瞑想
教室のドアを開けたのと同時くらいに、授業開始を告げるチャイムが鳴った。一歩遅かったか。
でも、すぐ近くにまどかはいる。僕は声を掛けようと、まどかを見た。
「まど……」
それは、信じたくない事だった。
まどかが一瞬、僕を見る。
そしてすぐに、目を逸らす。
そこからは目を合わせようとしない。
一切、こちらを見ようとしない。
席へ着き、授業が始まる。
あまりの出来事に、何も考えることができない。
僕は無意識にスマビュを手に取り、机の下に手を潜り込ませ、そこで友好度をチラリと確認した。
もし輝樹が何か仕掛けていれば、友好度は下がっているはずだ。見たくないが、知っておかなきゃいけない。あー、怖い。
しかしそこには、良い意味で予想を裏切る結果が表示されていた。
宇月まどか、188ポイント。
なんだ、この数字は。バグってんのか。
めっっっちゃくちゃ好かれたままじゃん、僕。
じゃあ、あの反応はなんだ?
嫌われてないのなら、何故すぐに目を逸らした……?
無意識に輝樹を見る。相変わらず、机に突っ伏して眠っている。
僕はため息を吐き、落ち着くために、この時間はまどかについて考えることをやめた。
極力考えることをやめていたら、授業が全てお経のように聞こえてきた。
そのうち言葉も理解できなくなってきて、異国の地にでも迷い込んだ気になってくる。
『ゲシュタルト崩壊』という、文字をずーっと見続けていると何がなんだか分からなくなる現象があるが、それが常に脳の中で起きてる感じ。
時間の感覚までマヒしてきて、気付けば昼休憩になっていた。
「……さん?あの、狩場さん?」
僕を呼ぶ甘い声がする。
ここは夢の世界なのかもしれない。
「……狩場さん?大丈夫ですか?」
あ、ことにゃんだ。かわいい。
「あのー……なんだかトローンとしちゃってますけど……」
「やぁことにゃん。こんにちは」
「あ、こ、こんにちは……」
「今日は天気がいいね。お空がキレイだね」
「狩場さん、あの……」
「狩場氏!目を覚ますんだ!」
誰だ、僕を揺するのは。
「狩場氏が壊れた!治さないと!」
「揺らすのだ!思い切り揺らして治すのだ!」
「狩場氏、戻ってこーい!」
身体がぶるんぶるん震える気がする。一体……。
「……あっ、あぁ、ああ!」
「狩場氏、目を覚ましたか!?」
「お気を確かに!」
「狩場氏、死んじゃイヤだ!」
「やややめめめやめやめやややめややや」
「「「狩場氏ーーー!!!」」」
「トプストップトプトプトプストップトプ」
数十秒揺らされ続け、気力は回復したものの体調が一気に悪くなった。吐きそう。
「うぅっ……ちょっと……揺らしすぎだよ……」
「すまぬ……。あまりに死んだ目をしていたもので、つい……」
「とりあえず正常に戻って良かったよ」
「生きていて良かったよ」
反省する加藤氏を横にして、田中氏と渡辺氏は安堵の表情を浮かべていた。ってか3人で揺らすのはだめだって。
「あのー……。狩場さん、体調は大丈夫ですか?」
「あ、ことにゃん。……やっぱりこれ夢?」
「夢じゃない、と思います。なんか自信なくなってきちゃいました……」
なんでことにゃんが自信なくしてんの。
「っていうか、なんでみんないるの?まどかは?」
「宇月氏は珍しく食堂へ出掛けてな。我々も行こうと狩場氏を誘おうとしたら、ことにゃん様が横で心配そうな顔をされていたから、何事かと……」
「そっか。……ん?ってことは、輝樹も!?」
ようやく頭が回ってくる。辺りを見渡すが、輝樹はいない。
「輝樹くんは1人になりたいって言って、どこかへ行っちゃいました……。
そんな日もあって良い思うのですが、理由を言わないで出て行くなんて、ちょっとひどいですよね」
ことにゃんの頬が少しだけ膨れる。大天使。
「ところで、ことにゃん様は狩場氏に何か用がおありで?」
「はい。突然なんですけど……」
ことにゃんの表情が柔らかくなる。楽しい提案をしたい時はこんな顔になるのだ。ワクワク。
「みんなで、お昼ごはん食べませんか?」
「「「「はうあっ!?!?!?!?」」」」
4人全員、がっつりユニゾン。
「え、なんで!?」
「ことにゃん様、それは誠で!?」
「ことにゃん様とお食事!?」
「ことにゃん様、冗談ではなくてですか?」
「はわわ〜!皆さん落ち着いて下さいぃ〜!」
ことにゃんが両手を顔の前でフルフルと振った。
「か、かがみさんも一緒ですぅ〜!」
「か、かがみん?」
「はいぃ!仲直りのお食事会を……!」
なるほど、そういう事か。
でも、まどかの行方が気になるし、輝樹が1人行動なんてするはずがない。十中八九まどかと食事の約束を取り付けたと考えていい。
しかし、かがみんと仲直りするならこのタイミングがベストだ。ことにゃんと初めて一緒に食事もできる。親衛隊のみんなも喜ぶだろう。
まどかを追いかけて、食堂へ行くか。
みんなで食事をして、仲直りするか。
これがゲームなら最悪の二択だ。どっちが正解なんだよ……。




