれどもに道をふさがれ、馬車の上でにっちもさっちもいかないようで震えることしかできていない。

 その様に盗賊たちは気を良くして、ナイフをこれ見よがしに舐めて見せたりしている。

 農夫の男は、光を受けて輝くナイフが盗賊の舌先を横断していくたびに、自分が斬られたとでも言わんばかりに情けない悲鳴をあげていた。


(ふむ、これは窮地だな)


 カランならば助けることが可能である。一目見ただけで彼は盗賊たちの凡その技量の想像がついている。

 人数の差を差し引いたとしても、カランが負ける要因はどこにもない。

 しかし、彼に関わるつもりはなかった。


(けれど助けてやる義理も、義務もない)


 だから、自分はこのまま潜んでいて、ことが終わるのを待つことにした。

 盗賊とて不用意に農夫を殺すことはないだろう。

 これが国の首都へと荷を運ぶ重要な商人への盗賊行為ならまだしも、農夫の身に纏っている衣類からしてどこか片田舎の村人だ。


 大抵の場合、国はそんな連中が盗賊に行き当たり荷を奪われたとしても何もしない。

 貴族が被害を被ったのならば、地の果てまで追いかけて行って制裁を与えるが、今回はそういうわけでもないのだ。

 田舎の平民の持ち物が奪われたくらい動く者はいない。


 しかし、これが殺人となると少々話は変わってくる。

 村の自警団からこの付近を治める領主へ連絡が行き、捕縛するための兵士やら衛兵の類が送られえてくることがある。

 農夫は領主の財産なのだ。働き手ともなれば税収にも関わってくるとなれば、どのような領主も動く。

 だから、盗賊の大半は命を奪わず、荷だけを奪う。そうすれば、何度でも甘い蜜を吸えることをわかっているのだ。


 輝くほどに手入れされたナイフを盗賊が各々持てるだけの財力を持っているのならば、そのあたりは熟知しているはずだとカランは判断した。

 だから、助けに入らずに見守っていると、不意に何かが視界の端を横切って行った。

 それは見たこともない青く美しい羽を持った小鳥だった。

 思わず目を奪われてしまう美しさで、小鳥は人懐っこい様子でカランの目の前に垂れ下がっていた枝に器用にとまる。


「綺麗な鳥だ。君、いったいどこから来たんだい? この森の子かな?」


 目の前で行われていた盗賊行為を思わず忘れて、手を伸ばしてしまった。

 その時にカランは大いに音を立ててしまい、小鳥には逃げられ、盗賊や農夫にも気づかれてしまう。


「あっ」

「誰だ!」

「おいおいおい、なんだこいつ」

「なんで裸なんだ?」

「とりあえず、そっから出てこい!」


 盗賊どもはこんな森の中で、全裸でいるカランをいぶかしげに見つつ、近くに来いと呼ぶ

 農夫は藁にでもすがる思いで、助けを求めた。


「た、助けて!」


 カランは、さてどうしたものかと頭を掻く。


「へへへ、どうしたよ、アンタ。酔っぱらって裸でこんなとこまで来ちまったのかァ?」


 盗賊の一人が本当に全裸のカランを嘲笑う。


「いやぁ、少し寝ていたら、こんな感じでね。すまないが僕は何も持っていないし、そこの御仁を助ける気もないんだ。見逃してくれないかな」


 カランはあっけらかんとそう盗賊へ言い放つ。

 あまりのマイペースな物言いに盗賊も呆れたし、農夫は絶望して失神寸前であった。


「おいおいおい、それはなしだぜ兄ちゃん。盗賊を前にしてんだ、何か置いてかねえと、オレらの面子がたたねえじゃねえかよォ」

「といっても僕は本当に何も持っていないんだ。見ての通り、裸でね」

「へへへ、けど若くていい身体があるじゃねえの」

「えぇ、もしかして君はそっちの趣味なのかい? 僕は女の子が好きなんだ。だから、君の思いには応えられないよ」

「ちげーよ! 何言ってんだ、気持ち悪いな! 売るんだよ! へへ、顔もいいし、兄ちゃんは高く売れそうだしなァ」


 盗賊の一人にそう言われてカランは納得するように頷いた。

 カランの身体は素人が見てもよくわかるほどに鍛えられているし、勇者になってからは目鼻顔立ちも中天大姫に並び立つとまで言われたほどだ。

 確かに高く売れるに違いない。

 ただ盗賊の一人が不満そうに声を上げた。


「えぇ、売るんすか? 楽しむのは駄目っすか?」

「え?」


 盗賊たちの空気が凍った。


「え、ちょっと待って、オマエ、そっちなの?」

「ええ」

「えっと、オレ、オマエの前で裸になったりしたことあったけど……もしかしてヤバかった?」

「大丈夫っす、仲間には手を出さないように我慢してましたんで」

「オマエが真面目な奴でオレは良かったぜ……」

「娼館に繰り出すときに、全然みないと思ったら、そうだったのか……」


 何やら驚愕の事実が明らかになってしまい、微妙な空気が流れ始める。

 その原因となった男は少しばかり盗賊たちから遠巻きにされつつ、リーダー格がコホンと咳払いして空気を引き戻す。


「とにかくだ、オレらに何も渡さないでここを通すと思うなよ」

「はぁ、そうか。では仕方ない」


 売られるのは本意ではないし、このままここにいても下手したら大事な何かの危機である。

 流石に率先して、そんな危機にはカランとて飛び込みたくはない。

 カランは手早く、近くにいた者へ掌打を繰り出し吹き飛ばす。


