優しさ
まどかが名前で呼んでくれるのは、ベストエンディングに突入した時だけだ。しゅり先輩が僕を名前で呼ぶのとは訳が違う。
つまりこの瞬間、確実に200ポイントを超えている。
しかし、現在の友好度は199ポイント。
これは、ベストエンディングからノーマルエンディングへ変わってしまう程の大事件があった、という事だ。
何が起こった。
早く先が知りたい。
だけど、順を追って行かないと重要な部分を飛ばしてしまう。
場合によっては今日中にフォローしないといけないが、はやる気持ちを抑えて日記を読み進めていった。
「幸太郎くん……。昨日のあの後のこと話したら、違う幸太郎くんは覚えててくれるかな……?」
恋人繋ぎをしながら、まどかが辿々しく僕へ問いかける。
「うん、大丈夫だと思う。日記に上手く書けなくても、記憶は共有できるはずだから」
「ありがとう。……今日、時間ある?」
「あるけど、なんで?」
「長くなっちゃうから、私の家で話そうと思うの。平気?」
「平気だよ!ママには遅くなるって電話すればいいし」
そのまま、僕達はまるで恋人の様にまどかの家まで向かった。
その後の事については、日記にはなんとなくしか書いていない。ここからは記憶とまどかのセリフを頼りに進める事になる。
イスに座りながら背伸びをして小休憩を取る。外はまだ真っ暗。あまりに早く起きすぎてしまった。
気持ちを切り替え、まどかが語った出来事を鮮明に思い出していった。
──。
──幸太郎くんが走って行ったあと、私は正門前で泣き続けていました。
幸太郎くんを責めてるんじゃなくてね、私のワガママのせいで怒らせちゃったなぁ、って……。
誰かに助けを求めたくて、足が自然にしゅりちゃんの家に向かった。
その間もシクシク泣いてた。もしかしたら一生会えないかもしれない、くらいに思っちゃってさ。そんな事ないのにね。
しゅりちゃんの家のインターホン押したら、すぐに本人が出てきた。
玄関の前で人も通ってるのに、何も言わずにそのまま抱きしめてくれて、また大泣き。
「うわぁぁん……うわぁぁん……!」
「……中に入ろう。ゆっくりと話を聞いてあげる」
「うわぁぁん……!」
家に入っても、私はしゅりちゃんに抱きかかえられてた。
コタツに入っても泣き止まなくて、しゅりちゃんのハンカチ借りてさ。いま考えたら笑っちゃうよ。不思議。
「……どう、涙は出切った?」
「グスッ……ちょっと……残ってる……」
「泣き過ぎて脱水症状になってしまわないか心配だよ。水を持ってくるから、飲んで少し落ち着きなさい」
「ありがと……グスッ……」
しゅりちゃんが持ってきたコップの水を飲んで、ちょっとだけ落ち着いた。ほんのちょっとだけね。
「さ、何があった?」
「狩場くんに……嫌われたかも……ウッ……ウゥッ……」
「あぁ、また泣いちゃって……」
もう一度、しゅりちゃんが抱きしめてくれた。
「幸太郎くんは誰かを拒否するような人ではないよ。大丈夫、安心して……」
しゅりちゃん、温かかったなぁ。いつまでも慰め続けてほしかった。
「しゅりちゃん……幸太郎くんって呼んでるの……?」
「気にするな。親しい後輩だから名前で呼んでいるだけだよ。
まどか君が幸太郎くんを好いているのは言われなくてもわかる。
それこそ、私が幸太郎くんを奪うだなんて心配はしなくていい。本当にただの友人なのだからな」
内心、安心しちゃった。
「……狩場くんに、告白されました」
やっぱり、しゅりちゃんなら安心して全部話せると思って、抱きしめられたまま相談に乗ってもらいました。
「ふむ、それで?」
「……フッちゃいました」
「あっはは、まどか君らしいな」
「なんで笑うの……」
「まどか君は、他人を思いやる事が出来る人だ。自分が傷付いた分、人に優しくできる。
だから、天音さんを傷付けないように、自分を犠牲にして告白を断ったんだろう?」
鋭いよね。しゅりちゃんって何でもお見通しな神様みたい。
「……当たってる……かも……」
「無理に我慢なんてする必要ないんだよ?
自分の正義に嘘を付けないなら、幸太郎くんと仲の良すぎる親友になればいいだけの話だ」
「仲の良すぎる、親友……」
「親友なら浮気ではないだろう?
それに、こう言ってはなんだが、まだ結婚すると決まった訳じゃない。
もしかすると、逆に天音さんから二人の仲を応援されるかもしれないのだぞ?」
「そんなことは……」
って言いながらニヤけちゃった。私ってホント悪い子だよ。
「とにかく、今は泣いて、泣いて、涙をぜーんぶ出し切って、明日の幸太郎くんと会いなさい。
……どうする、今日は泊まっていく?」
「……ごめんなさい。今日は、1人になりたいかも……」
「うん、わかった。寂しくなったらいつでも電話して。真夜中でも構わないから……」
「ありがとう、しゅりちゃん……」
出来るだけ、ギューっと抱きしめた。
離したくない。だけど、あの時は一人になりたかった。
私って、やっぱりワガママだよ。
何かを察したのか、しゅりちゃんが突然こんな事を言ったんだ。
「いい?もし死にたくなったりしたら、必ず連絡してね?
電話じゃなくても、簡単なメッセージ送ってくれるだけでいいからさ。
少なくとも私は、まどか君が居なくなったら悲しい。
まどか君の代わりになる人なんて見つかりっこないし、もっともっと仲良くなって色んな所へ遊びに行きたい。
何もかも嫌になったら、せめて明日までは、私のために生きていてほしい。
変なワガママだけど、聞いてくれる?」
「……うん。もちろんだよ、しゅりちゃん……」
この言葉に、どれだけ救われただろう。
結局、家に帰ってからしゅりちゃんには一度も連絡しなかった。
眠れなくて手首も切ったし、お風呂も朝まで入らなかった。
だけど、死のうとは思わなかった。
しゅりちゃんの優しさに触れてなかったら、私はここにいなかったかもしれない。
しゅりちゃんが、私を守ってくれたんだ。




