無言
まどかは頑なに離れようとしない。腕だけはどうにか外れたが、側からみればお化け屋敷で怯えてくっついている様に見えなくもないだろう。
僕の目線の右下に、まどかの頭がある。
女の子の香り、というのだろうか。
脳を溶かすような刺激が、鼻を通じて下腹部にまで伝わっていく。
小さな息遣いが規則的に聞こえて、意識しないようにすればするほど、胸の高鳴りは抑えられない。
「……」
「……」
この状況。嬉しいは、嬉しい。
だけど、めっちゃ気まずいし恥ずかしい。
今すぐに暴れ出してしまいそうなほど、理性を保つ事が苦しくてたまらない。
「……ま、まどか?」
「……」
「一回、離れられるかな?
その、なんていうか……。
お、おかしくなっちゃいそう、というか……」
「……」
なんで無言なの。
「えーっと……。そ、そうだ。今日、ことにゃんに嫌われちゃったかもしれなくて……」
「……」
「それでね……えっと……なんだっけな……」
ダメだ、頭が回らない。
なるべく笑顔で話しているつもりだが、恐らく鼻の下を伸ばしたエゲツない顔をしていると思う。きめぇ。
「……」
まどかは相変わらず無言だが、僕を抱きしめる力は変わらない。
しっかりと、それでいて強く。
家に着くまで絶対に離さない、という堅固な想いが伝わってくるようだ。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
こんな風に寄り添って、毎日を過ごせればいいのに。
僕が、本当に守りたい人。
それが、ことにゃんではなく、まどかだと気付いたのはいつからだろう。
要らないプライドが邪魔しなければ、こんな不思議な関係にはならなかったのかもしれない。
「……ねぇ、まどか」
「……」
「やっぱり僕、まどかと一緒にいたい。
両想い……ってことでいいんだよね?
なんで、そんなに我慢してるの……?」
10秒。20秒。30秒。
まどかは、言葉を発しない。
ただ僕を強く抱き締めるだけで、何も反応してくれない。
さびしい。
そんな感情が、僕の中に芽生える。
もしかして、僕を心から信頼していないのだろうか。
興奮はやがて不安となり、身体中が脈を打つように反応する。
殻を抱きしめられているような、どこかフワフワとした気持ちになっていく。
その中で丸まってしまいたいような、隠れていたいような、そんな気持ち。
「……」
結局、終始無言のまま家の玄関前へと到着した。
もちろん、と言っていいのだろうか。このまま部屋の中まで上がるつもりだ。一度、真剣に向き合う必要がある。
「まどか、着いたよ。カギ開けないと、中に入れないよ?」
「……」
無言のまま、ゆっくりと僕から離れていく。
鍵を取り出して、ドアの鍵穴を回す。
その時だった。
ガチャッ、バタンッ、ガチャッ!!!!!!
……?
……!?
!?!?!?!?
一瞬だった。
まどかが、玄関の中へ消えた。
「きょ、今日はありがとう!」
中から、まどかの声がする。
「ま、また来週、学校で!」
……え?
ウソでしょ……?
「……ま、まどか……?」
呟くように、声を発する。
「なんで……なんで……!」
「ごめんなさい!!」
僕が問い詰めようと叫ぶ前に、まどかの声が耳に入ってきた。
「今日は、これ以上、一緒にいたくないの……」
泣き出しそうな声が聞こえてくる。
「独りにさせて下さい……お願いします……」
何も言えない。何も考えられない。
「ごめんなさい……本当に本当に……ごめんなさい……」
わからない。なぜ僕を拒否するんだ。
「……僕のこと、嫌いになった?」
「……」
答えて。
お願いだから、ここは返事して。
「……ねぇ、なんで何も答えてくれないの……?」
「……お願いします。今日は、独りにさせて下さい……!」
これ以上、粘るのは無理だ。
「……わかった。また、学校でね」
僕は、わざと足音を鳴らしながらアパートの階段を降りていった。
下からまどかの住む部屋の窓を見ると、電気は消えていてカーテンが閉められていた。
戻るべきだろうか。
それとも、このまま帰るべきだろうか。
一瞬そんな選択肢が浮かんだけど、まどかの気持ちを優先することを考えて無理矢理、自宅へと足を進めた。