「がっ?」


 吹き飛ばされた盗賊は、まるで玉遊びに使う玉のように吹っ飛び、馬車に突っ込みこれを破砕する。

 当然、そんな状況で意識なんぞ保っていられるはずもなく昏倒する。

 それをたっぷりと数秒も見てからようやく、カランに攻撃されたのだと気づいた盗賊らは声を上げて反撃しようとする。


「な、なにしやが――「遅いよ」」


 だが、力は全盛期には程遠く、装備も何一つないと言っても勇者であるカランにとっては、そんなもの殺してくれと言っているようなものだった。

 もちろん殺生は好きではないカランは、とてつもなく―――本人的に――して、盗賊たちを一網打尽にしてみせた。


 ただカランが予想外だったのは、彼らがあまりにも弱かったことだ。

 かなり手加減をしたはずであったが、どうやらそれでも不足であったらしく、盗賊らはしばらく起き上がるどころか、食事すら喉を通らないあり様となってしまっていた。


「まあ、相手からやって来たのだから、僕は悪くない」


 自分は手加減をしたしとカランが自己弁護していると、農夫が声をあげて彼の下へやって来た。


「あんた、何してくれたんだ! 馬車がめちゃくちゃだ!」

「あー……」


 確かに馬車はカランが吹き飛ばした盗賊が突っ込んだおかげで、積み荷ごとバラバラになってしまっていた。


「これはすまない」


 農村部では馬車は一財産にもなる。幸い、馬は無事であるからそこまで弁償金は高く積まれることはないだろうとカランは予測し、気絶している盗賊どもの懐を探る。

 元はアストラガルス王国の王族であるが、魔王討伐の為の旅の一行の中にこういうことをしていた者がいたのだ。

 それを覚えていたし、この九百年の間に何度か目覚めさせられて色々とやった時に、こういうことが有用であると覚えていたカランはささっと財布を抜き取る。

 全員分を合わせたらそれなりの額になったので、それを農夫へ差し出す。


「これで馬車くらいならば買い替えられるはず」

「そんなことしても無駄だ……もうお終いだぁ……」


 どうにも農夫の様子がおかしい。馬車など買い替えれば問題ないだろうに、この嘆きようはどうしたことかとカランも気になり聞いてみた。


「あんた、知らないのか……魔王が山に来ちまったんだよ……」

「魔王が?」


 農夫が住む村はダリアと言い、方々を山に囲まれた風光明媚な村だという。

 数週間前、その村を囲む山の一つに魔王を名乗る魔が住み着き、人を襲い、家畜を奪い、村に対して理不尽な要求を突き付けているらしい。

 そして、この農夫が運んでいた荷というのがその魔王が望んでいたものであった。


 手に入れることが非常に珍しいガウラという獣で、純白の体毛がたいそう美しく、貴族夫人や子女の間では飼っていることが一種のステータスになるほど。

 また、狩った者には幸運が訪れるという大きな耳が特徴的で愛らしい獣だ。

 ガウラは、馬車が破壊された際に檻から飛び出して逃げ出してしまった。


「もし連れて帰れなければ、村を滅ぼすと言っている、もう終わりだぁ」


 そんな農夫の嘆きを横目に、カランは顎に手を置いて魔王について考えていた。


(災禍の魔王にしてはやっていることが小さい。なら、これは災禍に関係なく普通に生まれた魔王なのか?)


 いや、その可能性も薄い。

 魔王が近くにいるというのなら、カランが気づかないはずがない。

 災禍の魔王のほどでないにしても、魔王の気配は独特で非常にわかりやすい。

 大陸の端と端にいたとしても見逃すことはないだろう。


(そうだとすれば、力のある魔が騙っているだけか。少なくとも兵士ではないだろう。騎士か、最大限大きく見積もっても貴族だろうな)


 魔には、それぞれ強さによって等級が定められている。

 一番下が兵士で、その次が騎士、その上が貴族で、最も強大で厄介なのが魔王だ。

 今回は少なくとも魔王と名乗っていても、カラン基準でそこまで強い力を感じない。

 隠形によっぽど優れた者でない限りは、騎士か貴族であろうとカランは予測した。


 カランからすればそう心配するようなものではないが、ただの人間にとっては、兵士の等級の魔であろうとも大きな脅威だ。

 考えている間に農夫は何やら決意を固めたようであった。


「くそ、こうなったら……」

「ん?」

「こうなったら……アンタを生贄に出すしかねぇ」

「いやいや、何をどう思ったのかは知らないが、それは早計というものだろう」

「元々生贄の娘か、ガウラかって話だったんだ。生贄の娘を差し出せば何とかなる!」

「いやいや、僕はどう見ても男だ。逆に怒らせてしまうよ」

「アンタ顔は良いから、娘連中に化粧させりゃ何とかなんだろ!」


 そういうわけでカランを生贄に差し出して見逃してもらう作戦に出たようであった。

 農夫はカランを捕まえるべく、飛びかかって来た。

 カランからすればそんな攻撃にもならないとびかかりなど余裕で躱せる。


 だが、仮にも勇者だった身の上である。流石に何の罪もない民――今、襲ってきているが――に反撃するわけにもいかず仕方ないと無抵抗で縛られて引きずられて行くことにした。

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