不穏
──教室へ入ろうか、という所でチャイムが鳴ってしまった。保健室に行かなきゃよかった。
扉をガラガラと開け、教室を見渡す。
まどかは席に着いている。だが体調が戻っていないようで、ダルそうに机に突っ伏していた。
ことにゃんは逆に背筋をピンと伸ばしている。後ろからなので表情はわからないが、
俯いている様子から察するに、僕のせいで傷付いて悲しんでいるように思えた。
親衛隊のみんなはそれぞれ席に着いているが、先生はまだ来ていない。
今のうちだ、と思って僕はまどかの元へ駆け寄った。
目線をまどかの顔へ合わせるようにしゃがみ込み、机を軽くカンカンと叩いて声を掛ける。
「まどか?」
「ん……あ、こうた……」
まどかは少し顔を上げ、僕の名前を呼びかける前に視線をそらした。口元が緩んでいるので、怒っている訳ではないらしい。
「ごめん、保健室に迎えに行けなくて……」
「ううん、平気。天音ちゃんと仲直りできた?」
「いや、それが……」
「はーい、授業始めるわよー!みんな席に着いてー!」
言いかけて、明智先生の声に遮られる。そりゃそうか。
「ごめん、また後で」
「うん」
短く話を済ませ、僕は急いで席に戻った。ことにゃんをチラッと見ると、黒髪の長髪で顔を隠すように俯いている。表情は全く確認できない。
やはり、僕のことを警戒してしまったのだろうか。
明智先生にバレないよう、机の下でのっそりとスマビュの電源を入れる。
そのまま、友好度の欄までスクロールさせていく。
ポイントを見て、僕は血の気が引いていくような感覚に陥った。
天音 琴葉 2point
宇月 まどか 199point
水瀬 鏡 10point
霧島 玲香 0point
桜小路 朱里 110point
玲香様がマイナス5ポイント。これは仕方ない。
ことにゃん、マイナス10ポイント。
玲香様の倍下がってるじゃないか。流石に下がりすぎだ。
授業に集中できず、頭の中で原因を模索する。
まず、食堂の会話だけで5ポイント下がったと見ていい。
ただ、ゲーム内でも5ポイントというのはかなりエグい下がり方だ。
見境なくゲームの知識をベラベラ喋ってしまった事が、完全に裏目に出てしまった。
それと同等にマズかったことが、五十嵐美波と出逢ってしまったこと。
しかも、ことにゃんは僕と五十嵐さんが親しい関係だと思い込んでいて、僕と関わると五十嵐さんがセットで付いてきて、みたいな……。
あー、最悪だ。なんなんだ、あの女。
よくよく考えてみれば、朝の占いで大凶を出したのだ。
前回が大したこと無かっただけに、自分の中で警戒を解いていたのも良くなかった。大いに反省しなければ。
まぁでも、過ぎてしまったことはしょうがない。
とりあえず、ことにゃんとは距離を一旦置いておくとして、放課後にまどかや親衛隊のみんなに色々と話を聞いてもらおう。
そのまま授業が終わり、残すところ1限となった。
そして例によって、後ろから肩をポンポンと叩かれる。
「狩場氏、ちょっとお話が」
「ん?」
あれ、ことにゃんとどうなったか聞くんじゃないのかな。
「本日の放課後、ことにゃん様や他の方との約束はあるか?」
「それが特に無くて……」
「逆に都合が良い。宇月氏の件でご相談がある」
加藤氏は周りを確認するようにキョロキョロとして、僕に耳打ちをした。
「放課後、宇月氏と一緒に帰ってくれないか」
「え、別に良いけど……それだけ?」
もっと重大な何かが起こったのかと思った。ちょっと安心。
加藤氏はそのまま、さらに小さい声で話を続ける。
「西園寺が、不穏な動きをしている」
「えっ……!?」
何があった。今日は本当に大凶デーだ。
僕は加藤氏に向き直り、小さく外を指差した。トイレに向かうフリをして、二人で教室の外へ出る。
「不穏って……なにかあったの?」
廊下の隅で、加藤氏と話を進める。
「保健室に迎えに行った時にな、西園寺がいたのだよ」
「えぇっ!?」
「シー、声がデカイ。誰かが聞いているやもしれん」
「ご、ごめん。……それで?」
「あぁ。我々が入っていったら、言葉を濁しながら外へ出て行った。
宇月氏に話を聞いたら『放課後に詫びをさせてほしい』と言われたそうだ」
「うん……」
「当たり前だが、宇月氏はしっかりと断ったようだ。体調が良くないと伝えたらしい。
だが、次にいつ西園寺が隙をついて宇月氏へ近づくかわからん。
精神が弱っている時ほど、付け入られやすいからな」
マズい、やってしまった。
あの時、食堂じゃなくて保健室へ行くべきだった。
輝樹の奴、嫌になるくらいタイミングの突き方が上手い。
「ところで、ことにゃん様とは上手くいったのか?」
「あぁ、それが最悪で……」
「待った!上手くいかなかった、で良いのだな?」
「うん、そうだけど……」
「ならば話は早い。放課後、我々がことにゃん様にフォローを入れる」
「へ?」
「実は、宇月氏に頼まれていてな。狩場氏とことにゃん様が上手くいかなかった場合、本日の放課後すぐにフォローを入れてほしい、と。
本来なら、宇月氏も一緒に話し合いの場に参加するべきなのだが、体調の関係で一足先に帰るそうだ。
そこで、狩場氏が宇月氏を家まで送り届けてほしい、という訳なのだよ。西園寺の件もあるしな」
「なるほど……」
「ことにゃん様に関しては心配するな。何があったのかはわからんが、お優しいことにゃん様の事だ。すぐに誤解は解けるだろう」
親衛隊のみんなには頭が下がりっぱなしだ。現実世界でもこんなに僕に協力してくれる人はいなかった。またお礼しなきゃだな。
それにしても、輝樹は何を企んでいるのだろう。
ことにゃんもそうだけど、まどかを守ることも重要だ。
そう、まどかを……守る……。




