七十一・五話
アースガルズ王国の王都近くの丘に、一人の男が佇んでいた。
何をするわけでもなく、ボケーッと王都を一望出来る位置で眼下の風景をただ眺めている。
そんな男に近付いてくる人影が一つ。
その人物はごくごく自然に男の隣に立ち、同じ風景を見つめる。
「あんたにしては珍しくいい場所にいたわね」
「フレイヤか……」
「双子の姉と久しぶりに再会したのに相変わらずねフレイ?」
双子の姉…フレイヤとフレイは実によく似ていた。
外見も、雰囲気すらも。
ただ違うとすれば髪の長さくらいしか差異はない。
これはフレイヤが男っぽいわけではなく、フレイが女顔だからだ。
「十年ぶりかな?」
「惜しい、十一年ぶりよ。元気そうで何よりね」
「いい死に場所が中々みつからなくてね」
久しぶりの再会に喜ぶ姉であるフレイヤに対し、フレイはいつも通りの反応。
およそ十一年ぶりの再会だというのに、変わりない弟にフレイヤは心底呆れた。
「そういうところも相変わらずなのね。……ところでこんな所に意味もなく居たわけじゃないわよね?やっぱし今回の大戦に参加するの?」
「あくまで裏方として。雷師の爺さんみたいに大々的に表に出る気はないよ」
「ふ~ん……そういえば別大陸の件、聞いた?」
姉の唐突な話題変化に、しかし動じる事もなくフレイは淡々と答える。
「『剣鬼』が大部分を制圧したって話なら知ってるよ」
「へえ、噂には疎いあんたにしては珍しいわね。でもそれとはまた別件よ」
「……それ以外に何かあったのかい?」
「ありゃ?やっぱりそこまでは知らなかった?聞きたい?聞きたい?」
焦らすようなフレイヤに、フレイは内心
(フレイヤも変わらないな)
懐かしむ。
昔からこうだったなと。
だからフレイも過去と同じ反応を返す。
「いや別に」
「もう、そこは聞きたいですお姉様でしょ!」
相変わらず面倒くさい絡みかたをする双子の姉に、フレイは苦笑した。
やはり長い間離ればなれになっていても互いに本質は変わりないと、どこかで安堵しながら。
「はいはい、是非とも聞かせてくださいお姉様」
感情が欠片もこもってない投げやりなフレイの言葉に、しかしフレイヤは満更でもなく嬉しそうだ。
(単純な姉だ。よくもここまで真っ直ぐに育ったもんだ)
内心小馬鹿にしていることなど露知らず、フレイヤが「仕方ないな~」とニヤニヤ笑う。
そんなアホな娘一歩手前にいるフレイヤを可哀想な娘を見る目で見つめるフレイ。
むろん、フレイヤは気付きもしない。
「八師メンバーが三人死んだよ」
フレイヤはとても重要な情報をあっさりと告げた。
その内容に、さすがのフレイも驚きを隠せなかった。
「三人も……」
「やっぱり知らなかったんだ」
「誰が死んだの?」
「風師のオバサンと、水師のチビッ子、あとは土師の頑固ジジイだよ」
「どれも古株だな。仕えていた国に殉じたのかな?」
「かもね~。結果的には『剣鬼』の指揮官クラスを三人道連れにしたらしいけど」
「タダでは死なないな、あのお三方も」
フレイが別大陸方面を見つめながら呟いた。
あまり面識はないが、同じ八師である三人に短いが黙祷を捧げる。
「実力的には互角か、『剣鬼』の方が上だったんだろうね。せめて相討ちには持ち込んだってやつ?」
「いいなぁ」
フレイは本気で戦死した三人を羨んだ。
「死に場所をここだって見定められるなんて幸せ者だよ」
双子の姉であるフレイヤは、やはり弟のことは理解出来ないとばかりにため息を吐いた。
「……今回の大戦でフレイの死に場所は決まりそう?」
「さあ?命を賭けるにたる戦いなら死に場所はある程度我慢するけど……今はその予定はないね」
「そう、よかった。せっかく百年ぶりに光師の席が埋まったのに、もう空席になるかと思ったわ」
弟自身の心配より、そちらの心配が優先されるあたり、やはりこの双子は普通ではなかった。
「そんな事より火師の席はまだ埋まらないのかい?光師以上に長いだろ、あの空席」
「適した人材がいないんだから仕方ないわよ。……ねえ、話は変わるけどここにあんたが居るってことはやっぱり王国側で参戦するの?」
「……そのつもりだよ。帝国には個人的に嫌悪している人物がいるから、消極案だけど」
