トゲ
女の子を泣かせる男は最低だ。僕はいつも、そう思ってきた。
そして今、目の前でまどかが泣いている。紛れもなく僕のせいである。
だけど、それが哀しみの涙ではないことはよく分かる。
出来ることなら涙は見たくないけれど、こんなに美しい涙なら大歓迎、と思う僕は頭のネジが外れているのだろうか。
何にせよ、誰よりも一番近くにいてあげて、喜びも哀しみも共有したいというこの気持ちに、偽りは無いように思う。
改めて、隣の机を借りてみんなの輪の中へ入る。
本当は原因究明の時間にしたいけど、1週間ぶりに会えたのに暗い気持ちでランチをするみんなの気持ちを考えると、それは違うよな、と思った。
どうせなら思いっきり楽しい時間にしようと思い、溜まりに溜まった1週間分の話のネタを、みんなから聞きまくった。
沢山の笑い話を聞いたお陰で久々に和気藹々とした空気となり、まどかもすっかり泣き止んで、とびっきりの笑顔を見せてくれた。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
このまま、みんなと何も考えず楽しく過ごせたらいいのに。
この願望を現実へ変えるのは、何者でも無い僕自身だ。
笑顔のまま昼休憩が終わり、授業中もニタつきが止まらず気持ち悪い人になっていた時、ふと疑問が浮かんだ。
そういえば輝樹はいま、どうやってイベント連続スキップしているのだろうか。
占いばあさんは『輝樹がスマビュを弄って操作している』と言っていた。
だけど『ハート枯渇時 自動スキップ』という機能はあっても、それ以外に設定できそうな画面など存在しない。
例えば本来は2ループ目から使える機能だったとしても、僕がいきなり1週間もスキップするのは、やっぱりおかしいのである。
シャクではあるが、ここは輝樹に聞くのが一番早いような気がする。
そんな訳で、放課後。
輝樹が帰る隙を見計らって、教室を出る前に肩をポンと叩いて声を掛けた。
「輝樹、ちょっといい?」
「チッ……。なんだい?」
舌打ちしたな、コイツ。
「あのさ、スキップの事なんだけど」
「知らねーよ、気持ち悪ぃ」
小さい声で言うな。あと気持ち悪いっていうのやめろ。
「ねぇ、本当に困ってるんだよ。何かわかる事ない?」
「あのね、キミ」
キミって言うなし。
「俺は、知りませんから。それに、ここで言わないでくれる?」
「あ、教室じゃダメ?」
「チッ、っぜーな……」
だから、舌打ち。
「来い」
それだけ言うと、輝樹は教室を出てスタスタと歩いていった。来いって言う割には僕と距離を置こうとしてるんだよなぁ。なんだよ。
そのまま、廊下の人混みの中で輝樹を見失わないように後をつけていく。
体育館裏かな、と思ったが予想とは違い、下駄箱で靴を履き替えて外に出てしまった。
まどかと帰りたかったけど、仕方ない。
月曜日にモッチの財布を渡してから、面と向かって話をすれば良い。
元気な姿も見られたし、今日はそれだけで満足なのだ。
輝樹が正門を抜けて歩道橋へと向かう。ストーカーの様に後をつけていくと、いつもの公園のベンチへと辿り着いた。
輝樹がドサっと座ったのを確認して、僕もテクテクと近付いていった。
「なんでここなの?」
座る輝樹を正面に見て、質問を投げかける。
「ここでイベントこなしてンだろ?雰囲気作りだよ」
意外とそういうのこだわるんだ。
「で、スキップの何が知りたい?」
「あ!えっと、イベントスキップの事なんだけど……」
答えてくれるんだ。機嫌良いのかな。
「いきなり1週間スキップしちゃってさ。原因がわかんなくて困ってるんだよ」
「スマビュは?」
「見たけど、何も設定できない」
「設定画面、無ぇの?」
「へ?設定画面?」
慌ててスマビュを取り出してスクロールしていく。
「あー、無いならいい。そういや、俺も最初は無かったわ」
「そうなの?」
手を止めて、輝樹を見る。めっちゃ教えてくれるじゃん。
「2周目から一気に変わンだよ。
しょっぱなから1週間スキップは、俺も無かった。
おめぇが異世界人だから、特殊なンじゃねぇの?」
「うーん……」
確かに、僕が特殊なのは間違いない。だけど、特殊という言葉だけで片付けられる事態では無いのだ。
「興味はある。だけど俺は別にかんけーねぇし。
言っておくが、手伝う気は無ぇからな」
そう言って、輝樹が立ち上がろうとした時だった。
「ねぇなんでいるの、むり」
うわ、出たヤンキー。
「うわ、出たヤンキー!」
あ、心の声が。
「はぁ?ヤンキーじゃねぇし。てかそいつ誰?」
「あぁ、同じクラスの」
「悪りぃ。俺、行くわ」
輝樹が、今までに見た事のない表情をした。
バツが悪そうな、それでいて気まずいような表情。
そして僕の耳元で、囁いた。
「ふざけんなよ」
えっ……?
ふざけんな、って……なにが……?
「ねぇ、なんでいるの?」
こっちはこっちで絡まないでほしい。頭が混乱する。
「こっちのセリフだよ。話しかけないで素通りすればいいじゃん」
「いや、この前のこと謝ってもらってないから」
「まだ言ってるの!?」
しつこい。しつこすぎる。
しかし、この言葉が地雷となってしまった。
五十嵐さんの顔がみるみる強張っていき、明らかな怒りの声で静かに言う。
「……自分のしたこと、わかってないでしょ?
言っとくけど、めっちゃ怒ってるから」
吐き捨てるように言い、そのまま僕の家の方へと歩いていった。っていうか、何しに行くんだろう。
まぁ、気にすることはない。勝手に怒っていなくなっただけだ。
五十嵐さんの姿が見えなくなったのを確認して、僕は家へと向かっていった。
あんなヤンキーの事など、本当に気にする必要はない。
なのに、心にチクリとトゲが刺さったような気がする。
全くもって、ふざけんな、である。




