疑念
くだらない危険思想を捨て、僕はなるべく授業に集中した。
もちろん午後の授業は滞りなく終わり、帰りのホームルームも終了。
カバンを肩にかけ、まどかの席へ歩み寄っていく。
「準備できた?」
「うん、大丈夫!」
僕らの元に、親衛隊のみんなも集まってくる。
「狩場氏、宇月氏。誠実に想いを伝えれば、きっと妄想ではないと信じてくれるはずだ。
我々は引き続き、西園寺輝樹の動向を窺う。
動きがあれば、明日にでも報告しよう」
「少しでも力になれれば幸いだ!」
「少しでも貢献できれば嬉しい!」
「本当にありがとう……あ、そうだ!」
危うく忘れるところだった。僕はカバンをまどかの机の上に置かせてもらい、中から謎のファッションブランドの袋を取り出した。
「えー、なにそれ!?」
まどかがキラキラとした目で袋を凝視する。
「3日間迷惑かけちゃったから、みんなで食べようと思って持ってきたんだけど、忘れちゃっててさ」
そう言いながら、袋の中からイタリアの老舗チョコレートを取り出した。
「えー、高そう!これどうしたの!?」
「ママが貰ったんだって」
「狩場氏の母上は何者なんだ……」
「狩場氏は金持ちの家庭なのか……?」
「狩場氏はやっぱりすごいお方だ……」
テンション高めのまどかに対し、親衛隊のみんなは若干引き気味である。
「時間無くてごめんね。とりあえず9個入ってるから2個ずつ食べていいよ。1個は桜小路先輩にあげるから、僕が持っておくね」
「私これとこれー!」
「さすが宇月氏、早いな……。時間が無いだろうから、箱ごと貰って皆で分けておくよ」
「ありがとう、狩場氏!」
「母上にもよろしく!」
「3日間、迷惑かけてばっかりでごめんね。無意識でもしっかり考えて行動が出来る様に気を付けるよ」
「そんな無意味な謝罪よりも、桜小路先輩と話す内容を考えておいた方が良い。さぁ、早く向かいたまえ」
「ありがとう……行ってきます!」
「また来週ね!ばいばーい!」
僕達は親衛隊のみんなに挨拶をして、正門へと向かった。
まどかはチョコをモグモグさせながら、僕の隣を歩いている。食べてる時はくっつかないらしい。
「このチョコめちゃくちゃ美味しい!先輩のママにお礼言わなきゃなぁ」
「別に大丈夫だよ。ママ、別に気にしないと思うし」
「先輩の家に、お礼に、行きたいですっ」
「……僕の家に来たいだけだよね?」
「ちがうよ?お・れ・い・が!したいだけですっ!」
「そ、そっかぁ……」
大事な話をしに行くとは思えないテンション。良い意味で肩の力が抜けるから、別にいいんだけどね。
靴を履き替えて二人で正門へと行くと、しゅり先輩はすでに到着していた。
「あ、桜小路せんぱ……」
思わず僕は、見入ってしまった。
その横顔は、空を見つめている。
黒髪を風になびかせ、右手で時折り髪をかき上げ、そのまま右耳へと髪を落ち着かせる。
さながら、映画に出てくる女優の様だった。
切なさを匂わせる物哀しげな表情。
覚悟を決めたような鋭い瞳。
小さく息を吐く唇の震えすら、意味のある行動に見えてしまう。
「おや、いつの間に来ていたのか」
右手で髪をかき上げたまま、しゅり先輩は首だけをこちらに向けた。
「ご、ごめんなさい。待たせてしまいましたよね」
「先ほど到着したばかりだよ。安心したまえ」
しゅり先輩がこちらに向き直る。ようやく、いつもの雰囲気に戻ったような気がする。
「あの、良かったらこれ……」
僕は手に持っていたピンク色のチョコレートの包みを差し出した。
「これは?」
「チョコレートです。ママが貰ったので、お裾分けしようと思いまして」
「そうか。では後ほど頂こう。お母様に礼を言っておいてくれ」
そう言うと、しゅり先輩はチョコレートをカバンの中へと入れた。
「あの……桜小路先輩……?」
それまで黙っていたまどかが口を開く。
「どう……でしょうか……。信じてもらえそう……ですか……?」
珍しく歯切れが悪い。しゅり先輩を目の前にして、明らかに緊張している。
「まずは、込み入った話をしないといけないな。いつものベンチで良いか?」
「いつもの……?」
「あ、まどかは行ったこと無いんだっけ。公園の原っぱみたいな場所わかる?
そこにベンチがあるんだけど、前にもそこで相談に乗ってもらったんだ」
「じゃあ、そこまで案内してもらおうかな」
「では、参ろうか」
僕達はそのまま3人で歩道橋を渡り、例の公園のベンチへと座った。
正面から見て左から、しゅり先輩、僕、まどかという順になっている。
「早速だが、まずは確認したいことがある」
しゅり先輩が僕を見て話し始める。
「狩場少年。君は異世界からこちらの世界へ来た、という事で相違ないな?」
「はい。間違いありません」
「ならば問おう。初めて会った時の事は覚えているかな?」
「覚えてます。占いの館の帰り道でした」
「その時、ハンカチを拾ってくれただろう。
そして君は私のハンカチを見て『母の形見だ』と言った。
なぜ、そのハンカチが母の形見だと思ったのだ?」
「あ!それは、その……」
そうだ。嘘を付いて誤魔化したんだ。ヤバイかも……。
「純粋な質問だ。怒っているわけじゃないから、素直に答えてほしい」
「……ごめんなさい。実は、ゲームの知識でして……」
「やはりそうか」
しゅり先輩が納得したように微笑む。
「別れた後に冷静になって、何故あんな事を言ったのかずっと考えていたんだよ。
あのハンカチが母の形見だと知っているのは親しい友人だけだ。
それが後輩ともなれば、この事実を知る人は、存在するはずが無いんだ」
どこか安心したような表情を見ると、僕の中にある物憂い感じがスーッと消えていくような気分になる。
「だが、嘘を吐くのは良くないな」
「本当にごめんなさい……。絶対に信じてもらえないと思って、つい……」
「反省しているなら良い。同じ状況なら、私も嘘を吐いただろうしな」
「じゃあ、桜小路先輩は狩場くんが異世界から来たって、信じてくれるんですか……?」
まどかが、不安そうな表情で問う。
「あぁ。少年を信用するよ」
「本当ですか!?やったぁー!!」
両手を大きく上に上げ、まどかは歓喜の声を上げた。
とりあえずは、信じてもらえて良かった。
だけど重要なのは、ここからだ。
ことにゃんの誤解を解く手伝いをしてくれるか否か。
しゅり先輩がいくら優しいとはいえ、やっぱり気が引ける。
さて、どうやってお願いしようか……。




