喫茶店
しゅり先輩の貴重な時間を邪魔しない方が良いだろうか。でもあの日、まどかを無事に送り届けたのか聞いてみたい。
その前に、まずはレジでサンドイッチセットを注文。冷たいコーヒー付きで300円はやっぱり安い。
ちなみに、意外だと思われるかもしれないが僕はブラック派である。
トレイに乗ったサンドイッチセットを手に、悪いとは思いつつも僕はしゅり先輩の場所へ向かい、声を掛けた。
「あのー……」
「……おや、狩場少年」
読んでいた本から目を離し、しゅり先輩は僕に目を向けた。
澄んだ瞳がメガネ越しに映え、思わず胸がドキッとなる。
「ご、ごめんなさい。読書の邪魔するつもりじゃなかったんですけど、見かけたのでつい……」
「ちょうど目が疲れてきた頃だ。君も座りたまえ」
言いながら、片手でメガネを外す。
乱れた髪を直すように、首を微かにふわっと振る姿が様になっていて、ほんの少しだけ見惚れてしまった。
「どうした?遠慮しなくて良いのだぞ?」
「は、はい。ありがとうございます」
しゅり先輩の座る2人掛けの四角いテーブルにトレイを置き、向かい合う様な形で座った。
しゅり先輩は本を置いて、掛けていたメガネをケースに閉まっている。久々にゲームでよく見る光景を目の当たりにしている気がした。
「やっぱりこの場所、好きなんですか?」
「やっぱり……?あぁ、知っているのだな」
「あ!ご、ごめんなさい!不快な思いさせようとかじゃなくて、つい!」
またやってしまった。しゅり先輩といるとやらかし頻度高いな。
「ふふ、分かっているよ。君は本当に異世界人なのだな。
私の事を全て知っていると思うと、ほんの少し怖い気持ちになるよ」
呆れたように笑うしゅり先輩は、どこか心に余裕があるように見えた。
だけど、今の僕にとってその笑顔は、辛い以外の何ものでもない。
記憶が薄れてきたとはいえ、今日はかがみんに会う事すら出来なかったのだ。
その根本たる原因が、かがみんの隠された秘密を、本人を目の前にしてほぼ全て喋ってしまった事。
土足で人のプライバシーに踏み込むことが、どれほど軽率で愚かなことか。
その認識の甘さが、完全なる命取りとなってしまった。
「嫌……ですよね。ごめんなさい」
あまりにも心苦しい。血の気が引いていくような感覚がして、頭がズキズキしてくる。
そんな僕を見て何かを察したのか、しゅり先輩は優しい笑顔で返事をした。
「私達の世界を熟知していると思えば、仕方のない事だよ。
それよりも、向こうの世界で私に興味を持ってくれた事の方が嬉しい。ありがとう、狩場少年」
ありがとう、だなんて。
その優しさが、逆に辛い。
「昼食はまだなのだろう?私を気にせず召し上がってくれ」
「あ……。忘れてました、頂きます」
「目の前にあるのに忘れるなんて、何かよっぽどの事があったのだな?」
「それは……」
「話してみなさい。楽になるぞ?」
珍しく、しゅり先輩がウィンクをした。
ことにゃんとは違う、大人のウィンク。
圧倒的な色気に思わず、頬が熱くなっていく。
「あ、ありがとうございます……」
なるべく冷静を保ちながら、かがみんに会う事すらできなかった朝の出来事を伝えた。しゅり先輩は黙って聞いてくれている。
「いま思うと、かがみんのママからも警戒されていたのかもしれません。
会った時に、すごい冷たい態度だなぁって思ったんですよね。
もしかすると、本物のストーカーだと思われてるかもしれないです……」
しょんぼりする僕に対し、黙って聞いていてくれたしゅり先輩が口を開いた。
「君の良いところは真っ直ぐで素直なところだ。それがいつも、何故か空回りしてしまう。
すぐ行動に移すことは素晴らしいが、一旦落ち着いて冷静に物事を考える力を養わないといけないな」
「そうですよね……。頭では分かっているのですが、なかなか……」
「ゆっくり変わっていけば良い。ほら、コーヒーでも飲んで落ち着きたまえ」
「ありがとうございます……」
僕はストローに口を付け、冷たいコーヒーを口に含んだ。
コーヒー豆の深い香りが鼻から抜けるのと同時に、頭のモヤモヤとした空気までスーッと抜けていく感じがする。
「おや、少年は砂糖もミルクも入れないのか」
「はい。コーヒーの香りが好きなんです」
「ふむ、意外と大人だな。私は砂糖とミルクが無いと苦くて飲めないよ」
そっか、しゅり先輩って甘党だ。学校の購買パンもチョココロネ好きだし。
「ところで、この前まどかと帰った時のことなんですけど……」
「ふふ、私もあの日の出来事を早く少年に話したいと思っていた所だ」
「何かあったんですか?」
「結局、まどか君は私の家に泊まったよ」
「へ!?と、泊まった!?」
家に送り届けたんじゃないのか。
っていうか、いつの間に『宇月くん』から『まどか君』になってるし。
「その話、ぜひ詳しく聞かせてください!」




