七十二話
ちょっと長くなりました。
ロードギアでも最大規模の戦争開始から早一ヶ月が経過した。
毎日の日課のように、帝国軍が王国の国境線を越えようと進軍してくる。
もはや過度な緊張感はなく、半ば慣れた作業でも始めるかのように王国軍がそれを迎撃する。
飽きることなく帝国軍は国境に攻め入るが、必死に抵抗する王国軍によって未だに突破できず、戦線は一ヶ月前から変化なし。
帝国側の事前計画としては一ヶ月も経てばアースガルズ王国に侵入し、少しずつ領土を削りとれていた段階だというのに……現状、計画の初期段階で躓いていた。
王国側にしてみれば最高に近い戦果だが、毎日攻めてくる帝国の攻勢に疲れは隠せない。
前線の兵の疲弊ぶりはもちろん、士官クラスですらあまりのストレスに発狂しかけている。
何せ帝国は昼夜問わずにお構い無しで動くのだ、付き合わされる王国軍はたまったもんじゃない。
はやく帝国が諦めて撤退してくれればどれだけ嬉しいか……だがそんな王国側の願望など木っ端微塵に打ち砕くように、今日も今日とて帝国軍は攻めてくる。
「おら!さっさと持ち場につけ!!帝国のクソ野郎共が団体でお出ましだ、今日もウチは閉店だって追い返してやれ!!」
王国軍の前線指揮官の一人が、部下たちにこんな日々に慣れさせないように檄をとばす。
慣れは油断を生じさせると警戒しての事だ。
だが人間どうしても毎日同じことを繰り返すと感覚が麻痺してくるものだ。
戦争という、命が危険にさらされる極限状況なら尚のこと。環境に適応しなければ、精神バランスを崩すキッカケにすらなりかねない。
だから戦場を日常として受け入れなければ、戦争は続けられない。
だからと言ってそれを放置したままではいけないのが、指揮官の辛いところでもある。
感覚が麻痺するのは精神を壊さない為にも必要なことなのでまぁいい。
しかし、迎撃する際に昨日と同じかという作業にも似た精神状態は極めて悪い。そんな状態では急な不測の事態に対処しきれず、ただ殺されるだけの存在に成り下がるからだ。
だから彼はしつこいと言われようが、部下の気を引き締める為に今日も檄をとばす。
それが彼と、彼の率いた部隊が今回、無事に生き延びれた要因だろう。
「隊長、帝国側に見慣れない剣使部隊を発見!」
「新顔か?今更国境付近に新しい剣使部隊を投入するなんて帝国はどんだけ……」
真面目に敵の動向を見守っていた部下の報告に、指揮官たる彼は部下達をリラックスさせる意味も兼ねて軽口を叩きながら、報告された方向に展開する新たに増援された部隊を視認し、直後に全身を硬直させた。
「……どうされました隊長?」
普段から動揺など表に出したことのない上司のただ事ならぬ雰囲気に、部下の一人が思わず質問した。
「……………ろ」
「はっ?」
「早く逃げろ!!」
部下が聞き取れなかった呟きを、今度は叫んで伝えた。
状況を何一つとして理解出来ていなかった部下一同だが、彼の日頃の行い(肉体言語教育)によりさっさと後方へとさがる。
「いいんですか、隊長?勝手に持ち場を離れて?これって敵前逃亡になりません?」
体は命令どおりに行動しているが、さすがに上司である彼の言葉を全て肯定するほど、部下達の頭はおめでたくない。
隊長である彼の独断をやや咎めるような口調になるのは仕方ない。
しかし、そんな部下たちも彼の次の言葉に心底納得した。
何故、彼がこんなに焦っているのかを嫌というほどに。
「新たに展開していた奴らは高位剣使部隊だ」
高位剣使と下位剣使には明確な壁ともいえる差がある。
馬鹿馬鹿しいほどの高い、あるいは隔絶したその壁はもはや笑えるほどだ。