「珍しい、本気で嫌がってるわねあんた。そいつと何かあったの?」
「ボクの死体が欲しいんだとさ」
「うわ!えらく厄介で変態そうな奴に好かれたわね」
フレイヤがドン引きしている間も、フレイの気の滅入る表情は消えなかった。
「好きで好かれたわけじゃない。………まあそういうわけだからボクは王国側で戦うよ。フレイヤは?」
「可愛い弟が王国側で戦うなら私もそうするよ。双子の弟と殺し合いなんかしたくないし」
「これはこれは………あの冷酷非情で有名な闇師のお言葉とは思えないな」
「そう?まあそういうわけだから、私たち双子は王国に味方するけどそっちはどうすんの?」
明らかに第三者に語りかけたフレイヤに、しかしフレイは動揺などしない。
何故なら既に第三者が居たことに気付いていたのだから。
そして、潜んでいた第三者が観念したようにその姿を双子の前に現す。
「気付かれてましたか」
「まぁね。知人の気配は忘れないようにしているから。久しぶり、シキロ」
「……『七欲』の一人か。どおりで気配の消し方が異常に上手かったわけだ」
シキロの登場に、合点がいったとフレイは頷く。
「でもバレてましたね」
「上手すぎたからな」
「あらあら手厳しい」
「勘違いしちゃダメよシキロ。口ではぶっきらぼうに言い捨ててるけど、あれはあれで褒めてるんだから」
「そうなの?」
「私の弟はツンデレなのよ」
フレイヤのしたり顔での説明に、フレイは無性にイラッとした。
「意味がわからんぞフレイヤ。……それで、『七欲』の一人がこんな所で何をしていた?参戦勢力の戦力分析か?」
「そんなところです。貴方たち双子は王国側で計算しておきますね」
「うんうん、そうして。それでシキロはどっちにつくの?王国?帝国?」
フレイヤの疑問にやや困ったような表情をしているシキロだが、好奇心旺盛なフレイヤに押しきられ観念した。
「傭兵ギルドとしての立場もありますから中立です。表向きは」
「裏があるの?」
「……二人共、王国側で参戦するなら言っても大丈夫ですね。『七欲』は王国に加勢します。貴方達と同じく表立っては動けないから、あくまで裏側で」
「こうして分析する限り、戦力が王国側に傾きすぎてない?」
「「それはない」」
フレイヤの戦力分析を、残る二人が即座に否定した。
「二人同時に断言するなんてよっぽどね。帝国は何か隠し持ってるの?」
「……ホトご自慢の死者の軍団が確実に動くはずだ」
「死者の軍団?」
あまりホトに関して知らないフレイヤは、その物騒な名称に眉をひそめた。
「ホトの『神剣』の特性を利用した死人の軍隊だ。ただし、どれも高位剣使っていう素敵な肩書きをもつ兵隊ばかりだが」
「それって冗談の類いじゃなくてマジで?」
「マジだ。少なくとも全部で二、三百はいるんじゃないか?」
あまりのスケールに、フレイヤは開いた口がふさがらない。十数秒かけてようやく言葉を紡ぎだす。
「何か……すごいわね、一人の『剣神』が数百の高位剣使を従えるなんて。その内の何人がS級なのかしら?」
「傭兵ギルドの情報網でも把握しきれていませんが、最低でも十人はいるでしょうね。その内の二人だけなら名前が判明していますけど……聞きます?」
「聞きたくないけど、聞いておかないと後悔しそうだから教えて。誰と誰?」
「聞いてもきっと後悔しますよ。私がそうでしたから。……一人は元『七欲』の《六禍》ガザル。私の元同僚です」
一人目の名前が明らかになった時点で、双子は同時に顔をしかめた。
その人物が成し遂げた、偉業を知るがゆえに。
「百五十年ほど前の英雄ね。……っていうか元同僚って。シキロあんた今何歳なのよ!?」
「同じ女性同士だから教えてあげますよフレイヤ。正確な数は覚えていませんが、多分二百五十歳くらいかと」
「ババアね」
フレイヤは容赦なく断言。
双子の姉の突然の暴言に、フレイは気まずそうな顔をした。
「直球な発言ですねフレイヤ。ですが高位剣使の大半は見た目どおりの年齢じゃないのは知ってるでしょう?」
「私たち双子は見た目どおりだから今いちピンとこないのよね」
