訪問
かがみんの家は僕の家から見て、学校とは反対方向になる。
来た道を一旦戻り、自宅前の大通りへ。ファニーマートを目の前に見て、横断歩道は渡らずに右へ歩いていく。
数百メートル先にある片道一車線道路へ逸れるとすぐに、かがみんが住む一軒家が見えてきた。
近くへ来ると流石に緊張してくる。かがみんと上手く話し合いができればいいけど。
茶色のレンガが目立つ家の前で止まり、僕は深呼吸をした。そして、ゆっくりとインターホンを押す。
「すみませーん……」
「はいー?」
声が明らかにかがみんじゃない。多分、かがみんのママだ。
「同じクラスの狩場と言います。鏡さんいますか?」
「ちょっと待ってて下さいねー」
インターホンが切れる。
それから暫く、かがみんもかがみんママらしき人物も出てこない。もしかして揉めてるのかな。心臓のバクバクが止まらない。
ふいに、ドアがガチャっと開いた。
出てきたのは、綺麗な女性の人だった。恐らくこれが、かがみんママ。初めて見るし普通に美人。この世界、やっぱり凄い。
「ごめんなさいね。鏡、まだ少し具合が悪いみたいなの」
「そうなんですか……。鏡さん、大丈夫ですか?」
「ええ。心配してくれてありがとうね」
「いえ……」
なんだろう、この違和感は。
きっと、まだ元気になっていないんだろうな。
先程とは違う、胸の痛みが襲ってくる。
「あの……。鏡さんに伝えてほしい事があるのですが、いいですか?」
「いいわよ。なにかしら?」
かがみんママがニッコリと微笑む。
「鏡さんに、その……」
僕はなるべく、当たり障りのない言葉を選んで言った。
「明日、学校でまた元気な姿を見せてほしい、って伝えて下さい」
「わかりました。ちゃんと伝えるわね」
そう言うと、かがみんママはクルッと後ろを向いて中へ入った。
……素っ気ないな。
というか、かがみんと話すら出来ないのか。
今日は吉じゃないのかもしれない。最近の占いばあさんは打率が悪い。どうしたんだろう。
その時、僕は嫌な予感がした。
まさかと思いつつ、手持ちのスマビュを開く。そして『イベント進行状況』の欄を見た。
『朝・占いの館 終了』
なんてこった。
やはり、イベント扱いにすらなっていない。
僕はイベントをこなそうとして、失敗したのだ。
悲しい。悲しすぎる。進展どころか、全くの無駄足になってしまった。
このままノコノコ家に帰って何をしろって言うんだ。ママに泣きついて癒されろとでも言うのか。……あ、そうしようかなぁ。……って違う違う違う、そうじゃない!
とにかく、このまま帰るのは惨めすぎる。
せっかくの休日だ。ゆっくり街でも見て回ろう。
僕は気持ちを切り替えて、公園の方へと歩き出した。
しかし、僕の中の切り替えスイッチは絶賛ぶっ壊れ中である。無理矢理ガチャガチャしたら、簡単に折れてしまうのだ。
春の陽気な気持ちはどこへやら。鳥の鳴き声が雑音に聞こえる。焼き鳥にして喰ってやりたい。
公園の桜もだいぶ散ってしまった。儚いな。僕と一緒だ。はは。
いつものベンチに腰掛ける。今日もグラウンドでは野球少年が元気に声を出している。
いいなぁ、子供は。
僕も子供の頃は楽しかった。
放課後にみんなでドッジボールして、帰ってゲームやって、家族でご飯食べてテレビ観て……。
あの時間が、永遠に続くと思ってた。
人間関係のしがらみなんて気にしないで、ずーっと平凡に暮らしていくと思ってたのに。
なのに今は、楽しかったはずのゲームの世界で憂鬱な気分にさせられて、女の子にまで嫌われた。
こんな生活、もう嫌だ。
元の世界に戻りたい。
戻って、大学にちゃんと行くんだ。
しっかり単位を取って、ラクそうな所に就職して、毎日ゲーム漬けの日々を送ろう。
……そうだ。僕は独りが大好きなんだ。
彼女なんて必要ないし、最悪アダルトビデオでも観ていればいい。
早く、この世界から──。
その時、目の前が真っ白になった。
「うわぁっ!?」
思わず両腕で目を防ぐ。ついでに地面へ尻もちを付いて倒れてしまった。
腕の隙間から少し覗くと、白い光は人型に輝いており、ベンチの両端を掴むように両手を広げ、足を組んでどっしりと座っていた。
とりあえず直視できそうだ。頭の中で何が起きたのか必死で考えようとすると、突然声が聞こえた。
「私はブライトマン。自動で記憶を蘇らせる事を忘れた者」
「……へ?」
いきなりなんだ。
「少しだけ記憶を戻すから、大人しくしていてくれたまえ」
そう言うと、ブライトマンの胸元から白い閃光が僕に放たれた。特に痛みは無い。
その瞬間、ブライトマンとの記憶が、徐々に蘇ってきた。
「……あ、あぁっ、ああっ!」
「どうだ、思い出したか」
「珍しく良いタイミングで出てきてくれたじゃん!」
僕は思わず、歓喜の声を上げて立ち上がった。
「お願い、僕を」
「ダメだ。絶対に、ダメだ」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「あのな。私はずーっと君を見ているのだ。簡単に元の世界に戻れると思わないでくれたまえ」
「なんで!?願いはもう叶ったし充分だよ!」
「ならん。君にはまだ重要な役目が残っている」
「役目……?」
なんだそりゃ。って言うか興味本位で転移しただけなのに、何で重要な役目とかやらされるんだ。
僕はこの世界で、どこまで苦しめばいい……?




