存在
「ふむ、なるほどなぁ……」
教室を出てから罵倒されてまどかと別れるまで、
この世界に転移した事やスマビュ等の情報を抜きつつ、出来る限り鮮明に事の顛末を伝えた。
自分の気持ちを交えて話をしていたら少し長くなってしまったので、
僕達はいま、例の公園のベンチで横並びに座りながら話をしている。
「話を聞く限りだが、天音琴葉という女性をストーカーの様に付き纏ってしまったことは反省しているのだろう?」
「はい。ものすごく反省してます……」
「ならば、その話は一旦置いておこう。
キミが落ち込んでいる一番の理由は、
宇月まどかという子に何もできなかった自分を悔いているから……という訳だな?」
「そうなんです。せっかく庇ってくれたのに、何もできなくて……」
気分がどんどん落ちていく。
まるで、全てを否定されたかのようだ。
「そう落ち込むな。言葉は掛けられなくても、その子はキミに身体を預けてくれた訳だろう?」
「そうなんですけど……」
まどかは、そういう性格だから。
そう言いたかった。
だけど、その言葉を口に出してしまうと、誰でも良かったんじゃないか、と思ってしまう。
いや。
もし輝樹だったら、もっと気の利いた事を言っている。
僕がこの世界に来なければ、まどかを無駄に悲しませる必要は無かったのに。
「少年よ。
側にいてくれるだけで、安心できる人がいる。
これは幸せな事なんだよ。
個人的な事で申し訳ないが、
私の隣で微笑んでくれる存在は、もうこの世にはいないのだ」
「え、それって……」
「私の母は中学1年生の頃に天国へと旅立った。入学してすぐの頃だ。
休日に母と二人で買い物へ行ってな。
その途中、突然トラックが歩道へ突っ込んできたのだ。
母の咄嗟の判断で、私は母に突き飛ばされた。
お陰で私は軽傷で済んだのだが、母は意識を失ってしまってな。
最後に意識を取り戻した時に、私を見てこう言ったんだ。
『朱里が生きていて良かった』と……」
下を向くしゅり先輩の横顔は、不思議と寂しそうには見えなかった。
昔を懐かしむような、穏やかな顔。
ほんの少しだけ、幼い顔に見えた。
「意識が戻ったのは一時的な事だった。
すぐに意識を失って、それからは早かったよ」
「……」
話をされなくても、僕はしゅり先輩の過去を知っている。
こんな話をさせるつもりは無かったのに。
「……すまない、話が逸れてしまったな」
「……ごめんなさい」
「ん?どうした?」
「僕があそこで会わなければ、こんな話させなかったのに……」
涙が頬を伝う。
この世界にいると、みんなに余計な迷惑ばかりかけてしまう。
こんなはずじゃなかった。
ミラクルプリンセスの世界は、もっと煌びやかで、楽しい世界だと思っていた。
クズで、どうしようもない、ダメ人間。
そんな僕が、この世界に居ていいわけが……。
「何を泣いている。私にとっては良き思い出だ。
話すと私の心があったかくなるから逆に、もっとキミに母の話をしたいくらいだよ」
「ほんとですか……?」
「ああ。強がりでもなんでもない。
私の母が生きていたという事。
私の母が命の恩人であるという事。
私の母が誇らしい人間であったという事。
こんな機会でないと、率先して誰かに話ができないであろう?
今の私にとって、キミは必要な人間だ」
しゅり先輩の笑顔が眩しい。
「でも、僕じゃなくたって、誰でもいいじゃないですか……」
「そんな事はない。キミは話をちゃんと聞いてくれているではないか」
「そんなの当たり前ですよ」
「キミは優しいから知らないだろうが、世の中には『暗い話をするな』と嫌な顔をして言ってくる人間がごまんといる。
現に私の話を聞いた人間は大抵、どんよりとした顔でその場を後にするのだ。
泣きながら詫びを入れられたのは、キミが初めてだよ」
しゅり先輩の呆れ顔が心地良い。
僕という存在を許してくれているようで、先程とは違う感情の涙が溢れ出る。
「しゅり先輩……本当に……ありがとうごじゃいましゅ……」
「そんな大袈裟な……って!しし、下の名前で呼ぶなっ!」
「あぁっ、ごめんなさい、つい!」
「全くもう……」
しゅり先輩の頬が一気に赤くなる。ほんとに苦手なんだ。
「じ、時間だから、私は帰るぞ」
「えっ、そんな……」
「勘違いするな。ほ、本当に、時間が無いのだ。
べ、別に、名前を呼ばれたのが、恥ずかしいからじゃない!
そそ、そんなに、私は、お子様じゃないんだからな!」
めっちゃ必死じゃん。名前呼んだだけなのに。
「なんか、ごめんなさい……」
「謝るな!余計に恥ずかしいだろ!」
「あ、ごめんなさい……」
「はぁ……。もういい、気にするな。
それと、最後に」
「は、はい!」
マズい。最後の最後で説教食らうかも。
「狩場少年。キミは今のまま、これからも優しい男性でいてくれたまえ」
ニッコリと微笑むと、しゅり先輩はベンチを立って帰路へと着いた。
サラサラの黒髪が夕闇の中で外灯の光を浴びながら美しく揺れる。
まどかと同じように、どこか嬉しそうに見える。
その姿を見て、僕の心が少し軽くなった。
こんな僕だって、誰かの役に立てるのかもしれない。




