秘密
「宇月くん、できたよ」
火で温めた肉じゃがの大皿をまどか君の前に置いて、肩をポンポンと叩いた。すると、目を擦りながら顔を上げたんだ。
「ん……良い匂い……」
「少し置いておいたから、味が染み込んでいるはずだ」
「少し、って……えぇ!?もう23時!?」
「あまりに気持ち良さそうに眠っていたからな。起こすのも悪いだろう?」
「全然起こして良かったのにー!しゅりちゃんお腹空いちゃったでしょ?」
「別に大丈夫……しゅ、しゅしゅ、しゅりちゃ!?」
「……ダメ?」
この時、まどか君が首を少し傾けてな。女に色目を使うとは、恐ろしい子だ。
「そ、そんな言われ方したら、ヤ、ヤダって、言えないじゃないか……」
「ふーん、じゃあいいんだ」
まどか君の目がギラッ、と光ってな。あの表情は、何というか、ドヤ顔に近いのかな。食べられてしまうかと思ったよ。
「しゅーりちゃん♡」
「ふわぁっ!?ふぁいっ!」
「声ひっくり返ったー!しゅりちゃんって女の子ですねぇ♪」
「あた、あたた、当たり前の事を言うなっ!バカっ!」
「私、ご飯よそいますね!眠ったら元気になっちゃいました!」
「ハァ、ハァ……私は……胸がっ……」
「しゅりちゃんは座ってて下さい!……わー、お味噌汁もある!しゅりちゃん凄いなぁ」
「頼む……連呼しないでくれ……」
「ん?何か言った?」
恥ずかしくて声なんか出ないよ。フルフルと首を振るのが精一杯だ。
まどか君がご飯と味噌汁をよそっている間、私はコタツで胸に手を当てて気持ちを落ち着かせていた。
本来は私が全て用意して、もてなすはずだったのだが……。ちゃん付けで呼ばれる事なんてないんだ。今でも申し訳ないと思っているよ。
私がまどか君を斜めに見るような位置で座り、まどか君も用意を全て終えてコタツへと入ってきた。
「それじゃ食べよっか!落ち着いた?」
「う、うむ……。申し訳ない、全て用意させてしまったな」
「料理してくれたのはしゅりちゃんでしょ?これぐらいしないと逆に悪いよ」
「ふむ、そうか……。ありがとう」
「いえいえ!それじゃ……」
「いただきます」
「いただきますっ!」
まどか君が元気に手を合わせて、肉じゃがを取り皿に盛った。
一口食べると『おぉ……』と息を漏らして、また一口。
そして無言でパクパクパクパク、肉じゃがだけを食べていた。
「どう、美味しい?」
「めっっっちゃくちゃ美味しい!今までの肉じゃがで一番かも!」
「そう言ってもらえると嬉しい。沢山食べたまえ」
よほどお腹が空いていたのだろう。米が無くなって2杯目をおかわりして、ガツガツと食べていた。
食べ終わるのに20分もかからなかったかな。私は食器を片付けて、まどか君はコタツでリラックスしていた。
それから一息ついて、先程と同じ位置に座って、ようやくまどか君との会話の時間を作ることが出来たんだ。
「そういえば、ご両親は心配していないか?私が連れてきてしまったから……」
「ううん、大丈夫なの。私のママも仕事だから」
「お母様が……?」
「うん。私が産まれてすぐ両親が離婚しちゃって、ママに引き取られて育ったの。
今はどうしようも無い人になっちゃってさ。平気で家に知らないおじさん連れて帰ってくるんだもん」
「ふむ……」
怒っている様子はなくて、呆れ返ったような仕草で話していた。1年そこらの話ではないのだろうね。
「私達のような思春期にとっては辛いな」
「だよねぇ。お店のお客さんなのか知らないけど、勝手に家に入って来ないで!って言いたくなっちゃう」
「想像もしたくない事だ。宇月くんも苦労しているのだな」
「慣れちゃったけどね。しゅりちゃんだって、最初は寂しかったでしょ?」
「まぁな。半年程まともに眠れなかったよ。夜中になると急に、母が恋しくなるんだ。睡眠薬を飲み過ぎて、病院に運ばれそうになった事もあった」
「OD、ってやつですな?」
「あぁ、確かにオーバードースのような……って、よくそんな単語を知っているな」
「色々ありますからねぇ。……しゅりちゃんだったら、話してもいいかな」
「ん?」
──。
「この話を続ける前に。少年は、まどか君の秘密を全て知っている……という事で間違いないな?」
「もちろんです」
「うむ、よかろう。つまるところ、そういう事だ。……袖をまくって見せてくれたよ。公共の場だから、大きな声では言えないけどね」
しゅり先輩を心から信頼している証だ。まどかが主人公以外に秘密を打ち明けるシーンなんて見たことが無い。
「そこから、お互いの過去の話を朝まで語り合った。日が昇る頃にはすっかり打ち解けて、散歩がてら、まどか君を家まで送り届けたよ」
「名前の呼び方が『まどか君』になったのも、信頼関係が深くなったからですね」
「あぁ、自然にそう呼んでいた。『しゅりちゃん』と呼ばれるのも抵抗が無くなって、むしろ『しゅり先輩』と呼ばれる方が違和感を感じる。
人間とは不思議な生き物だ。慣れてしまえば、それが当たり前になるのだからね」
しゅり先輩が遠くを見つめる。
きっと、僕が想像する以上に深い話をしたのだろう。
僕ですら知らない、しゅり先輩とまどかだけの秘密。
そんなものが二人の間にあるとするならば、僕は心から祝福してあげたい。
悲しい運命を辿った二人が、僕という異世界人を通じて混ざり合う。
自分は何もできないと思っていた。
無能な人間だと知って、何度も自分を責めた。
そんな自分が、ゲームで実現できなかった偉業を、この世界で成し遂げた。
とても小さな出来事だけど、少なくとも輝樹には実現不可能だ。
今なら、声を大にして言える。
この世界に、転移して良かった。




