ライバル
2時限目が終わり、輝樹は無言で教室を出て行った。僕も少し離れて教室を出る。
その間際、まどかが笑顔で親指を立てて見送ってくれたのが心に残り、なんとなく気分が軽くなった。
後をつけているとしか思えない距離感を保ったまま、僕達は体育館裏へと向かう。
忌々しい記憶が残る場所に近づくにつれて不安はどんどん膨らみ、まるで処刑台にでも連れていかれる気分になった。帰ってみんなでチョコ食べたい。
体育館へ続く外通路を脇に抜け、輝樹はピタリと止まった。
背中を向けたまま微動だにしない。僕はビクビクしながら口を開いた。
「あのー……何の用で?」
普段、輝樹に対して威勢を張っているとは思えない口の利き方に自分で驚く。
いざ目の前にすると、こんなにも臆病になってしまうなんて。
輝樹がゆっくりと僕に振り返る。
口角を上げて目元を嫌に細くしたその表情は、どうやって映画のチケットを手に入れたかを説明していた時の表情に、よく似ている。
両手をズボンのポケットに入れたまま、輝樹は表情を変えずに、真っ直ぐ僕に向き合った。
「やるじゃん」
「はぇ!?」
予想外の言葉に思わず声が裏返る。
「ただのイカれたオタクかと思ってたわ。
話を聞く限り、てめぇの世界で俺らがゲームになってるっつーのは、ホントみたいだな」
「え、その話、輝樹にした覚えは……」
「全部聞こえてンだよ。隣の席でバカでかい声で話しやがって」
あ、やっぱ聞かれてたのね。無意識の僕め。
「俺は、お前を認めてやる」
「認め……何が?」
「ライバルとしてだ。光栄に思え」
輝樹が僕を見下す様に鼻で笑った。
「俺はな、この世界で退屈してたンだ。毎回毎回、アホみたいに糞女共を攻略していってよ。
たまにウィルスみてぇなキャラやチートバグみてぇなキャラが現れンだけど、そういうのは邪魔だから全部ぶっ殺して終わりだかンね」
まって、殺人犯じゃん。何してんの。
「あいつらの調教も飽きたし、クラブ行ってナンパすンのも飽きたし、その辺を歩いてる姉ちゃんレイプすンのも飽きたし、学校中の女モブキャラもハメ終わったし、丁度ヒマしてた所だったンだよね」
なんなんだ、こいつは。
僕はいま、誰と会話をしている……?
「てめぇみたいなライバルキャラが出現したのは、今回が初めてだ。
久々に正攻法で無双させてもらっちゃってわりぃねぇ!ヒャハハハ……」
輝樹は、高々と笑った。
雄叫びに近い、悪魔の様な笑い声。
不快感が、全身を支配する。
「……そんなこと言うために、わざわざ呼びつけたの?」
「『そんなこと』だぁ?モブキャラのてめぇに、わざわざライバル宣言してやってンじゃん。そんなカリカリするなって」
「チッ……」
僕は思わず、舌打ちをした。
輝樹に聞こえるように、ハッキリと。
なんだ、この腐れヤンキーは。
恐怖を一気に通り越して、怒りが込み上げてくる。
「てめぇもよくやってるよ。1週間でまどか捕まえるなンて、大したもんだ。友好度教えろよ」
「……誰が輝樹なんかに」
「俺も琴葉の友好度教えるからさぁ。知りたいだろ?」
「知りたくない」
「教えてやるよ、昨日で200ポイントいったわ」
「はぁ!?」
何さらっとバカなこと言ってるんだ。
200ポイントというのは、グッドエンディングルートに突入したという事。
もちろん友好度は下がるから確定ではないけれど、それを2週間かからず達成するなんて、まず有り得ない。
「それこそバグじゃん!何してんの!?」
「何って、正攻法だっつってんだろ?」
輝樹は表情を一切変えない。
「てめぇが、全部アシストしてくれたンじゃん」
「えっ……?」
僕が、アシスト?いつ?どこで?まさか無意識の僕が……?
「俺だってビックリしたよ。こんなに早く貯まるの初めてだからな。
ここまでの俺との絡み、思い出してみろよ。
てめぇが一番わかってンじゃないの?」
今までの、輝樹との絡み?
僕はゆっくりと、記憶の中を探っていく。
輝樹にやられた初日。僕がことにゃんと話し終えて余韻に浸っていたら、輝樹がことにゃんを食堂へ連れて行った。
先週の金曜日。親衛隊のみんなと輝樹に対峙した時、僕はことにゃんのセリフをパクったけど逆にやり返された。
そのセリフは、友好度100手前。さらにその後、喫茶店へ移動して何か会話をしているはずだ。
土曜日。無意識の僕がことにゃんに訳の分からない事を言って立ち去った。その後、輝樹はことにゃんと映画を楽しんでいる。
その時に、僕の不用意な行動から守ると宣言している可能性は無くはない。
月曜日。僕がことにゃんの家から出てくる画像を本人に見せた後、二人は肩を組むように去っていった。
いま思えば、距離感がやたらと近い。
「どうよ。少しは察したか」
輝樹がさらに追い討ちをかける。
「もちろん鏡と玲香もこっちの人間だ。朱里も巻き込みてぇが、きっかけが出来ない。仕方ねぇからてめぇにやるよ」
言いながら、こちらへゆっくりと歩み寄る。
輝樹は上半身を折り曲げるようにして、僕の顔の鼻先まで自身の顔を近づけた。なんか良い匂いする……じゃなくて!
僕を挑発するように、輝樹は言い放った。
「てめぇの為にわざわざハート1つ消費してやったンだ。
もっと俺を楽しませてくれよ、狩場先輩」
そう言うと、輝樹は踵を返して教室へと戻っていった。
ハート消費……?
つまりこれは、輝樹とのイベント会話という事だ。
主人公である輝樹と話して、僕だけハートを消費するのはわかる。
だけど、今の話だと輝樹側もハートを消費してるって事……だよね?
例えば僕がモブキャラと呼ばれる人と会話をしても、ハートは消費しない。
つまり、僕はモブキャラじゃないのか?
僕は、この世界の何者なんだ……?