「……その内に嫌でも体感しますよ。ですが自分でもピークは過ぎているとの自覚はあります。ですからそろそろ『七欲』の座を優秀な後進に託したいのですが……フレイヤ、どうですか?」
「遠慮しておく」
シキロの突然の勧誘に、まったく動じもせずにフレイヤは一瞬で断った。
そのあまりの速度にシキロが目に見えてシュンとしたほど、取りつく島もない。
「……非常に残念です。しかしせめて考えるふり位はしてほしかったです」
「無駄な期待を持たせない、私なりの気遣いよ。諦めがつくでしょ?」
「それはまぁ、そうですけど……私の欲しい優しさとはあまりにも方向性が違いすぎます」
恨みがましいシキロのジト目を、フレイヤは完全に無視。
これでは誰もが脈がないと諦める徹底ぶりだ。
「私よりもフレイなんかどう?私と同じくらい強いから有望よ」
代替案にしては魅力的な提案をするフレイヤの言葉に、だがシキロは渋るように「う~ん」と唸る。
「確かにフレイの強さは私も知っているから、単純に強さだけの面なら合格なんですが……無理でしょうね」
「何で?『七欲』って強さが基準で選ばれるんじゃないの?」
「違いますよ、『七欲』に求められるのは強さと強欲さの二つです。……私から見てフレイは後者が決定的に欠けてます」
シキロの指摘に「なるほど」とフレイヤが頷く。
「確かにフレイって欲らしい欲なんてないもんねー」
「好き勝手に言ってくれてるが、そもそもボク自身『七欲』の席に興味はないよ」
だがそんなフレイの言葉など聞こえてないのか、女二人の会話はノンストップで続く。
「シキロの欲って何なの?個人的にすごく気になるんだけど」
「私のですか?私の欲は……ただ一心にセト様に仕えたい、ですかね」
「へぇ、また随分と変わった欲望だね」
「よく言われます。ですがその欲望の強さだけは誰にも負けない自信があります」
「だからセトの世話も公私ともに出来るのかな?」
「はい」
シキロのあまりにも眩しい笑顔に、フレイヤは無意識に後退る。
「何をやってんだフレイヤ?」
「いやあまりにもシキロの無邪気な笑顔が眩しくて……ちょっと私には直視出来ないわ」
「アホか」
そんな双子のやり取りにシキロは一人クスクスと笑っている。
少しばかり気恥ずかしさを感じたフレイヤは、それをすぐに忘れ去るためにも口を開く。
「公私ともにかぁー……セトとシキロの子供なんて想像できないわね」
「私は子供を授かれない体質ですから、その心配は無用ですよ」
ヘヴィな発言を笑顔で口にしたシキロに、フレイヤが凍りついた。
本人には悪気などなくても、明らかな失言にフレイヤは狼狽えた。
「えっと……あ、その………ごめん、なさい」
素で謝る双子の姉を、弟は更に追いつめる。
「フレイヤ、誠意が足りない。土下座でシキロに詫びろ」
「ス、スミマセンでしたーーー!!」
本気で悪いと思っているのだろう、フレイヤはシキロに向かってすごい勢いで土下座した。
しかしそんなフレイヤに、シキロは困ったような表情を浮かべた。
「あらあら、私は別に気にしてないわよ。この体質のおかげで、いつでもセト様の求めに応えられるのだから。セト様も、さすがにこれ以上は自分の子孫を増やしたくないみたいだし」
「なるほど、本人であるシキロが気にしてないなら………よかったな愚かな姉よ、心の広いシキロとボクに感謝しろよ」
「いやいやシキロはともかく愚弟は関係ないだろ」
「そういえば子供で思い出したが、『七欲』にはセトの子供だと言い張る永遠の十歳児がいたな」
「無視するな!」と絡むフレイヤを完全に居ないものとして扱うフレイが、構うことなく話を引き継ぐ。
「リナリーの事ですか?えぇ、あの子はいつまでも変わらない永遠の十歳ですね。私が『七欲』に加入してから今まで、外見も中身も変化のない『七欲』一番の古参です」
「ロリババアね」
身も蓋もないフレイヤの発言に
「本人を前にそれは禁句ですよ」
と軽くシキロがたしなめる。
「……話が逸れすぎたな。それでもう一人の判明している人物は?」
脱線しすぎた会話を本題に戻すフレイに、シキロはもう一人の名を重々しく告げる。
まるでその名を忌避するように。
