第4話
まだこの世界が今より平和だった頃のことを人間たちはまだ忘れていないだろうが、そんなとき
何をしていたのかというと、おおよそ人々は生き抜くことにあまり貪欲では無かったと思う。
ときには人間同士で争い、ときには人間同士で殺し合い、そして自らの命を絶つこともあった。
生きることにこれといって意味を見出せない人は、割と多かったように思う。
忘れもしないモンスターがあふれた世界になったとき、たくさんの人々が犠牲になった。
運良く生き残った人々は、以前より少しだけ生き抜くことに貪欲になった。
相変わらず人同士で争うこともあったし、自ら命を絶つこともなくなりはしなかったが、
安全を確保するべく、モンスターという共通の敵が現れたことで、戦い生き延びることに対して
貪欲になったように思う。
藤次は、そんなどうでもいいことを考える。
そして俺たちはふたたび安全を手に入れた。貪欲に生き抜くという目標を失ったのだ。
いや、ただ、ものは考えようだと思う。
マリアは何かしたいことがあるようだし、セイバーも何か目標があるらしい。
だから、話し合った俺たちは、結果としてそれぞれ一度別々に行動する道を選んだ。
それぞれがお互いに不思議部屋でいつでも会えることから、定期的に連絡を取り合うことだけ
決めて、朝起きると、それぞれが別々の道へと進んでいったのであった。
久しぶりに本当に一人の時間だった。
とりあえず何をするか考えているのだが、まったく思い浮かばず、どうでもいいことを
延々と考えつづけていると、ふと遠くの方で、建物から火の手が上がったのが見える。
何か誰かが人やモンスターとやりあっているのか、自然とあんなもうもうと火の手や煙が
上がったりはしないだろうと思う。
やりたいことは特に無いから、ならまぁせっかくなので興味本位で見に行ってみるかと、腰を
よっこらせっとあげて藤次はそちらへと歩き出したのだった。
ーーーーーーー
「よおよお、かわいこちゃんたちぃっ!
大人しく従えば、俺様たちがずっと可愛がってやるってんだよぉっ!」
下品な声をあげているのは、完全に盗賊へと身をやつした汚らしい50代くらいの男であった。
丁寧にも髪型はモヒカンで、どこで調達してきたのかトゲのついた肩パットを着け、釘付きの
バットのようなものを手に握っている。
「どなたかっ、助けてくださっ・・きゃッ!」
建物の2階の窓から女性の声が聞こえた。
その窓に向かって瓶が投げられ、窓ガラスの破片が中に散乱して驚いたのだろう。
うーんこれは、なんというお約束イベントなのだろうとその現場を少し離れたビルの屋上から
眺めながら藤次は思う。
マリアやセイバーと別れてすぐに、まさかこんなイベントに遭遇するとは・・・。
ただまぁ、ここで見捨てるというのは後味が悪いのも事実で、でも助けることで何か
お礼が欲しいとかそういうのは特にないし、ここでふたたび助けた人と人間関係を築くと
いうのも正直面倒くさい。
せっかくの久しぶりの一人なのだし、もうちょっとそれを満喫してから、人恋しくなったりして、
からで良いなと思う。
「おいおい、なんかしらねーやつが近づいて来たぞっ!!!
男だぁ!!! なんだなんだ、助けに来た王子様のつもりかぁ?
げひゃひゃひゃ!!!」
何気なく近づいていくと、それに気づいた盗賊の仲間たちが、全員で大笑いを始める。
「これ、良い車だな、お前らのか?」
唐突に藤次は、道端に捨ててある朽ち果てた乗用車を、まるでオモチャの車を持ち上げるかのような
感じで、片手で掴むとそのままひょいっと水平に持ち上げて見せる。
「あ・・・???」
笑い声がピタリと止まり、汚らしい男たちは口をポカーンと空けたまま、その不思議な光景を
見つづける。
「ああ、こっちか、このトラックの方だったか?」
乗用車をドスンと道に降ろすと、隣にあった頭だけのコンボイを同じように軽々しく反対の手で
持ち上げて見せる。
「・・・・・・」
盗賊たちは、馬鹿笑いをひっこめて、流れ出る冷や汗をぬぐうこともせず、必死に、目の前に
現れた謎の男について考える。
こいつは・・・高レベルの戦士か何かだろうか?
いや、戦士だったとしても、あんな軽々しく車を片手で持ち上げられるか?
仮にあれを軽々持てるだけの筋力があるとして、あれで殴られたら、確実に俺たちは死ぬ!
ああ、ブンブンとトラックで素振りを始めやがった、ああ! あああっ!
「・・・おまえら、逃げ出すならいまのうちだぞ・・・?」
車を素振りして涼しい顔をした男がそんなことを言った。
その言葉の意味がじょじょに頭に沁み込んでいき、脳がやっとその意味を理解したとき、
盗賊の1人が青ざめた顔のまま慌てて逃げ出したのを皮切りに、盗賊の男たちは誰も何も言わずに
転がる様にして、その場から命からがらに一目散に逃げ出したのだった。
そしてその場に誰も居なくなったのを確認すると、藤次もすぐにその場を後にした。
その恐ろしくも不思議な光景を、助けられた女たちも窓から見ていた。
誰もが怖くて、お礼の言葉すら口に出すこともなく、誰もが息をひそめていた。
助けてくれた男が何も言わずに立ち去ったことで、誰もがホッと胸をなでおろしたのであった。
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