一般的にA級剣使から高位剣使に分類されるのにはワケがある。
それは扱える魔素の量がA級からは飛躍的に上昇するからだ。その量は一つ下の剣位であるB級のおよそ倍近く。
一番下の剣位であるD級ならば約五倍近い。
ゆえに高位剣使は一人で城を陥落させる事が可能であり、下位剣使相手ならば十人いようが問題なく排除できる。
それほどの強さをもつ高位剣使が、小隊規模とはいえ部隊単位で姿を現したのだ。
王国側にも同数の高位剣使がいなければ、この国境戦線は帝国側の一方的な虐殺の場所に早変わりするのは時間の問題だった。
「俺達一般兵が居残ろうが逃げようがもはや関係ない。むしろ敵前逃亡だとなじられようが、一秒でも早く上に高位剣使の事を報告した方が万倍感謝されるぞ。わかったか?わかったら急げ!すぐにでも奴らは動くぞ!!」
彼が部下の尻をたたいて急かす背後で、爆発音が響く。
何事かと背後を振り返りそうになる部下たちに、彼は「振り返るな、走れ!」と怒鳴る。
更に相次ぐ爆発音。 何が起こっているのか、誰の仕業か?
彼が率いる部隊の誰もが答えを知っていた。
無論、彼自身も。
「クソッタレが!帝国の奴ら本腰いれてきやがった!!」
彼の悲鳴のような叫びが、全てを物語った。
戦争開始から一ヶ月。
この日、帝国軍は高位剣使を国境各地に展開。
王国軍が守備する大半の国境戦線を突破、戦局が大きく動いた。
後手に回った王国軍も高位剣使を部隊単位で展開したが、戦線は押し返すことが出来ずに膠着した。アースガルズ王国の一ヶ月分の勝利はこの一件で吹き飛び、帝国は戦争始まって以来初の勝利に士気は高揚。
戦況がどちらに有利かなど、誰の目から見ても明らかだった。
帝国軍陣地にて。
王国の国境を突破し、陣地全体で盛り上がるなか、陣地中央部……前線指揮官のトゥアラがいるテントの中だけは静まりかえっていた。
「ふぅん……こちら側の高位剣使部隊が一部やられたんだ?」
「一個小隊規模、四人ですが間違いなく。先ほど死体も確認しました」
「その小隊が展開していた場所はどこなのメルレガ?」
「ここから北にある砂地です。視界は良好。隠れる場所はなし。敵の待ち伏せや奇襲はあり得ないかと」
「真正面から堂々と戦って、負けちゃったんだね。小隊編成は全員A級?」
「はい。ですからS級剣使一人で殲滅は可能です」
「王国にいるS級は何人だっけ?」
「表に大々的に出てるのは五人ですが……今回そいつらは無関係かもしれません」
「どうしてそう思うの?」
「王国守護騎士団本隊が守備していた戦場も、こちらの高位剣使部隊は敗走しました。ですがそれなりに被害も与えました。他の戦場に余力を割くとは思えません」
「だとしたら……」
「はい、トゥアラ様の予測どおりかと」
賛同するメルレガに、トゥアラの口元が笑みの形に大きく歪む。
「メルレガ、出るよ」
「どちらまで?」
メルレガはわかっていながらも、仕える主たるトゥアラに行き先を聞いた
「もちろん、最前線にだよ」
禍々しいまでの笑みを浮かべながら、『剣神』の一人《狭間》のトゥアラが出撃宣言した。
王国の戦線崩壊の危機はすぐそこに迫っていた……。
「この俺に本気を出させるか……おもしろはがい゛う゛ぁ!?」
崩れ落ちるように倒れる剣使を、オレはなんだかなぁ~という心境で見下ろす。 これで帝国の高位剣使部隊を都合、三個小隊つぶしたわけだがどれも大して強くない……ぶっちゃけ弱い。
おかしいな、A級剣使は一人で城を陥落できる戦力なんだが?どいつもこいつも口ばかり達者で腕の方はイマイチだ。
こんなものなのか?
