六十七・五話
ヴェルガードの過去には色々と引き出しが多いです。
今より一回りは小柄だった少年時代のヴェルガードは、齢十二にして高位剣使の仲間入りを果たしていた。
年の割りにその異常な強さは、少年をいち早く自立させることが出来たほどに。
一人で生きる、というのは中々に難しい。
十二才の少年ともなれば尚のこと。
しかしヴェルガードは日々を逞しく生きていた。
あの生まれ育った閉鎖的で陰鬱な村から出れて心の底から清々していたのだ。
自分を異常者のように扱い、道具扱いする村人を思い出すだけで少年の心は荒む。
いっそうのこと、欠片程度しかない前世の記憶の中の自分のように暴れまわるかとすら思考するほどに。
「どうせこの世界に執着もないし」
一人で『鬼神大戦』を再現しようかと半ば以上本気で検討しながら、財宝が眠るといわれる地下遺跡を探索するヴェルガード。
もちろん連れなどいない、単独で。
中身はともかく外見は少年のヴェルガードと組む物好きな大人はいなかったし、かといって高位剣使であるヴェルガードと対等な同年代もいないのだからパーティーなど無縁。
少年にとってソロは必然だったのだ。
誰よりも他人と接しなくてはいけないはずの魂はあまりにも……悲しいくらいに孤高だった。
「むっ……こいつらがいるなんて情報はなかったはずだが」
遺跡探索途中でヴェルガードの足は止まる。
隠すつもりのない、敵意を感じたからだ。
「ぐきゃきやきき!」
耳障りな奇声をあげて敵意を向けるその正体は『剣精』。
その数、三体。
普通の少年、いや大人でも一人の時に出会ったなら絶望する状況。
しかし、ヴェルガードは高位剣使。
一般人が絶望する状況など、アクビしながらでも切り抜けられる。
ヴェルガード気だるげに抜く刀は聖剣でもなく魔剣でもない。
どちらにも属さない『剣鬼』専用武器、妖刀を目にした『剣精』が本能的に後退る。
「あの情報屋め、いい加減なネタをつかませやがって……ガキだからってナメられたか?」
『剣精』など敵ではないとばかりにヴェルガードの意識は別の方向に飛んでいた。
おもしろくないのは敵ではないと認識された『剣精』だ。
あまりにも油断した少年の態度に、捕食者のプライドが傷ついた。
「くげききいかァ」
「はししらあァァ」
人間にはまったく理解出来ない言語で意志疎通している『剣精』を、ヴェルガードは冷めた目で見つめる。
「駄弁ってないでさっさとかかってこいよ」
挑発するように手招きしたヴェルガードに、三体の『剣精』が同時に襲いかかる!
綿密な計画をたてた連携……とはいかないまでも形にはなっている動きに、ヴェルガードは感心した。
「だからどうしたってレベルだが」
刀を一閃。
それだけで三体の『剣精』が血を噴出させ、不様に倒れ伏す。
まさに一瞬の出来事。
まさに瞬殺。
十二才にしてこの境地なら驕り高ぶるのも無理はないほどの強さだった。
先ほどの静寂を取り戻した地下遺跡の探索を続行しようとしたヴェルガードだが、三歩ほど進んで不意にその足を止める。
さっきみたいに敵意を感じたからではない、理由としては何となくという感覚で自然と足が止まったのだ。
「誰だ?」
ヴェルガード本人も本当に自分以外の誰かがいるのか自信がもてないレベルだったので、問う声もさほど大きくはない。
「何だ気付かれたのか?勘がいい奴だな」
しかし返答は、はっきりとあった。
しかもヴェルガードに気付かれた事に対して驚きもない様子。
つまりは本気で隠れるつもりなどなく且つ、敵対しても勝てる絶対の自信があるのだろう。
そうでなければこんな助けなど望めない地下遺跡という場所で、逃げずに姿を現すはずがない。
ヴェルガードの警戒レベルは一段階上昇、腰をおとして刀を構えた。
「臨戦態勢バッチリだな、手間が省けて何よりだ」
対して姿を現したのは気だるそうに佇む男。
やる気は欠片も感じず、しかも未だに素手だ。
剣を具現化する気配すら感じないその人物に、ヴェルガードは訝しむ。
発言からして眼前の男はこちらと戦う気なのだと認識。
だがとてもそうは見えない無防備さだ。 言動と行動が一致してない男は、ふらりと動いた。
そうまるで風に流された紙のように力無く。
次の瞬間にはヴェルガードとの間合いは皆無だった。
まさに目と鼻の先を体現する距離に、男は立っていたのだ。一瞬の出来事に絶句するヴェルガードを見下ろす男……最初の『剣神』にして最強の『剣神』セトは、少年に静かに語りかけた。
「お前が『鬼神』の生まれ変わりか?」
ヴェルガードの鼓動が今日一番で、はねあがる。
何故知っている?
