成長
廊下へ出ると、すぐにまどかの走る姿が見えた。
倒れそうになりながら、僕は必死でまどかを追う。
追いついたのは、意外にも早かった。
階段を降りる直前、まどかの腕を掴むことができたのだ。
「まどかっ!」
「触らないで!!!」
すぐに、僕の手が弾かれる。
「あっ……」
声を漏らしたのは、まどかの方だった。
僕の方を向き、恐怖を感じているような表情で後退りをしていく。
「違う……違うの……ごめんなさい……」
「まどか。一回、ちょっと落ち着いて」
「私……もう………!」
そう言うと、まどかは走り出した。
「あっ!ちょっと待っ……」
言い掛けて、僕は思い止まる。
まどかがこんな風になってしまったのは、きっと僕のせいだ。
愛されることが苦手で、誰かに心の内を打ち明けることもできない。
なのに僕に協力したせいで、慣れない事を沢山させてしまった。
もしかすると、休みの日も僕のことを考えてくれていたのかもしれない。
もしかすると、僕のせいで学校に来ることすら憂鬱になっていたのかもしれない。
もしかすると、本当は協力するのが嫌で、これがストレスなっていて……。
ネガティブな感情が僕を支配していく。暗闇の中に引きずり込まれそうで、
光を目指そうと必死でもがこうとすると逆に体力が消耗されて、さらに地の底へと沈んでいく。
足が、動かない。
呼吸をすると、声と共に全身が震える。
このまま追いかけなくていいのか?
拒否されて、それで終わりなのか?
まどかと、関わりを持たない方がいいのか?
……いや、違う。
まだ、伝えるべき事を伝えていない。
最初は単純に、普通の学校生活を送ることを報告しようと思っていた。
まどかはもちろん、親衛隊のみんなやしゅり先輩と平和に暮らして、ことにゃんはことにゃんで幸せになる。
誰もがハッピーで、誰もが傷付かない日常。
しかしそれは、とっくに手に入れていたのだ。
伝えるべきは、その先。
僕の物語を紡ぐ、大事な糸。
気付けば、僕の足は動いていた。先ほどよりも息が荒いのは、身体の震えが止まらないせい、というのもある。
その震えは、紛れもない緊張。
本当なら逃げ出したいけど、僕は少しだけ成長したのだ。
今の僕なら大丈夫。まどかにしっかり、伝わるはずだ。
階段を降りて靴を履きかえ、まずは正門へと向かう。とりあえず、まどかの家へ向かえば途中で会うかもしれない。
しかし、その必要は無かった。
正門前。
うずくまって泣いている、まどかの後ろ姿が見えた。
夕日に照らされたその姿は、まるで公園で母親に置いていかれた子供のように見える。
僕は焦らずにゆっくりと、まどかの方へ足を進めた。
近づくにつれて、まどかのむせび泣く声が徐々に鮮明になっていく。
人目をはばからず、どのくらい一人で泣いていたのだろう。
その心情を考えると、あまりにもいたたまれない。
僕は、泣いているまどかの後ろで、膝立ちになった。
小さくて、すぐにでも壊れてしまいそうな、その身体を守りたくて。
後ろからそっと、抱きしめた。
「……えっ?」
春なのに、身体が冷たい。
こんな身体で、一人で泣かせてしまった。
それが悲しくて、自分が情けなくて。
そのまま、まどかの背中へ、顔を埋めた。
「狩場……くん……?」
まどかは僕の腕を外側から掴み、自身の胸の方へと引き寄せた。
涙の感触が腕へと伝わる。
痛覚が刺激されるような、温かい涙。
それが罪悪感となって、僕の身体へと浸透していく。
「まどか……ごめんね………」
僕は、声を詰まらせながら言葉を紡いでいった。
「僕のせいで、こんなに、苦しいを思いさせちゃって……」
「……」
まどかの首が左右へと揺れる。
気にせずに、僕は言葉を続けた。
「まどか。このまま聞いて?」
僕の腕が、まどかのさらに奥へと入っていく。
「ごめんなさい。僕……」
自然と涙が溢れ出る。
もう、後戻りはできない。
この世界で。いや、人生で初めて……。
「僕……まどかの事……好きになっちゃった……」