「しばらく会わない間に強くなったなカイン」
「ん?そうなのか?」
自覚はあまりないが、こうしてファラが口に出して褒めてくれる位には、強くなってるみたいだな。
「聖剣がA級に剣位昇格し、更には『剣鬼』にしか使えない剣技、鬼甲を部分的ながらに使いこなす……同格のA級剣使とは格が違いますよ、今のマスターは」
ルシスまで褒めてくれるとは……もっともっと褒めて!
オレは褒めて伸びるタイプだから!
「さすがは我が未来の夫、ますます惚れるね~」
そうだろそうだろ、もっと褒めて……………キーリカさん、いま何か聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど気のせいですよね?
「……未来の、夫?オレが、キーリカの?」
おそるおそる確認するオレに、キーリカは眩しい笑顔で肯定する。
「大丈夫、わたしは器が広いから愛人の一人や二人、三人いようが気にしないよ。わたしはカインの全てを受け止められる女だから」
チラリとファラ達に視線を向けつつ言外にお前らは愛人、私は本妻だと宣言ならぬ威嚇している。
その威嚇に対して過剰に反応したのは予想どおりファラ……じゃなくてルシスだった。
「戯言を……あまり図にのるなよキーリカ。貴様にマスターの本妻の地位などもったいない。せいぜいが〇便器、〇奴隷あたりが貴様にはふさわしい地位だ」
何かルシスさんが良い子にはあまり聞かせたくない単語をサラリと口にしたが、まあ気にしない方向で。
「ヒュ~過激だね~。でもその地位はルシスにこそふさわしいから譲るよ」
口笛を上機嫌に吹くキーリカに、堪えた様子はなし。
むしろカウンターのオマケ付きだ。
「ワタシにふさわしい……?中々に面白い冗談だ。実に笑える、笑い死にしそうなくらいだ」
……周囲の気温が急激に低下している。 気のせいじゃなくて本当に。
原因はもちろん氷の笑みを浮かべるルシスだ。
キーリカさんや、そろそろルシスを挑発したり、からかうのは控えてもらえんだろうか?
心臓に悪いんだよ、口元は笑みを浮かべながらも、殺気を放つ目力が半端ないんだよ。
こんな殺伐とした空気を誰か一変してくれないだろうかと願ったら、神様が叶えてくれました。
ただし、その神は『剣神』だったが。
瞬間だった。
ある意味ほのぼのしていた空気は、あまりにも凶々しいソレに塗り替えられた。オレを含む四人全員が打ち合わせしたわけでもないのに、一斉にその方向に振り向いた。
「なんだ、この魔素は……?」
ファラの呟きこそが、この場にいる全員の心境を代弁していた。
あまりにも異常な質と量。
だが何故か懐かしいような感覚。
オレはこの魔素に覚えがある?
独特なまでの、この魔素に?
オレ達が見つめる先には、アースガルズ王国の国境戦線を支える王国守護騎士団の本隊が駐留している陣地がある。
そこが凶々しい魔素の発生源にして中心地。
このまま放っておくにはあまりにも危険だと剣使としての勘が訴えているが……生存本能の方は、放っておけと忠告している。
さて、どちらを選ぶ?
行くべきか、行かざるべきか?