何者だ、いやこいつは何だ?
ヴェルガードの脳内をあらゆる言葉が行き交う。
だがそのどれもが意味のないものばかり。
まるで思考がまとまらないヴェルガードは、セトの問いに答えられなかった。
「黙秘か。なら口ではなく体に直接聞くとしよう」
明確に、はっきりとこれから何をするかを言葉にしたセトは行動に移った。
拳と蹴りが断続的にヴェルガードの体の至るところに放たれる。
臓器という臓器、一部の急所を除きあらゆる部位を殴り、蹴られたヴェルガードは一分と経たずにボコボコにされ、地面に崩れ落ちた。
あまりにも一方的な展開に、悔しがる暇すら与えられなかったヴェルガードはただひたすらに戦慄し、恐怖した。
素手で佇む、気だるげな青年を。
「ふむ?やはり年齢を考慮しても丈夫だし、回復力も速いか。ビンゴだな」
確信したように一人勝手に納得しているセトは、大の字で寝転がるヴェルガードの顔を覗きこむ。
直に体に叩きこまれた痛みと恐怖でビクッとしたヴェルガードを、しかしセトは興味津々で見つめる。
「『鬼神』の生まれ変わりくん、君はいま何才だ?」
「………じゅ、十二…………!」
何とか震える舌を全力で動かし、返答したヴェルガードにセトは「へえ、つい最近だなぁ」と呟く。
「名前は?」
「ヴェ、ヴェルガード…」
「前世と同じ名前かい?本当に親からその名前を?きみ、今世では人間でしょ?」
「今世の……な、名前は……捨てた…………」
「………色々訳ありみたいだな」
正直に答えるヴェルガードに嘘はないと見破ったセトは、少し離れた位置にある階段に腰かけた。
一方のヴェルガードは立ち上がる気力すらなく、寝転がったままだ。
上半身すら起こすことに億劫らしく、ピクリとも動かない、いや動けない。
そんな様子を静かに見つめるセトは、やがて大きなため息を一つ吐く。
「相手が『鬼神』の生まれ変わりじゃなかったら幼児虐待だな」
今更な事を口にするセトだが、あいにくツッコミ役は不在なので返ってくるのは沈黙のみ。
やや虚しくなってきたセトは、立ち去ろうと腰をあげた。
無論、ヴェルガードは無視。
だが思い直したかのように倒れているヴェルガードを持ち上げた。
「ヴェルガード」
初めてセトに名を呼ばれた少年は、わずかに身動ぎした。
ヴェルガードに聞こえているかどうかなど関係なく、セトは続ける。
「強制はしないが共に旅する連れを捜せ。これからの人生、孤独は何より骨身にしみて、キツイぞ。経験者が語るんだから間違いない」
含蓄のあるセトの言葉を最後に、ヴェルガードの意識は一度暗転。
「『鬼神』がどんなもんかと試しに来たが……まんまガキだな。孤高やら孤独がカッコイイとか勘違いしてるんじゃないだろうな、コイツ?将来が心配だ」
らしくない事をのたまっているセトだが、翌日にはキレイさっぱり忘れている。ヴェルガードを肩に担ぎ上げたまま、セトは地下遺跡の出入口まで歩いた。
その出入口には小さな人影が一つ。
「ふええええ、やっとセトが帰ってきたーーー!」
出迎えたのは甲高い少女の泣き声。
目には涙をためて、いつ流れ出さんかとヒヤヒヤする光景。もちろん、セトはその涙にすら無関心だったが。
「やかましいぞリナリー。待つのが嫌なら帰れと言ったはずだが?」
