見落とし
自然と涙が零れ落ちていく。嗚咽を漏らしている訳ではないが、何故だか涙が止まらない。
涙を手の甲で拭い、ブレザーの中からスマビュを取り出して画面を確認する。
宇月 まどか 199point
変化なし。
下がりもせず、上がりもしていない。
この1ポイントは何なんだ。もはやゲームの知識だけではどうすることも出来ない。
誰かにこの悩みを共有したい。
今すぐ、誰かに聞いてほしい。
そう思って、僕はしゅり先輩の家へと向かった。
話には聞いていたが、この世界で実際にしゅり先輩の家に行くのは初めてだ。
占いの館を過ぎ、信号のある交差点まで進む。
そこを左へと曲がって少し歩くと、すぐにクリーム色の外壁と茶色のトタン屋根の家が見えてきた。
ピンポーン、とインターホンを押す。
暫く待つが出てこないので、もう一度インターホンを押す。
しかし、やはり出てこない。何処か出掛けてしまったのだろう。仕方なく、僕は占いの館へ引き返していった。
占いばあさんなら話を聞いてくれるはずだ。1日に2回行くことは滅多にないが、今のままだと精神崩壊しかねない。
しかし、占いの館へ着いて、僕は驚愕した。
黒い筆文字で『終了』と書かれた、木の立て看板が置いてある。
なんだ、これは……。
ふと嫌な予感がして、ブレザーの中から改めてスマビュを取り出した。
ハート残数、ゼロ。
まさか、これが原因か……?
慌てて朝からの行動を思い返してみる。
占いの館へ行って、マイナス1。
まどかを迎えに行って、マイナス1。
まどかを保健室に送り届けて、マイナス1。
ことにゃん達と食事をして、マイナス1。
まどかを家に送り届けて、マイナス1。
なんてこった、ピッタリじゃないか……。
思えば、ハート残数ゼロの後の行動は初めてだ。
そもそもハート残数の存在などすっかり忘れていた。
これはイベントをこなす事ができず、占いばあさんやしゅり先輩と出逢う事が出来なかったのか。
はたまた、偶然が重なっただけなのか。
現段階では、何も確認する術が無い。
幸いにも、1つだけ回復薬を持っている。これを飲めばハートが1つ回復するはずだ。念のため買っておいて良かった。
しかし、これを飲んだところで出逢える保証なんてどこにも無い。
スマビュ上のみでハートが回復して、それで終わってしまったら悲し過ぎる。
せめて、ハートが1つの時に占いの結果を聞き、すぐに回復薬を飲んでもう一度占ってもらう……みたいな使い方をした方が良いような気がする。
とりあえず、こんな所でウジウジ悩んでいても仕方がない。大人しく家に帰ろう。
どんよりと肩を落とし、日の暮れかかった西月出里の街を歩く。
ちょうど帰宅ラッシュのようで、二車線道路は上りも下りもプチ渋滞だ。
そんな喧騒を癒すかのように、夕焼けが空を支配している。
ふと見上げると、カラスが集団でカーカーと羽ばたいていた。
これだけ鳴いているのに、不思議とうるさいとは思わない。
その代わりに、ヒシヒシと孤独を感じ始めていた。
独りは、辛い。
こんな時に、独りになりたいなんて思わない。
まどかは違うのだろうか。
まどかは、僕と一緒にいたくなかっただけなのだろうか。
だとしたら、何故あんなにも僕を抱き締めて……?
頭が混乱しすぎて、走る気にもなれない。
だけど、早く誰かに会いたい。
そう思いながら、長すぎる自宅への道のりを歩く。
家に着く頃には、季節に似つかわしくない大量の汗をかいていた。
早く中に入りたくて、玄関のドアノブに鍵を差し込む。
そして、ピタッと手が止まった。
改めて思い出してみると、今日は置き手紙をして家を出て行ったのだ。ここまで自分勝手な行動なんて取ったことがない。
もしかすると、流石に今日はママに怒られるかもしれない。
ヒステリックを起こして、追い出されたらどうしよう。
でも僕が悪いんだし、その時は公園でたそがれていればいいのだ。
思い直して、鍵をガチャっと開けて玄関の扉を開いた。
「ただいまー……」
ドタバタと音がして、ママが心配そうな顔でこちらに駆け寄り、息を呑むように僕を見つめた。
その姿を見て、自分でもよくわからないが、涙腺が緩んだ。
そのまま、僕はママに抱き付いた。
「ママ……ただいま……」
「幸ちゃん……」
ママの愛情の温もりが、僕を包み込む。
まるで本当の母親のように、僕の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。幸ちゃんは何も悪くないんだから。よしよし……」
まどかも、こんな気持ちだったのだろうか。
誰かに甘えることは難しい。少なくとも、僕には恥ずかしくて出来ないと思っていた。
だけど、こんな風に身体を任せられる人がいると、何もかも許されたような心地になって、自分の存在価値を肯定してくれているような気さえしてくる。
まどかが、僕にしたように。
今だけは、強く強く、ママを抱き締めさせて下さい。




