機嫌
暫く無言の時間が続く。玲香様はテーブルの上に置かれたミルクティーを見つめたまま動かない。
「……ど、どうぞ、召し上がって下さい」
いても立ってもいられず、自分の右手を差し出して玲香様へ勧めた。
「……よろしいの?」
「へ?それは、もちろん……」
「……お代金は、明日で宜しくて?」
「あー、それは……」
変に答えて先程のようにスイッチが入ったらマズい。なんて答える?
こういう時こそゲームの知識だ。玲香様でこういうシーンの時は……。
「しゅ、出世払い、って事で……」
「……?」
玲香様が首を小さく傾ける。かわいい。
「あー……。すぐじゃなくても、将来的に返してくれれば……」
「……わかりました。必ずお返ししますわ」
ふー、危機一髪。
「……いただきます」
「……どうぞ」
玲香様はフタを開け、温かい物を持つように両手でミルクティーを掴む。
そのまま口へ持っていき、ペットボトルのふちに唇を重ねた。
「……おいしい」
「そうですよね!ミルクティーおいしいですよね!僕も好きなんですよぉ、へへへ……」
ヨイショ下手くそかよ。
「……気を遣わなくても宜しくてよ?」
「あ、はい!わかりました!気は遣いません!」
「……ふふふ」
おぉ、笑った!勝てる!勝てるぞ!
「……先程はお見苦しい所を見せてしまって、申し訳なかったですわ」
「いーや、全然!大丈夫!」
「あの子を見ていたら、なんだか寂しさが紛れるような気がしましたの。
側に居てくれたら、どんなに癒されるだろう……って思って……」
うおぉっと、待った!
「そうそう!あれ、レッサーパンダって言うんだよ!」
「……あれが、レッサーパンダ?」
「そう!田舎にいるタヌキとは違うやつ!」
「あそこに行けばいつでも見られますの?」
「休園日以外なら!」
「そうでしたの。産まれて初めて本物を見ましたわ」
玲香様の顔が和やかになる。良かったぁ……。
「私、先月ここへ引っ越してきたばかりですの。貴方は地元の方で?」
「あーっと……。ま、まぁ。庭みたいなもんだよ」
ミラプリやりまくってたからね。
「こんな都会で育ったなんて、羨ましいですわ」
「そ、そうかなぁ?」
「先程おっしゃったタヌキの他に、キツネやイノシシもいますの。熊も出ますわ。
空気の悪い場所に慣れていないもので、雨でも自然に囲まれていたいと思いましたの」
「それで動物園だったんだ」
「ええ。ところで貴方、お名前は?」
「あ、僕は狩場幸太郎。霧島さんの隣のクラスだよ」
「そうですの。どなたから私の名前を?」
「あ!それは、その……」
そうだ。噂になってるとか言って誤魔化したんだった。マズいな……。
「あのー……。み、水瀬さん!」
「水瀬……?あぁ、ポニーテールの元気な方ですわね」
「そうそう!」
流石かがみん。やはり隣のクラスまでちゃんと挨拶している。信じて良かった。
「かがみんならきっと友達になってくれるよ」
「かがみん、って呼ばれてますの?」
「僕が勝手に呼んでるだけだよ。好きに呼んで良いって言われたんだ」
「そうですの。明日、改めてご挨拶してみますわ。本当にお友達になって下さるかしら……」
「もちろん!会ったら誰でもお友達みたいな感じだからね」
「嬉しいですわ。こちらで初めてのお友達ができるなんて……」
少し俯いて顔を赤く染めた。うーん、かわいい。
「僕からもかがみんに伝えておくよ。せめて今日のお詫びになれば……」
「ふふふ。なら、そうしてもらおうかしら」
首を少し傾けてニコッと笑った。本当に本当に良かった。
「あら、いつの間にこんな時間ですのね」
センターコートの掛け時計を見ると、15時を回っていた。
「ごめんなさい、家に帰らないとなりませんの」
「大丈夫だよ!逆に動物園の時間奪っちゃって、ごめんなさい……」
「宜しくてよ。いつでも見られますもの」
「……あの。また、お話してもいい?」
「もちろんですわ。貴方のこと、嫌いになっておりませんもの」
「ほんとに!?良かったぁ……」
一気に肩の荷が降りた。上半身をテーブルに預けて突っ伏した。
「そんなに気にしておりましたの?心配性ですのね」
「だってぇ……」
「また学校でお会いしましょう。水瀬さんとのお喋り、楽しみにしておりますわ」
玲香様は立ち上がり、赤い傘を手に取った。
「あの!お、送って行こうか!?」
「お気になさらず。狩場さんは休日を楽しんで下さいませ」
「そ、そっか……」
「それでは、ごきげんよう」
笑顔で小さく手を振り、玲香様は立ち去っていく。
ゴシック風の黒いドレスが、楽しそうにヒラヒラと舞っていた。




