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物語

「……何をすれば元の世界に戻れるの?」


 沈んだ気分を無理矢理あげて、僕はブライトマンに尋ねた。


「簡単なことだ。この世界でもっと無双すればいい」


「だからさ。僕はこの世界に『来たい』って言っただけで、無双したいだなんて」


「よいか、狩場幸太郎。


君はこの世界で、確実に成長を続けている。


元の世界では決して経験できない事を、君だけが特別に経験しているのだ。


どうだ、嬉しくなってきただろう」


 なんかニヤニヤしてる気がする。やっぱり苦手だなぁ、この人。


「そんな言葉で僕が納得すると思う?」


「当たり前だ。


現に、君は宇月まどかという超絶可愛い同級生に、会う度に抱きしめられている。


君を慕うことにゃん親衛隊に囲まれて、桜小路朱里という美人な先輩にアドバイスをもらいながら高校生活を送っている。


現実世界で、似たような事が一度でも起きたことはあるか?」


「それは……」


 ある訳ないじゃん。またバカにしてる。


「言い方は悪いかもしれないが、君のような人間が何もせずとも女の子から言い寄られる事は、現実では簡単に起こらないのだよ。


しかし、だ。この世界で無双をする事によって、現実へ帰った時もこの世界の経験が役立ち、僅かながらも無双が出来るようになる。


暗い大学生活からオサラバして、楽しいキャンパスライフを過ごすのだ。どうだ、素晴らしい事だとは思わんかね!」


「絶対バカにしてるでしょ……。それよりさ、僕の役目って何なの?具体的に」


「だ・か・ら!女の子にモテモテになればいいの!


全く、私が色々と説明をした時間は何だったのだ」


「ただの説教じゃんか。とりあえず、僕は帰れないのね?」


「そうだ。もっと無双する気になってきたか?いいぞぉ、その調子だ!」


 ブライトマンが右手の親指をグッと立てる。そのノリ嫌い。


「今後は『現実世界に戻りたい』なんて悲しい事は言わないでくれ。私は落ち着かないのだ。


君は今でも充分、この世界で無双をしている。気付いていないだけでな。


だから、安心したまえ」


 ほんとかよ。いっつも口だけは達者だな。



「さて……狩場幸太郎」



 その時、ブライトマンの声が急に張り詰めた。どうした急に。



「いま、君に問う。心して聞くが良い」


「なに?怖いんだけど……」



「まだ君は、天音琴葉にこだわるのかね?」



「え……?」



 一瞬、何を言っているのか解らなかった。


 でもすぐに、ブライトマンが何を言いたいのか解ってしまった。



「狩場幸太郎。君は薄々、気付いているはずだ。宇月まどかという女性と、恋がしたいという事を」


「それは……」


「よいか。これは狩場幸太郎の物語であって、天音琴葉の物語ではない。なぜ君は、自らの幸せを優先しないのだ」


「だって、輝樹と絡んでたら」


「不幸になるから、とでも言うのか?」


「え、そうでしょ……」



「本当に、天音琴葉は不幸になるのか?」


「そりゃ……えっ、どういう事?」



 あんなにゲスい男と一緒にいて幸せな訳がない。やっぱりこの人おかしいよ。



「狩場幸太郎。私はこの世界の事を熟知しているつもりだ。


彼女が西園寺輝樹と過ごしている時間。


それは、彼女にとってかけがえのない時間だとは思わないかね?」


「全く思わないです」


「ならば良い。直にわかる時が来るだろう。1つだけ言うなれば……」


 ブライトマンは少しだけ上を向き、すぐにこちらへ向き直った……ような気がした。



「天音琴葉はな、君の想像を遥かに超えて、幸せを噛み締めていると思うぞ」


「は……?」



 本当に、意味がわからない。


 こんな不快な事をさらっと言うなんて、なんて酷い奴なんだ。


「私との会話が終わったら、今日という1日を楽しみたまえ。何度も言うが、私はいつでも君を見守っている。隠し事はムダなのだからな」


「ほんっとにいい加減なこと」


「なお!」


「嘘でしょ、ねぇ」


「この記憶は!」


「勝手すぎだよ……」



「一部を除いて、消滅する!」



 ──いつの間に眠ってしまったようだ。しかも大の字になって。この前と一緒である。


そして、少しだけ心が軽くなったような気がする。憂鬱な気分も若干、和らいだ。


考えてみれば昨日の僕だって休めていない。無意識の内に、身体も精神も疲れ切っていたのだ。


 起き上がって大きく伸びをする。身体がバキバキと鳴って気持ち良い。小鳥のさえずりも心地良く聞こえる。


ようやくオフを満喫できる心になってきた。今日1日を楽しんで、嫌なことは忘れよう。


 かがみんイベントをこなせなかった悲しみは吹き飛び、朝の爽やかな気分が戻ってきた。


時刻は間も無く14時。昼を少し過ぎてしまった。せっかくだから、今日はお店で遅いランチを取ろう。


 僕は公園をことにゃん方面へと抜け、学校の方へと歩みを進めた。


歩道橋を渡り、学校への道ではなく1つ先の脇道へ逸れる。


そこから暫く歩いていくと『サニーカフェ』という喫茶店が見えてくる。ここでサンドイッチセットを頼むのだ。


 実は家を出る前、ママとこんなやり取りがあった。


「幸ちゃん、今日のランチどうする?家で食べる?」


「まだ決めてないけど、多分遅くなると思う」


「それじゃ、お小遣いあげる。500円で足りるかしら?」


「え、いいよ。遅いって言っても14時ぐらいには帰るかもだし」


「いいのいいの、取っておいて!」


 本当に気前の良いママだ。お陰で所持金が1500円になった。サンドイッチセットは300円だから200円浮いて1200円。これくらいは贅沢してもいいでしょ。


 サニーカフェの扉を開けると、カランカランと音が鳴った。ジャズだかブルースだかわかんないけど、静かでオシャレな曲が流れている。


 休日なのに席に余裕があって、どのお客さんもゆったりとした時間を過ごしていた。サニーカフェって意識高い系の店だったのか。



 そんな高貴なお客さんに混じって、見覚えのある美しい女性が、赤いフチの眼鏡をかけて本を読んでいる。



 メガネっ娘バージョンのしゅり先輩、やっぱり絵になるなぁ……。


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