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天音琴葉

 僕みたいなモブキャラが1人いなくなっても影響が無いのかもしれない。


静かに教室のドアを開け、前屈みになりながらゆっくりと自席へ戻ったのだが、誰からも心配されないし先生から声すら掛けてもらえない。


 輝樹を見ると、机に突っ伏して眠っているようだ。いつもこうしているのだろうか。


 続いてことにゃんを見ると、教科書を眺めて固まっていた。


 そう、石像のように動かないのだ。


 これは、あれか。授業中のシーンが設定されていないからか。


でもなぁ。いくらゲーム内のプログラミング事情とはいえ、こんな所までロボット感を醸し出す必要は無いでしょう。


 授業終了まで残り5分。


 まだ時間はある。試しにちょっと行動を起こしてみよう。


 とりあえず、ことにゃんの肩をそっと叩く。


「はうあ」


 うおぉっとマズい自分の声が出た。輝樹は?起きてない?


 ビクビクしながら輝樹の方を振り返ると、しっかりうつ伏せで寝ていた。


あぶねー、興奮しすぎた。でも肩の感触が手に残ってぐへへ手洗えないなぐひゃひゃひゃって待て待て待て落ち着け。


 ……もう一度、ことにゃんの肩をそっと叩く。


 トン、トン、トン。


「……はい?」


 あ、反応した。


「あ、あ、あの。教科書を忘れてしむ、忘れてしまって、見へ、見せてもらっていいかなですか?」


「え、そうなんですか?可哀想ですね……」


 ことにゃんの目がウルっとなる。ふわあぁぁぁぁ……。


「だけど、教科書さんは1つしかいないのです……」


「そしたらさ、一緒に見ようよ」


「いいですけど……。もうすぐ授業終わっちゃいますよ?」


「あー、あー、そうでしたー、あー、あー、うっかりだー、あー」


 自分でも酷い演技だと思う。ちなみに、このイベントは本来ありません。僕が勝手にやってるだけです。はい。


「ふふふ、面白い人ですね」


 あ、なんか笑ってくれた。


「あ、なんか笑ってくれた」


 やべぇ、心の声が。


「あはは。えっと、狩場さん……でしたっけ?」


「は、はひっ!」


 思わず声がひっくり返る。しかし、誰もこちらを振り向かず気にする様子はない。


「私、お友達作るの苦手なんです。こうやって声を掛けてくれる人もあんまりいなくて……。


いま、素直に嬉しいです。ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ……ありが……ごじゃ……ウゥッ……グスッ」


 あぁ、報われる。ほんっとうに報われる。


 今日だけで何回泣いてるんだろう。涙枯れちゃう。尊い。


「へっ!?だだだ、大丈夫ですか!?」


「うん、大丈夫……ウゥッ……」


「悲しいこと思い出しちゃったんですか?私まで悲しくなっちゃいます……」


「ああっ、待って、泣かないで!僕が泣かせたみたいになるから!ことにゃん泣かせたくないから!」



「え……ことにゃん……?」



 うわああっ!大変だっ!!



「なんでもないです天音様!いや天音さん!天音琴葉さん!」


「そうですか……。なんか、元気になったみたいで良かったです。安心しました」


 ことにゃんが安堵の笑みを浮かべる。



 キーンコーンカーンコーン──



 ちょうど、チャイムが鳴った。


「狩場さん、もう泣いちゃダメですよ?」


 そう言うと、人差し指を自身の口に当て、左目をウインクさせた。



 ──僕はいま、夢を見ているのだろうか。


 ことにゃんが、僕だけに見せたウインク。


 ゲームをプレイしていた時にも、ここにいる輝樹にも見せていない、僕だけの特別なウインク。


 あぁ、なんて、愛おしい存在なんだろう。


 愛するって、なんて素晴らしい事なんだろう。


 こんな天使が、輝樹の言う性格ブスな訳がない。



 なんか、安心したな。



「天音さん。誰とお昼食べるのか決まってるの?」



 ふと顔を上げると、輝樹がことにゃんに話しかけていた。ヤバい、余韻に浸っていたらイベント取られた。


「特には決まっていませんよ?」


「じゃあ、俺と一緒に食堂へ行かない?ここのグラタンが美味しいみたいだよ」


「はぅ〜、グラタン!想像したら急にお腹空いてきちゃいました!」


「それじゃあ、早速向かおう!」


 すげぇー、ミラプリの会話そのまんまだ。当たり前だけど。


 そして輝樹ホントに輝樹まんまじゃんクッソ輝樹マジでコイツ輝樹この野郎……!


 まるで僕が存在しないかのような空気のまま、二人は教室の外へと消えた。


さっきまでことにゃんと話してたのに。やっぱり寂しい。ことにゃんイベントも1つ逃しちゃったけど、まだフラグは折れないから大丈夫。


 せっかくだ、ポジティブに行こう。この時間は宇月まどかと話せばいいや。


 ことにゃんと話せたお陰で、今なら楽しく話せる気がする。


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