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経験

「幸太郎、大丈夫かい……」


 占いばあさんの声が聞こえる。声というよりも、音に近いような声。


 それを遮るように、自分の吐息が聞こえる。嫌に大きく聞こえる。



「ハッ……ハッ……」



 息遣いが荒くなり、音が大きくなっていくのがわかる。



「ハハッ……ハハハッ……」



 その吐息が、声に変わる。



「アハハッ……アッハハハッ……!アッハハハッ……!アハーッハッハッハッハ……!」



 気付けば、大声で笑いながら、大量の涙を流していた。


 何が可笑しいのか、自分でも全くわからない。



「アハァッ……!アハハッ……!アハァッ……!」



 笑いたくない。なのに、笑いが止まらない。


 僕が笑っている間、占いばあさんは何も言わなかった。ただ憐みを目を向け、僕を黙って見続けていた。



 「アッ……ハァ……ウグッ……ッハァッ……」



 落ち着きを取り戻したのは、だいぶ時間が経った頃だと思う。


思う、というのは僕の体感時間の話で、実際にはどのぐらい笑っていたのかわからない。



「……落ち着いたか」



 占いばあさんの凛とした静かな声が響く。



「うっ……うぐぅっ………」



 僕の中には、悲哀の感情だけしか残されていない。



「僕……捨てたんです……。産まれて初めて、本気で好きになった人を……捨ててきたんです……」



 罪悪感が、全身を支配する。



「ちゃんと……話を聞けば良かったのに……怖くなって……逃げてきて……それで……」



「……話せ。例え嫌でも、全部話しな」



「……はい」



 嗚咽を漏らしながら、辿々しく説明をする。思考がまとまらない箇所は、占いばあさんがフォローする形でゆっくりと話を進めていった。



「……なんとなくわかったよ。それで、幸太郎。お前さん何で笑った」



 しゃがれ声の中に、固い芯の様な物を感じた。


 鋭く、それでいて強い意志の様なもの。


 それは、胸を突くような言葉だった。



「……実際のところ、自分でもよくわかりません。


ただ、おばあさんを見た時に、なんか安心して。自分の心情というか……なんだろう、本心を聞いてもらえるのが嬉しかった、というか……。


それで、気付いたら笑ってて。でも、何で笑ってるんだろう?って思ったら、まどかが頭の中に浮かんできて。


それで、自然と涙が溢れてきて、なのに笑いが止まらなくて……」


 話しながら、自分でも訳がわからなくなってくる。止まりかけていた涙が、再び溢れ出した。



「おばあさん……僕……どうしたらいいですか……?」



 すがるような思いで、訊いた。


 僕の経験値では、どうする事もできない。


 それは、ゲームでは得ることの出来ない恋愛経験値。


 それ以前に、人とスムーズに接する経験値が、圧倒的に足りない。



「……幸太郎は、誰かに愛されたことがあるか」


「いや、ありません……」


「何故、そう言い切れる」


「僕、誰とも付き合ったことが無いんです。だから、女の子の気持ちとか」


「違う。愛されるという事は、何も女性に限った話ではない」


 占いばあさんは、話を続ける。


「誰だっていい。


親、兄弟、友人、教師、ペット、赤の他人……。


何かしら、愛を持って接してもらった経験はあるか」


「範囲広すぎですよ……。まぁ、親なら多少は……」


「よろしい。幸太郎も知っておろう。


宇月まどかという人間は、いま言うた全ての者から、愛された経験がない。


少なくとも、幸太郎には愛された経験がある。


愛されるとは、どのような事なのか。


気付いていないだけで、少なくとも実感はしているはずだ」


 親やペットから受ける愛……って、なんか違う気がする。そんなもん『愛された』の中に入る訳がない。


「不服なのは分かる。だが、子を持つとね。


愛情を注ぐという行為自体が、どれだけ大変な事なのか。


誰かを愛するという行為自体が、どれほど美しいものなのか。


独り身の時にゃ分からんかった事を、身を持って実感する様になるものさね。つまり……」


 占いばあさんが、僕を真っ直ぐに見る。



「このまんま、宇月まどかに、愛を持って接してやんなさい。


自分がされて嬉しかった事でも何でもいい。


少しずつ、愛情を注いでやんな。



ただ、履き違えるんじゃないよ。



一方的な愛は、暴力だ。



思いやり持って、気張ってやんな」



 ……回答を得たは良いが、全く以て理解できない。


 フラれて仲違いになったのに、愛してやれだって?


 まどかが独りぼっちなのは、充分に理解できる。


 だけど、まどかに酷いこと言って嫌われたのに、愛してやれだなんて、無理に決まっている。



「まだ納得できないってんなら、機械を見てみるといい。


アタシの勘が正しければ、友好度とやらは下がってないはずだ」


「そんなの、見なくてもわかります。絶対に下がってますよ」


「決め付けんじゃあないよ。いいから見てみぃ、アタシが保証する」


「そこまで言うなら……。下がってたら、本当に恨みますからね」


 こんな気持ちで確認なんてしたくない。でも、占いばあさんは頭が固いから、ここで見ないと永遠に家へ帰れない。別に帰りたくないけど。


 ブレザーの内ポケットからスマビュを取り出し、まどかの欄を確認する。



 宇月まどか。友好度、199ポイント。



 1ポイント。


 たった1ポイントで、グッドエンディングルートへ突入する。


 なのに、ここで止まっている。



「あ……そ……そんな……」



 この意味を考え、理解した時。



「まどか……まどかっ……まどかぁっ……!」



 僕は、今日一番の大きな声を出して、泣いていた。



2020/2/9

誤字報告頂きましたが、意図した表現のため適用致しませんでした。ご了承下さい。

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