関係
過去のトラウマというのは誰しもが抱えている。
これは憶測だが、僕が思う以上に、まどかの中での浮気に対する拒否感は相当、根強いものだと思う。
それこそ言葉もおぼつかない頃から、母が苦労している姿を間近で見て、感じているのだ。
その辛さのせいでまどかの母親は自暴自棄になり、『しつけ』と称して殴る蹴るの暴行を加えてしまっている。
少しでも母親と違う意見を言ったり、母親の思い通りの行動をとらないと、暴力でねじ伏せられてしまうのだ。
その原因は全て、父親が浮気をして勝手に出て行ったこと。
父親のせいで、母親が変わってしまった。
今でもまどかは、そう思っている。
輝樹はそれを、上手く利用した。
『結婚』というリアルなワードをさりげなく植え付け、浮気と上手く結び付けた。
あの短いセリフだけで、まどかと僕が付き合う事はタブーだという事実を認識させ、抑えていたまどかの気持ちを爆発させたのだ。
外道。卑劣。どんな言葉を使っても足りないくらい、輝樹の心は腐っている。
「宇月氏は苦労されているのですな……」
そんな話があったことなど知らない加藤氏がまどかに同情し、そのまま続けて発言した。
「狩場氏。宇月氏と良い距離感を保ちつつ、ことにゃん様を御守りする事はできないものか」
「なんとかって言ってもなぁ……。
まどかさんにうつつを抜かさず、天音さん一筋で守っていきたいっていう気持ちは本当だからね。
僕なりの覚悟、っていうのかなぁ。
天音さんだけに意識を向けて猪突猛進というか……。
誰かに気をそらせたくないんだよ」
「うーん、難しい……」
「狩場氏の覚悟をねじ曲げるべきか……」
「狩場氏の気持ちもわかるが果たして……」
田中氏と渡辺氏もどうしたら良いかわからないようで、腕を組んで頭をひねっていた。
もういいのに。僕の為に色々と考えなくて。
「俺は宇月氏と仲良くなってほしい。少なくとも、いつもの関係を見ている方が安心する」
「俺もそれは同感だ。宇月氏と狩場氏のコンビネーションは素晴らしいものがある」
「俺もそう思う。だが狩場氏は元より、宇月氏の幸せも考えるべきだ」
「渡辺氏、良い所を突くな。宇月氏は、どうしたい……?」
なんてストレートな。まどか大丈夫かな。
「私は……」
数秒置いて、まどかは言葉を選ぶようにして返答した。
「私は、狩場くんと今まで通り仲良くしたい。
それで、西園寺くんに邪魔されないように、みんなで狩場くんと、天音ちゃんを、幸せにしてあげたいです」
そっか、まどか……。
「宇月氏、本当にそれで良いのか?」
加藤氏が真剣な眼差しで確認を取る。
「うん。今の私にとって一番の幸せは、狩場くんと天音ちゃんが結ばれる事だから。
幸せのキューピット……一度でいいからやってみたいんだ」
「なるほど……。狩場氏、その方向で良いか?」
「ダラダラ喋ってても決まらないしね。
とりあえず、僕がまどかさんと今まで通り仲良くするよ」
そうすれば勝手に今の僕とまどかが仲良くなる。口には出さなかったけど、そう思っていた。
「……昨日の狩場くんがいい」
「!?」
あ、僕めっちゃショック受けた。
「ぼ……僕じゃ……ダメなの……?」
「残念だけど、昨日の狩場くんがいいです」
即答。嬉しいような嬉しくないような……。
「ガビーん……」
あぁ、言葉のチョイスが超絶糞ダサい。ダサすぎて涙が出てくる。いつの時代の言葉使ってんの。普段『ガビーん』なんて言わないよ、僕……。
「宇月氏。こちらの狩場氏にもお考えがあるのだろう。どうにか普段通りにならないものか?」
「こっちもちゃんと狩場氏だ」
「こっちの狩場氏も含めて狩場氏なのだ」
親衛隊のみんなは同じ意見か。どうだろう。
「わかってるよ、そんなこと……。
でも……恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして俯くまどか。
「くっつきたいんだけど……意識しちゃって……その……。
き、昨日の、狩場くんなら……がんばれるん、だけど……ごめん……なさい……」
ん?この反応……?
日記から目を離し、一旦スマビュを手に取ってまどかの友好度までスライドさせる。しかし、199ポイントで変わらずだった。
変わらず……か。
友好度が200ポイントを超えた場合、まどかは不用意に他の人に抱き付くことをしなくなる。
名実ともに『自分だけの宇月まどか』となり、ポイントの上昇速度も上がるのだ。
この反応を見る限り200ポイントを超えたと思ったけど……。違うならいいや。
再び日記へ戻る。次の主要な場面として、放課後の事が書かれている。
一緒に帰って……ん?
……あれ?……あれれ?
マ、マジで……!?
ちょっと待ってよーく思い出そう!記憶が嘘な訳ないし!落ち着け、落ち着け……。
まず、僕はまどかを家まで送り届けるために一緒に帰っている。
もちろん、まどかはくっついていない。
くっついていないけど、それ以上の事になっている。
「狩場くん……。手、繋いでもいい?」
「え、別にいいけど……」
そんな素っ気ない感じでオッケーするような事じゃないよ!くっつかれるより重要だよ!
そんな僕の気持ちなど露知らず、無意識の狩場くんは自身の左手をまどかの前へと差し出した。
その手の平の上に、まどかの右手が重なる。
お互いの手を掴むようにして、そのまま腕を下げていく。
そして、指を絡めた。
「……ねぇ、相談したい事があるんだけど、いいかな」
「なーに?」
この行為の重要性を全くわかっていない僕が答える。
「昨日の狩場くんと仲良くなる為に、ちょっと練習したい事があって……」
「僕に出来る事なら何でも言って!」
「ありがとう。じゃあ……」
まどかは顔を赤らめ、無意識の僕を見ずに言った。
「名前で、呼ばせて下さい。幸太郎くん……」




