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感情

 僕自身の気持ちを落ち着かせながら、ゆっくりと口を開いた。


「かがみんが小学3年生の頃。初めて好きな男の子ができた。


その子はかがみんにちょっかいを出す子で、チビとかブスとか言っちゃう、ちょっとヤンチャな男の子。


だけど、それはクラスにいる時だけの態度で、帰り道に二人きりになると、人が変わったようにモジモジして優しい子になる。


そんな不器用な姿が可愛く見えて、だんだん惹かれていった。そうだよね?」


 かがみんは目を見開いたまま、肩で息をしている。何も答えてはくれない。僕はかまわず、そのまま言葉を紡いでいく。


「かがみんは親友の子に、その男の子を好きになった事を相談した。そしたら、親友の子は応援するって言ってくれた。


だから信用して、どういう所が好きなのか、どんな事をしたら喜んでくれるのか、たくさん相談した」


 だんだん、かがみんの表情が曇ってくる。僕は話すことをやめない。


「ある日、その男の子から言われたんだ。


『俺、もう水瀬さんのこと好きじゃない。俺が好きなのは……』」



「もうやめて!!!!!」



 かがみんの悲痛な叫びが、公園内に響き渡る。



「そうだよ。親友だと思ってた子が、その男の子と仲良くなっちゃって、ボクはその男の子にも、親友にも、捨てられたんだよ。笑っちゃうよね」


 かがみんは笑っているが、その笑顔に喜びの感情は無い。


恨みと妬み。そして、悲しみ。その感情を、表情筋をフルに使って表現している。


 声を震わせながら、かがみんは僕を見る事なく、こう言った。



「それで、誰から聞いたの?」



「えっ……?」


「正直に答えて。この話は、誰から聞いたの?」


「いや、だからゲームの知識で」


「ふざけないで!!!!!」

 

 怒りに満ちたかがみんが立ち上がり、僕を瞳を真っ直ぐ捉える。


「ボクはこの話を、ずっと一人で隠してきた。


心の奥底で、誰にも知られず、誰にも触れられないように、ボクだけの秘密にしてきた。


インターネットで吐き出した事も無いし、友達にも先生にも話した事がない。


なのに、君はこの話を知っている」


「じゃ、じゃあ逆に異世界の話を」


「あの子と、知り合いなの?」


「え、あ、あの子?」


「ボクの心を蝕んでいる最悪の存在。その子から直接、聞いたんでしょ……?」


「いやいや待って!知らないよ、そんな人!」


「隠したってムダだから。言い訳する為にプライベートな過去の事までリサーチするなんて、最低だね」


「本当に信じてって!こんな嘘つかないって!」


「ストーカーの言う事を信じろって言うの?」


「そんな……」


 ダメだ、僕への信頼が無さすぎる。どうしろって言うんだ。


「もういい」


 一言だけ発して、かがみんがベンチから離れていく。


「待って、まだ話は終わってないから」



「来ないで!!!!!」



 振り返って、僕をキッと睨んだ。



「狩場くんなんか、大っ嫌い。二度とボクに話しかけないで」



 かがみんは、そのまま立ち去った。


 公園を出るまで僕はかがみんを見つめていたが、学校とは反対の方向へと歩いていったので、もしかすると家に帰ったのかもしれない。


 こうなる事は、なんとなくわかっていた。


 だから予想よりも気分は落ち込んでいない。それどころか、仕方ないという諦めの気持ちの方が強いのだ。


 ふと時計を見ると、間も無く朝のホームルームが始まる時間だった。


このままだと家に電話がいってしまう。僕はなるべく早歩きで、学校へと向かった。



 ──道中、先程の出来事が嫌でも頭でループされる。


 僕は間違いなく、かがみんに嫌われた。


面と向かって『嫌い』と言われるのは人生で初めてだ。


心臓がバクバクして、大罪を犯したかような冷や汗が身体中から滲み出る。


ブレザー下のワイシャツがぐっしょりと濡れて、まるで全力で走り終わった後のように息遣いが荒くなってしまう。


無理矢理、別の事を考えようと試みても、無意識に頭の中でかがみんへの罪の意識が渦巻き、思いっきり叫び出したい気分になる。


 考えないように、考えないように。


 そんな事、出来るわけがない。


 僕は、かがみんを傷付けてしまった。


 ただ傷付けただけじゃない。


 ナイフで滅多刺しにしたあと、隠されていたトラウマをスコップで掘り起こしてしまった。


 きっと今日一日、かがみんは独りで殻に閉じこもってしまうだろう。


 もしこれが原因で、自殺してしまったらどうしよう。


 そこまではしなくても、このまま不登校になって学校を辞めてしまったら、僕の責任だ。


 でも、今からかがみんの家に直接行ったら、火に油を注ぐだけだろう。


 だって僕は、かがみんの家を知らないはずなんだから。


 早くみんなに会いたい。


 まどかと親衛隊のみんなに、早くこの話をしたい。


 僕の精神が壊れる前に、早く話さないと。



 足がどんどん早くなる。地面から足が浮いて、気付くと僕は走っていた。


 この息の乱れは、僕の味方だ。気持ちの昂りを紛らわせて、思考をぐちゃぐちゃにしてくれる。



 僕は、何も悪くない。


 何も悪い事はしていない。


 かがみんが勝手に勘違いしているだけだ。


 僕を信じない、かがみんが悪いんだ。


 人の話を聞かないで、自分の憶測だけで勝手に決め付けて話を進めるなんて、酷い人だ。


 大体、小学校の頃の些細な出来事を未だに根に持ってるなんておかしすぎる。


 そうだ。


 向こうが嫌いだって言ってるんだ。


 好きにすればいい。


 こっちから願い下げだ。


 僕は何も気にすることはない。


 気にすることなんて、何も……。



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