「どうする?様子だけでも見てくるか?」
戦う、戦わないかは後回し。
まずは様子見、偵察だ。
オレ以外の三人に意見を求めてみる。
「マスター、危険です。すぐにでもこの場から距離をとる事を進言します」
ルシスは偵察すらも危険だと、否定意見を述べた。
「わたしは行くべきだと思うよ。こんな魔素の持ち主、普通じゃない。不確定要素をもつ存在の情報は千金に値するよ、偵察するだけの価値がある」
キーリカはルシスとは真逆の意見のようだ。
確かに情報は欲しいが、この魔素量からして『剣神』の一人だろう。
わざとらしいまでに、自分はここにいるぞとアピールしているフシがある。
そして今まで出会ってきた『剣神』との魔素の質が全然違う。
おそらくこれは《不死神》ホト、《魔神》レラフと協力関係にある《狭間》のトゥアラだろう。
あくまで推測であり、確定ではないが。残るファラの意見を求めてアイコンタクト。
「アタシの勘では行かない方が後悔しないと思うよ」
ファラはどうやらルシスと同意見らしい。
ルシスもうんうんと頷いている。
だがファラの次の言葉に、その動きはピタリと止まる。
「でも行かなくても後悔することになるかもね」
「……どっちだよ」
「さあ?アタシにもわかんないよ。ただ行こうが行くまいがカインは後悔するかもって思っただけ。深い意味はないから適当に聞き流して」
右手をヒラヒラさせながら、話は終りだと言わんばかりにファラはオレから視線を外す。
……意味がわからん。
ファラは結局どっちなんだ?
本人も適当に聞き流せとか言ってたから、参考にはするなと言うことか?
「それで、どうすんの?」
キーリカがオレ自身に早く答えを出せと急かす。
状況は刻一刻と変化する。
こうして迷っている間にも、誰かにとっては事態は良い方向にも悪い方向にも進もうとしている。
オレ達が動いたら、その方向はどちらに転ぶのだろうか?
わからない。
わからないので……。
「行こう」
とりあえずは行動してみよう。
他人がどうこうより、オレ達自身にとって良い方向に進むように。
「あいよ」
オレの決断に、ファラは軽い調子で返事をする。
「マスターの望まれるがままに。マスターの進む道が、ワタシの進む道でもありますから」
ルシスが、オレは間違ってないと励ますように隣に立ち並び、オレの右手を握る。
オレはそんなルシスに感謝するように、その手を握り返した。
「んじゃサクッと行ってサクッと帰ろ」
まるで近場の散歩に行くような気軽さで、キーリカがオレの空いている方の左腕に絡みつく。
あの~キーリカさん、ヒジに胸が当たってるんですけど……。
いや睨む相手を間違えてるぞルシス! オレじゃなくてキーリカを睨め!
ファラ、助け……ちょ、さっさと一人で先行するなよ!?
そこには残骸しかなかった。
柵やテントは燃え落ち、人間の肉片らしき物体と血が地面に無造作に飛び散っていた。
そこに生きた人間は三人しかいなかった。
内二人は無傷で、一人は虫の息だ。
あと少しで、生きた人間は二人に減るだろう。
瀕死の状態である男……アースガルズ王国、王国守護騎士団団長メイゼルスは、無傷の二人の内の一人、『剣神』トゥアラに膝枕されていた。
敵対関係にある二人は、まるで長年の戦友を看取るような状態にあった。
あくまで、客観的には。
「化け……物が!さっさ……と、ころせ!!」
実際は膝枕されているメイゼルスは憎々しいだけの存在、トゥアラを睨んでいた。
ただ睨むことしか出来ない。
体に力が入らないのも理由ではあるが、それ以前にメイゼルスの四肢は本人から遠く離れた位置に投げ捨てられているからだ。
メイゼルスの両腕、両足を力任せに引き千切り、ゴミのように捨てたのは見上げる形にある美少女が笑いながらやった。そしてわざわざ止血し、今は膝枕までしている。
