感謝
授業は滞りなく進むが、集中なんて出来るわけがない。
なぜ輝樹が僕を助けるような行為をしたのか。考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。
僕はノートの端を破いて一筆書き、先生の隙を見計らって輝樹の机へそっと置いた
「後でいつものとこ」
すぐに、輝樹から返事が返ってくる。
「後っていつ」
そっか、具体的に書かないととわかんないや。
「この授業終わったら」
輝樹は一瞬、小さなため息をついた。そして、こちらをチラッと見てダルそうに首を小さく縦に振った。
──授業終わりで、僕は一目散に体育館裏へと向かう。
まどかや親衛隊のみんなにお礼を言わなければいけないが、それを午前休憩に回してでも、輝樹に事の真相を聞かなければならない。
それに、ゲームにはこの時間帯は存在しないので、恐らくハートを消費する事もない。僕はもちろん、輝樹にとっても都合が良いはずだ。
少し駆け足で体育館裏へ到着すると、すぐに輝樹が後からやってきた。
「珍しいじゃん、お前から呼び出しなンてさ」
輝樹は笑顔だが、一昔前の田舎のヤンキーがニタついているようにしかみえない。僕の思い込みもあるんだろうけど。
「……とりあえず、さっきは助けてくれてありがとう」
「は?」
「輝樹が庇ってくれなかったら、あのまま職員室に連れていかれて今頃」
「くっだらねー……。そんな事で呼び出したのかよ」
分かりやすく嫌悪を示す。ほんと分かりやい。こういうとこ嫌い。
「助けてもらったんだから、まずはお礼を言うのが先でしょ」
「別に助けてねぇから。先公が絡んでくっとめんどくせーし、俺がやりにくいンだよ」
「やりにくい、って何が。僕らを虐めてる所を見られるのが嫌ってこと?」
「はあぁ?いじめぇ?」
いつになく不思議そうな表情を浮かべる。この反応は予想外だ。
「自分らが虐められてると思ってた訳?」
「今までの行動はそうとしか思えないよ」
「お前アホかよ。萎えるようなこと言わねぇでくれや」
頭をかきながら、輝樹は言葉を続けた。
「あんま言いたくねぇけどさ、こっちは逆にお前に感謝してンだぜ?」
「へあ!?!?!?!?!?」
いま、なんて言った。
「つまんねー世界を何度も何度もループしてよぉ。
人は変わらねぇわイベントは変わらねぇわ事件は何も起きねぇわで、こちとら退屈してた訳。
ループ抜け出す方法も見つかンねぇし、いつまで経っても大人になれねぇし、ゲロ以下の最低最悪の場所なンだよ、この世界は」
輝樹は話すことをやめない。そんな風に思っていたなんて。
「それでおめぇみたいな気持ち悪ぃ奴が琴葉と付き合うとかほざき出すからさ、久々に笑っちまったよ。
そんで最高の暇つぶしができてさ、俺が全力で遊んでやってンじゃん?」
「……言っておくけどさ、僕もう」
「なんだよ。まさかてめぇ、琴葉を諦めるとか抜かすんじゃねぇだろうなぁ……?」
ブレザーのポケットに両手を突っ込み、ゆっくりと僕に歩み寄ってくる。
腰を折り、睨みつけるように僕の顔へ顔面を近づけたと思ったら、すぐに何かを察したようにニタッと笑った。
「……そうか、まどかだな?」
「……」
「抱き付かれて好きンなっちまったか。童貞にはたまんねぇよなぁ、アイツ」
「……そういう言い方しないでよ」
「ま、好きにすりゃいいじゃん」
輝樹が踵を返す。
そして、顔だけをこちらに向け、僕へ言葉を放った。
「ゲームに勝つのは俺だ。せいぜい今を楽しめや」
輝樹は、そのまま教室へ戻っていった。毎回毎回、勝手な事を一方的に言ってからいなくなる。なんなんだ、アイツは。
僕はイライラを残したまま、教室へと足を運んだ。
しかし、輝樹が僕に感謝しているなんて思ってもいなかった。話の内容から察するに、僕を惑わせる為に言ったとは思えない。
輝樹は輝樹で、苦しんでいるのだろうか。
ほんの少しだけ、僕の中に同情心が芽生えた。
それから次の授業も普段通りに終了し、午前休憩の時間となった。
授業終了と同時に、僕はまどかの机へ急ぐ。
「まどか。僕を庇ってくれてありがとう」
「……当たり前のことしただけ。ありがとうなんて言わないで」
「あ、そ、そっか。なんか、ごめん……」
「謝るのも無しっ」
「う、うん……。えっと、なんか、怒ってる?」
「怒ってないです」
「ほんと……だよね?」
「……半分ウソ付きました」
「あぁー……」
謝っちゃダメでありがとうもダメ。どうしよう。
「……狩場くん。ちゃんと天音ちゃんのこと、守るんだよね?」
「へ?そ、それは……」
「私が好きなのは、真っ直ぐで一途な気持ちを持った狩場くん。
どんなに邪魔されても、どんなに傷付くようなことを言われても、好きな人を守ろうとしてる狩場くんが好きなの。
その為ならいくらでも協力するし、いくらでも自分を犠牲にできる。
親衛隊のみんなはともかく、私にだけは絶対に気を遣わないで。
狩場くんの為に、なんでも協力するから」
「まどか……」
その気持ちが、今はとてつもなく辛い。
ことにゃんとまどかの狭間で、僕は揺れ動いていた。




