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五十嵐美波の日常

 ──。


 ──この街では五十嵐美波は高校生じゃないし、ずーっとあだ名で呼ばれ続ける。


胸元に付いた丸いネームプレート。手書きの水色の字で『みなるん』と書いてある。っていうか、自分で書いた。


ムダに星とか散りばめて、後から『カラオケちょお好き⭐︎』と付け足した。ヤバ。


制服はワイシャツみたいな生地に白のヒラヒラが付いたやつ。


胸元は広めだけど、おっぱい出すのはダメ。てか貧乳だから見せられないし。おっぱい見たいならキャバクラとか風俗行って?って感じ。


「みなるん、本当に大学生ぃ〜?」


 今日の客は常連の宮手川さん。あたしが付くのは2回目。上場企業で10年くらい働いてるのに独身で、今日もせこせこガールズバー。


マジありえないけど、お金だけは沢山使ってくれるから神。カウンター越しだから身体触られたりとかもないし。


「いっつも言ってんじゃん!まじダルいよー」


「大学なんて遊ぶ所っしょ!社会に出るとさー、クライアントにペコペコ頭下げてさー、何でこんな事やってんだろうって嫌んなるよ」


「えー、大変そおー」


 嫌ならやめれば?


「見積もり作ってたら今日も上司にさー……」


 何回目だよ、この話。でもダル絡みしないから、これでもマシな方。


たまにお酒勧められるけど、絶対に断れって店長から言われてるから平気。しつこく誘ってきたら、ソッコー裏に呼び出しだからね。


違法な店のわりには守ってくれるから、とりあえず安心して働ける。


もっとお金がよくて良いお仕事があれば、すぐに辞めちゃうんだけど。


「にしてもマジで可愛いなぁ、みなるん。高校生って言われても全然違和感ないよ」


 そりゃ現役ですし。


「でしょー!?メイク詐欺マジがんばってるから!もっと推してー!」


「どーんどん推しちゃう!ボトルもう1本追加お願い!」


「みやっちゃん、さいっこう!ついでに歌っちゃう?」


「いいよいいよー!あのね、練習してきた曲あんのよ。この前言ってた、流行ってるやつ」


「うっそ。メロディーむずくね?」


「俺、マスターしたから。惚れなおすよ?」


「えー、聞きたーい!」


「じゃあガチね!?ガチで歌うから!酒ちょうだい酒!ボトルと別で!」


「はいはーい♡」


 ちょれー。絶対モテないわコイツ。


 ここにいると、大人ってクソだなって思う。あたしもこんな風になるのかな。ヤダな。


その後、めっちゃキモい歌声聴かされてデュエットとかして、10曲くらい歌って帰っていった。


あんま喋らなくていいから楽。ずっとヒトカラしててくれないかな。


「るんみなー、そろそろ終電じゃない?」


 隣にいる先輩の千夏さんが教えてくれる。歌ってると時間経つの早いな。ラッキー。


「ほんとだ。帰らなきゃだ」


「え、早くない?」


 千夏さんと話していた別の客が割って入る。


「るんみな学生だからねー」


「学生ったって大学だろ?朝までいろよー」


「え、なに。あたしじゃダメなの?」


 すかさず千夏さんがフォローする。こういうの上手。尊敬みが深い。


「いや違う違う!ほら、1人より2人のが楽しいでしょ?」


「今日まぁぽん来るよ?もうすぐじゃないかな」


「うおぉ、熱い!じゃ別にいいわ、おつかれー」


「うーわ、しんどっ。千夏さん、どう思います?」


「まぁぽん可愛いからいんじゃない?」


「千夏さぁん!」


 肩に両手を乗せて千夏さんに寄りかかる。こういうやりとり好きなんでしょ、男の人って。


「ほら、終電なくなるよ?」


「ありがとうございます、お先でーす!」


 気持ちを瞬時に切り替え、挨拶もそこそこにさっさと着替えて外へ出る。終電まで余裕はあるから、ゆっくり駅まで向かえばいい。まじ千夏さんに感謝。


 相変わらず、この街はネオンの光がギラギラしている。電気代もったいないなー、っていつも思う。


声を掛けてくるホストを無視しながら、酔ったサラリーマンやOLのひしめく地下鉄の電車内へと辿り着いた。


ここから西月出里駅まで、必ず1回は乗り換えなきゃいけないのだ。ダルっ。しんどっ。


大きなコンサート会場のある駅で降り、隣の県へと続く電車へ乗り換える。西月出里駅はギリギリ都内だけど、20分は乗らなきゃいけない。


座れないのはいつものこと。この時間は快速が無いから、とりあえず間違えて通り過ぎる心配はない。


それでも、電車に揺られ続けるのはやっぱり辛い。もう慣れたけどさ。


 ぎゅうぎゅうの車内からようやく解放され、西月出里駅北口のエスカレーターを降りる。


優しい春風が頬を撫でて、今日もお疲れ様って言ってくれているような気がする。この瞬間が大好き。


スーパーやラーメン屋さんの通りを進み、1分も経たない内にあたしの住んでいる団地が見えてくる。


左右にそびえ立つ巨大マンション。駅方面から見て右手のマンションの505号室があたしの家。


おばあちゃんは1人じゃ広いって言ってたけど、6畳と14畳の部屋が二つあるだけだから、むしろ広々と快適に過ごせるくらい。


 帰ったらまず、お風呂にお湯を溜める。その間に盛れるアプリで自撮りして、そこからさらに編集。


SNSにアップする時には別人になっている。もっと可愛くなりたいな、と思ったからそのまま今の気持ちを書いて載せた。


いわゆる『いいね』はすぐに来る。前髪を作ると増えるから、こっちの方が男受けはいいんだろうな。


数分も経たないうちに『かわいい』とか『大好き』ってコメントがどんどん書き込まれて溢れていく。あぁ、幸せ。


承認欲求が強いのは当たり前。女の子だもん。ちやほやされて何が悪い。ブスは黙ってろ。


 落ち着いた辺りで衣服を脱いでお風呂場へ。


シャワーを浴びる直前の鏡に写る自分は、先程までの『いいね』の人とは違う人。あんまり見たくないから、湯気で鏡を曇らせて放っておく。


身体を綺麗にしたら、湯船に浸かってリラックス。


今日はやらないけど、そろそろお風呂で自撮りしてフォロワーを増やそう。貧乳だからギリギリまで攻められる。便利な身体だな。


 それにしても、高校生なのになんで毎日のように働いてるんだろ。今度、千夏さんとまぁぽんさん誘って遊園地に行こうかな。近いし。


三人で遊んでるとこ載せたら、もっとフォロワー増えるかな。



 ……あたし、どうなりたいんだろ。


 生きるのって、めんどくさい。


 

 お風呂上がってメイク落としたら、今日は早めに寝よう。あー、ダルっ。


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