いつもマイペースなシキロにしては珍しい反応に、双子は思わず固唾を呑む。
「……人類史上最強の魔剣使と名高い『大魔女』マレフィキウムです」
その告げられた名前に、双子は息をのんだ。
ロードギアにおいてあまりにも広く知られたビッグネームに軽口すら叩けない。
「……それはまた…………すごい人物を配下にしたな、ホトの奴。さすがは『剣神』と褒め称えるべきか?」
「『魔刃』や『魔王』と並ぶ三大魔剣使の一人を……何だか急にこちらの戦力が心もとなく感じてきたわ」
ロードギアでもトップクラスに位置する剣使である双子が戦々恐々する魔剣使、『大魔女』。
歴代魔剣使の中でも未だトップと言われる所以はその悪名や悪行にある。
曰く一人で高位と下位剣使、合わせて千人を虐殺した。
曰く一人で『剣精』を一万体皆殺しにした。
曰く一人で『直刃』と戦い、その実力を危惧された。
ちなみに最後の『直刃』関連では、セトと戦う前に『七欲』メンバーの二人を殺害している。
最強の『剣神』と名高いセトの側近二人を同時に、だ。
常人には到底マネ出来ない不可能と言われた数々の悪行を、『大魔女』は一人でやり遂げている。
それほどの化け物、いや一種の災厄扱いされた魔剣使である。
双子が途方にくれるのも無理らしからぬ事。
「……これでもまだ氷山の一角なんだろ?こんな奴らと水面下で戦うと思うと辟易するよ」
「よかったわねフレイ、死に場所には困りそうにないわ」
「まったくだ」
絶望ムードが蔓延している双子に、シキロはあえて明るい声を出す。
「揃いも揃って落胆しないで。こちらにだって心強い助っ人が駆けつけてくれますから」
そんな奴いたか?と双子は互いの顔を見比べた。
「傭兵ギルドから?所属している高位剣使はほぼ両陣営にわかれたでしょ?」
姉であるフレイヤに心当たりはないのだろう、シキロの発言に懐疑的な響きがどうしても残る。
だが弟のフレイは一人だけ該当する人物がいた。
「もしやカインか?」
その答えに、シキロは笑顔を浮かべた。
「正解だよフレイ。最後の『剣神』カインと、傭兵ギルドでも上位実力者の『炎舞姫』ファラと、『銀髪姫』ルシスが王国側についたんだ」
「へえ、『剣神』の一人がこっち側に!これで大分戦力比は互角になったかな?」
楽天的なフレイヤの言葉を、フレイは即座に否定した。
「それはどうかな?カインはなりたて『剣神』だし、帝国にはホトの他に《魔神》と《狭間》の二人の『剣神』もいる。楽観視はとてもじゃないが出来ない」
すぐさま現実に引き戻されたフレイヤが肩を落とす。
ふと思いついたように
「これに『剣鬼』勢力が絡んできたらどうなるんだろうね?」
思ったことを口にした。
「シャレにもならんことを言うな、バカ姉。……シキロ、セトは今回も動かないのか?」
「動きませんね。あくまで動くのは『七欲』ってスタンスを崩しはしません。リナリーはセト様から離れないので、実質我々は六人しか動かせません」
「……まぁ充分な方だな。むしろセトにしては大盤振る舞いしている部類か」
「そうなの?」
フレイヤの確認に、シキロが頷く。
「はい、『七欲』メンバーをほぼ動員するなんて滅多にありませんから」
「それだけ厄介極まりない状況とも受けとれるがな。さて、確認すべき事は確認できた。裏方は裏方らしく見えない所で戦うとしよう。相手は名高い剣使ばかりだからな」
「結局は過去の亡霊ってわからせてから、死後の世界にお引き取り願おうよ」
「そうだな、フレイヤ。ここは生者が生きる世界……。死者には死者の世界に帰ってもらうとしよう」
戦意を高める双子を尻目に、シキロは一人考え込む。
(まだ不確定な情報だから言うべきじゃないわよね~。あの『鬼神』の生まれ変わりが王都に現れただなんて情報を。……彼は今回の大戦でどこの勢力につくのかしら?王国?帝国?やっぱり『剣鬼』?最終的に敵になるのかしら?味方になるのかしら?)
その答えを、シキロはすぐに知ることになる。
高位剣使の死者と水面下で暗闘するヴェルガードと、王都で邂逅した後に。
だが今はそれを知る術はない。
これから色んな場所でバトルの連続です。
誰が生き残り、誰が死ぬのか作者もわかりません!




