雨上がり
「では狩場氏、宇月氏を頼んだぞ」
「うん、いつもありがとう。ちなみにだけど……。
もしかしたら、今回は本気でことにゃんに嫌われたかもしれないんだ。
だから、誤解が解けなくても、僕はみんなを責めるような事はしないから……」
「何を弱気になっているのだ。
我々はことにゃん親衛隊だぞ?
隊員が隊長の顔に泥を塗るような事はせん。
安心して、宇月氏と一緒に下校してくれ」
加藤氏の笑顔が頼もしい。口だけじゃなく、本当にどうにかしてくれる雰囲気がある。
「さぁ、そろそろ教室へ戻ろう。言うまでもないが、西園寺にお気を付けを」
「うん」
そうして今日の授業が全て終わり、僕はすぐにまどかの元へと向かった。
輝樹に邪魔されるかな、と思ったが授業が終わるや否や、すぐに教室の外へと出て行ったのを確認したので、とりあえず安心だ。
「まどか、大丈夫?」
相変わらず両手で胸を抑えているまどか。表情も少し固い。
「まだ、ちょっと痛い……」
「とりあえず家まで送っていくよ。立てる?」
「うん、ありがとう。でも、天音ちゃんは……?」
「実は仲直りに失敗しちゃってさ。親衛隊のみんなが」
「え!?じゃあ狩場くんも行った方がいいよ!」
言葉を遮り僕を見上げ、まどかは慌てて進言する。
「いや、加藤氏から一緒に帰るよう頼まれたからさ」
「気にしないでいいよ。一人でも帰れるから……」
「いや、そうじゃなくてね。……輝樹、保健室に来たんだって?」
本人がいないのに、自然と声が小さくなる。
「あぁ……うん」
「心配だよ。弱ってる隙を狙ってあれこれされるんじゃないかな、って思うだけで謝罪に集中できない……」
「で、でも、西園寺くんは帰っちゃったみたいだし……」
「どこかで待ち構えてたらヤダもん。
できるか分からないけど、僕が側で守るから。
だから、一緒に帰ってくれないかな?」
「あ……」
まどかが下を向く。
前髪が邪魔をして、まどかの表情がうかがえない。
「ダメ……かな?」
「……ううん。そういうことなら、いいよ。
でも、天音ちゃんは……」
上目遣いで僕を見る。はうあ。
「だだ、だい、大丈夫、だよ?
みんなのこと、信頼してるから」
「そっか……わかった……」
そう言うと、まどかはゆっくりと立ち上がった。
左手でカバンを持ち、右手は胸を抑えている。やはり苦しそうだ。
まどかのペースに合わせて並んで歩く。
何か話しかけようと思ったが、喋るのが苦痛だったら可哀想なので黙っておいた。
外へ出ると、雨はすっかり上がっていた。傘を忘れずに持ち、まどかの家を目指す。
しかし正門まで来ると突然、先程まで横で歩いていたまどかが視界から外れた。
あれ、と思って振り向くと、まどかは胸を抑えたまま立ち止まっていた。
「だ、大丈夫!?」
慌ててまどかの側へ駆け寄る。
「胸、痛いの……?」
僕が自身の膝に手を付いた刹那。
まどかは正面から、僕を強く抱き締めた。
「あっ……!」
思わず傘を落として、バランスを崩しそうになる。
どうにか耐え切ると、目線のすぐ下にある、まどかの赤み掛かった茶髪の頭を視界に捉えた。
まどかは、何も言葉を発しない。
時折まどかの顔と腕が、僕の身体に擦り付けるように動く。
無意識に、カバンを手から離す。
代わりにまどかの背中に手を回す。
そのまま右手で、まどかの頭を撫でた。
ゆっくりと。
胸の痛みが和らぐように、優しく。
僕を抱き締める力が強くなる。
まどかの吐息が胸に当たる。
生温かくて、それでいて優しい。
「……帰ろうか」
頭を撫でながら、ポツリと呟く。
まどかは何も言わない。
「……まだ、こうしてたい?」
そろそろ僕も限界だ。
理性が保てなくなってしまう。
「……ねぇ」
「うん?」
ようやく、まどかの口が開く。だけど相変わらず顔を上げない。
「抱き締めたまま、帰ってもいい……?」
「え、こ、このまま?」
「……うん」
「さ、さすがに歩けないから、一旦、離れられる……?」
「……やだ」
「あー……」
どうしよう。
「と、とりあえず、カバンとか傘とか、拾ってもいい?」
「うん……」
……離れてくれない。マジか。
僕は膝を少し曲げて、落ちたカバンと傘をなんとか拾った。
ここからどうしよう、と思いながら、とりあえず身体を正門へ向ける。
すると、まどかが横から抱きしめるような形になった。よっしゃ、いける。
こうして僕は文字通り抱き締められながら、改めてまどかの家へと足を進めた。
幸い、輝樹はどこにも見当たらない。
まぁ、この姿を見たら近づく事さえ躊躇するんだろうけどね。




