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痛手

 こうなる事は分かっていた。


 分かった上で、無意識の僕に託したのだ。その張本人はまどかが泣いている間、ずっと頭を下げ続けている。


ふいに、まどかの気配がした。顔を上げると、ぐちゃぐちゃのまどかが僕に迫っていた。


「ねぇ、貴方も狩場くんでしょ!?私、どうしたらいいの!?」


「……ごめんなさい、わかんないです」


「なんで!?なんで本人なのにわかんないの……」


 まどかは絶望のまま、女の子座りで無意識の僕の前にへたり込んだ。


「なんでもするのに……狩場くんの為なら、なんでも出来るのに……」


 頭の中で一生懸命に返答を考えるが、下手な発言ができない恐怖で、ガタガタと震えながら正座をするのが精一杯だった。


「……そ、それなら……」


 今度は、まどかがガタガタと震えだす。


 痙攣したような両手を自身の胸元へ近づけ、涙声でまどかは言った。


「か、かか、狩場くんの為に、わ、私の、は、は、初めてを……」


 ブラウスのボタンに手を掛け……。


 

 ってええぇぇぇぇ!?!?!?


 ダメダメ!まどか何してんの!!



「おんぎゃあああああああ!!!!!!!」



 あ、やっぱ僕バグったわ。察したな。


「ノォー!ノォー!だめだめ!!だめぇぇぇぇ!!!!」


 間一髪、ボタンを外す前に僕がまどかの両肩を思いっきり掴んだ。


「え、ちょ、はぇ?」


 まどか若干引いてるな。


「そ、そうか、あれだ!君は衣服の乱れを直してた!そうだね!?そうだよね!?」


「いや、ちが」


「よーし直せ!ほら、シワ伸ばして!パッパッパって!」


 僕がまどかから離れる。そして右人差し指がランダムに宙を舞った。指示してる風だと思うんだけど、動きが超絶気持ち悪い。


「あー……うん」


 言われるがまま、まどかが服を下に引っ張る。


「よぉし!オッケー!よーしよしよしよし!!」


 両手を前へ突き出してパンパンと叩き、何故かサッカーでゴールを決めた選手を迎える様な異様なテンションになった。


「よし!よし!……ハァ……良かったぁ……あぁ……」


 そして、脱力。なんなんだ、この僕は。


「……まどかさんよ」


「は、はい」


 いつになく低い声から入る僕。


「あのね。いざと言うときに、そういう事をする人なんだって、思われちゃうから。だから、今後はこういうこと、人前で絶対にやっちゃ、ダメだよ?」


 今度は僕が若干イラついてるのか。ごもっともだけど僕が言いたかったな、そのセリフ。


「……はい、わかりました。ごめんなさい……」


「わかればいいよ。……あぁ、心臓止まるかと思ったぁ……」


 ホッとする僕。反省するまどか。


 良いコンビだな、羨ましい。これ僕なんだけど。


「……とりあえず、学校行こうか」


 珍しく僕からの提案。リードしてて良い感じ。


「……うん、そうだね」


「僕とまどかさんが仲良くしてれば、多分あっちの僕の気が変わると思う。


前もそうだったんだけど、僕って厨二病的な考え方をする事があるんだ。


勢いで言ってるだけっていうか、そういうのが格好いいと思ってるというか……。


とにかく、本当はまどかさんとちゃんと向き合いたいはずだから、安心して」


「……ありがとう」


 それから僕達は二人で一緒に登校した。


まどかは僕にくっつく事はなく、明らかに距離を置いて歩いている。横並びなのがせめてもの救いだ。


 教室に入ったのはギリギリだった。席に着くなり、加藤氏が声をかけてくる。


「お久しぶりです、別の狩場氏」


「うん、久しぶり……」


「なんだか元気がないようですな。何かあったのか?」


「昨日の僕がまどかさんと喧嘩しちゃってね……」


「それはそれは……。後ほど、詳しく話を聞かせて下され」


「ありがとう。長くなるから、お昼にでも」


 そうして昼休憩になり、僕らはいつもの様に渡辺氏の席へ集まった。まどかもちゃんと輪の中に入ってくれている。


「それで、何がありましたかな……?」


 気まずい空気を察したのか、加藤氏がすぐに口を開いた。


「とりあえず、僕から話すよ」


 続いて、僕が説明を始める。


「昨日の僕、まどかさんに告白しました」


「なるほど。それで?」


 意外と冷静な加藤氏。田中氏と渡辺氏も、当然の出来事のように話を聞いている。


「えーっと……どこまで話していいかな、まどかさん」


「いいよ、私が話す」


 まどかもちゃんと冷静だ。少し安心。


「私のせいなの。天音ちゃんに嫉妬しちゃって、狩場くんに『なんでゲームの時に選んでくれなかったの?』って……」


 まどかが口を紡ぐ。しかしすぐに、まどかは気を引き締めたように顔つきを変えた。


「それで、狩場くんの心を乱しちゃったんだと思う。私のこと、本気で好きだって言ってくれた。


もちろん嬉しかったし、私もちゃんとお付き合いしたいって思った。


だけど狩場くんは、この世界で天音ちゃんを守るって決めた人だから。


そういう純粋な気持ちを持った人とお付き合いするっていうのは、私の中では浮気してる事と一緒なんだ」



 ……そうか、そういう事だったのか。



「私って、シングルマザーの家庭で育ったの。


産まれてすぐに両親が離婚してね、その原因が父親の浮気だったんだ」



 僕は、とんでもない策略に嵌められてしまった。



「浮気は絶対に許されない。そう思ってるから、私も浮気は絶対にしない。


だから、狩場くんが本気で付き合って守りたいと思ってる天音ちゃんを差し置いて、狩場くんと付き合う事はできないの。


それが自分でも痛い程わかってるから、取り乱しちゃって……」



 今ようやく、輝樹の言ったセリフの真の意味を理解できた。



 かがみんに体育館裏へ呼び出されている間、輝樹はまどかに言ったのだ。



「宇月さんがいれば、狩場くんは間違いなく天音さんと付き合って、結婚できるよ」



 あれは間違いなく、わざとだ。


 『僕と付き合うと浮気になる』ということを認識させる為に、わざとあんなセリフを言ったんだ。


 あの短いセリフの中に、こんなに重要なワードを組み込んでいたことに気付かなかったなんて。


 

 やられた。最悪の痛手だ。



 輝樹は何もわかっていなかったんじゃない。


 まどかを……いや。



 確実に、全キャラクターの性格を、僕以上に熟知している。



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