メイゼルスの最後をじっくりと見届けるように。
おぞましく、鳥肌がたち、体が震えるメイゼルスだが、気丈にも弱音は吐かない。
その様子が、トゥアラをますます楽しめる事になるとは知らずに。
見苦しく、喚き散らし、泣き叫びながら命乞いすればトゥアラは要求どおりにさっさと殺してくれただろうが……心折れないメイゼルスはまだトゥアラを楽しませているので要求は却下される。
そんなトゥアラを、腹心の部下であるメルレガはニヤニヤして見つめる。
自分の主の残酷さ、嗜虐性を楽しむように。
「辛い?苦しい?痛い?まだ諦めちゃダメだよ?」
憎悪が宿るメイゼルスの視線など気にもせずに、トゥアラは優しく語りかける。 まるで母親のように励まし、恋人のように気遣うその光景は事実を知る者からしてみれば異様にして異常。
その異常性に、さすがのメイゼルスにも限界が訪れようとしている。
怒りはやがて消え去り、残るのは恐怖のみ。
トゥアラはメイゼルスの目から憎悪が消え、代わりに恐れるようなモノに変化した直後に今日一番の笑顔をメイゼルスに向けた。
釣られるように、ぎこちなく笑うメイゼルスの喉を切り裂くトゥアラ。
メイゼルスは目を限界まで見開き、口をパクパクさせている。
トゥアラはその様子をじっくりと見つめている。
大量の血飛沫が飛び散るのにも構うことなく。
抵抗などもとより出来ないメイゼルスは、ただただ口をパクパクさせるだけしか出来ず……そして遂にその動きすら不意に止まる。
呼吸が止まると同時に、メイゼルスの吹き散る血液の勢いも弱まり、ただ地面に流れ落ちる。
離れて立っていたメルレガの足元にもメイゼルスの血が飛んでいたが、さほど汚れてはいない。
だがトゥアラと、死体になったメイゼルスは全身が真っ赤に染まっていた。
膝枕していた為に、至近距離にいたトゥアラの全身は返り血塗れ。
だがそんな汚れを気にする風もなく、トゥアラは立ち上がる。
その際にメイゼルスの頭が地面にゴトンと転がり落ちるが、一瞥すらしない。
先ほどまでのトゥアラの優しさなどまるで幻だったようなその扱いに、しかしメルレガは何も言わない。
アレはもはやただの肉の塊。
トゥアラ様を楽しませることなど出来ない、ただの物。
メルレガの目が明確にそう物語っていた。
「これで王国のS級が一人減ったね。ラーズは動くかな~?」
「動かない……というよりも動けないと思いますよ?何せ王都には《魔神》が直に乗り込みましたから」
王国関係者が聞けば絶句するような情報を、メルレガは世間話のような気軽さで口にした。
「そうなの?」
「はい。何でも王都で《魔神》の意中の相手が発見されたとの報告が《不死神》からあって。嬉しそうにスキップしながら行きましたよ」
「へぇ、なら確かに動けないかもね。ならこれで王国の戦線も崩壊確定かな?」
「一応まだ狼王騎士団が残ってますが、守備特化した守護騎士団が壊滅したんで立て直せないでしょうから……ほぼ確定ですね」
メルレガの意見に、トゥアラは実に残念そうに呟く。
「もうちょっと長引くかと思ってたのに……つまんないの~」
「『剣鬼』が介入するまでは王都以外を蹂躙しながら暇を潰しますか?」
「そうだね~……。その前に、待ち望んでいた人と再会するみたいだから、それ次第かな?」
血塗れ状態のまま、トゥアラはある方向に視線を向ける。
やや遅れてメルレガもそちらの方角からの接近者に気付く。人影。
数は四。
内二人はメルレガの見知った顔。
その一人には個人的に借りがあるので自然と殺気が溢れ出す。
「どしたのメルレガ?急にやる気になったみたいだけど」
「トゥアラ様、お願いがあります。あそこにいる銀髪眼鏡女を、殺させて下さい」
普段はワガママを言わない腹心の部下に、トゥアラは喜んだ。
なので喜んで許可する。
「いいよ、やっちゃえ。ただ、あの赤髪の男だけには手を出しちゃダメだよ。アレだけはダメ」
「なら残る二人を手の空いてる奴等に任せていいですか?個人的にはあの銀髪眼鏡女とサシで戦いたいので」
「メルレガにしては珍しくワガママで、夢中だね?いいよ、残る二人には適当な奴等を割り当てておくよ」
「ありがとうございます!」
主に心からの感謝を言い残し、メルレガは獣のように駆け出す。
目指す先には銀髪の女。
他には一切、目もくれず。
「もう!合図もなしに勝手なんだから……。メルレガの要望どおり、銀髪女と赤髪男以外の足止めをしてあげてね」
トゥアラの命令を受諾したように、トゥアラの影から複数の影が浮かび上がり、メルレガの後に続く。
やや遅れた形になったが、問題はないだろうと結論ずけたトゥアラは、目当ての人物にターゲットロックオン。
それに気付いたように、赤髪の男がトゥアラを見つめる。
目と目が合った。
「久しぶり、カイン」
距離は遠く離れているのに、確かにその言葉が聞こえた。
「久しぶり、カイン」と。
その瞬間、オレの心臓がはねた。
アレは……アイツは…………。
「………ア…ベル?」
確信など欠片もないのに、オレは無意識にそう呟いた。
実の弟の名前を、数年ぶりに。
徒歩でおよそ十歩分の距離にまで近付いてきた少女に、弟の面影などまったくない。
皆無と断言していいほどに。
だが、少女自身がオレは間違ってないと肯定した。
「元気そうで何よりだよ、カイン。あ、それともお兄ちゃんって呼んだ方がいいかな?」
ふざけるなと怒鳴りたかったが、何も言えない。
何も思い浮かばない。
いや一つだけあった。
「お前……生きてたのか?」
「いきなりご挨拶だね~。あ、もしかしてホトの言葉を信じたの?今更だけどホトの言うことはあまり真に受けない方がいいよ~。大半が虚言だから」
……そうか。
奴の言葉は虚言か。 アベル、お前は生きてたんだな。
『剣神』になって。 見た目すら変えて。 能天気に。
……ふざけるなよ!お前は……!
お前だけはオレが殺す!
オレのこの手で!!
「赤帝覇刃!!」
即座に具現化した聖剣が、赤々と燃え上がる。
オレの怒りを体現するように。
そんなオレの何が可笑しいのか、トゥアラが笑う。
声を上げて、ゲラゲラと。
殺す。
もはや言葉など不要、必要ない。
一息でトゥアラの間合いを縮めんと魔素を展開せんとした、まさにその矢先。
聞き覚えのない女の叫び声が、上空から辺り一面に響き渡る。
「キターーーーーーーーーーーーーーー!!」
何が来たのだろうか?
突然の闖入者に、全員の視線が上空のある一点に集中した。そこにいたのは全身を黒のローブに身を包んだ怪しげな女が一人。
まったく見覚えのない女だが、それはどうやらオレとキーリカだけらしい。
他の面々は何か心当たりがあるのか、各々の反応はバラバラ。
トゥアラは呆れ、メルレガは苛立っている。
対してファラとルシスの二人は険しい表情を浮かべている。おいおい、二人がしかめっ面するほどの女なのか、アレは?
「何であいつがここに?ホトはアレの手綱を放棄したのかな?」
トゥアラの呟きから判断してアレはホトの関係者か?
道理で変人そうな雰囲気を醸し出してると思った。
「誰だ、あの空気読めない馬鹿は?」
白ける……とまではいかないが、何だかやる気が削がれた。 それはトゥアラ……アベルも同じなのだろう、好戦的で挑発的な笑みはなくなっていた。
「カインは知らないんだ?アレはああ見えても三大魔剣使の一人、『大魔女』マレフィキウムだよ」
……風にたなびくローブをまとうあの女が悪名高き『大魔女』?
「誰かあいつの相手をしてやってくれ」
オレの提案に答えてくれる奴は、しかし誰一人としていなかった。
どうすんだよ、アレ?
大魔女登場!次話はマレフィキウム視点です。