外見十才程度の、ヴェルガードよりなお小さい体の少女リナリーを相手に邪険にするセトの姿はまさに鬼畜外道。だが少女は慣れているのか、「ひどいよーー」とぐずりながらもセトの腰あたりに抱きつく。二人の身長差はそれほどまでに離れていた。
「ウザイ、暑苦しい、抱きつくな」
拒絶するセトだが、少女は一向に離れない。
むしろ抱きつく力が増強した。
「こんな場所に少女を放置していくなんてセトに良心はないの?」
「少女?どこに?僕の前には百年単位ですら見た目が変わらない幼女ババアしかいないぞ?」
「ふええええええセトが虐めるーー!!」
「いい年したババアが泣くなよ。恥ずかしくないのか?」
「ババアじゃないもーーーーん!!」
「いい加減に黙れ」
スパンといい快音を響かせたセトの叩きに、少女がまたも叫ぶ。
「これで『七欲』最古参なんて……ほら簡単に泣くな。他の『七欲』メンバーに対する威厳とか尊厳はないのか?」
「そんなのないよーーーー!」
「堂々と否定するな。あと本気で黙れ。このガキが起きるだろ」
「あれ?その子は誰?また新しいセトの子供?」
「んなわけあるか」
少女の天然ボケに思わずセトはツッコンだ。
「でもセトは地下遺跡に一人で入ったよね?捨て子?拾ってきたの?」
「僕がホイホイ気軽に子供を持ち帰る人間に見えるか?」
「ううん、みえない。人間には」
「そっちかよ」
第三者からすれば漫才にしか見えない二人のやり取りだが、これが通常通りなのだ、この二人にとっては。
「でも……この子ふつうじゃないね。すごく嫌な感覚だし、すごく強いし、すごく……寂しそう」
「やはりお前にもわかるか?このガキは『鬼神』の生まれ変わりだ」
「この子が!!?」
心底びっくりした少女に、セトは頷く。
「あぁ、正真正銘の、な。それを確かめる為にこんな場所にまで来たんだが、無駄にはならなかった」
「すごいねーー!本物!?『鬼神』ヴェルガードの本物!?」
「あぁ、だから落ちつけ、そして黙れ」
「でもこの子全身ボコボコの痣だらけ……相変わらず鬼畜だねセトは」
「やかましい。素直に口を割らなかったから体に直で聞いたまでだ。結論としてコイツは間違いなく『鬼神』の生まれ変わりだよ」
「それでどうするのこの子?あくまで半殺しにとどめたからには何かに利用するの?」
「いや、深くは考えずにここまで担いできたが……近場の適当な街に放りこんでいくか」
「セト無責任ーーーーー!」
「一々そこまで面倒みれるか。それに起きた直後に僕がいたらコイツも落ち着かないだろ」
「もっともらしい事を言ってるけどやっぱり無責任ーーー!!」
「わかった、わかりましたよ。宿の手配くらいはしてやるよ」
「セトや~さしい♪」
「うるさい」
こうして気絶したままのヴェルガードを担いで近場の街の宿屋に預けたセトは「あー疲れた」と口にしながら去ろうとした。
「おや、お客さんの小さいお連れさんは大丈夫なのかい?全身痣だらけだったけど」
だがあえなく宿の女将さんにつかまった。
「あー見た目ほど深刻じゃないから大丈夫だ」
まさか自分がその犯人だとは、さすがに空気読めないセトでも言えない。
「まったくあんな子供をあそこまで痛めつけるなんて……ヒドイ人間がいたもんだよ」
「そうだな、まったくだ」
セトの完全な棒読みに、しかし女将は気付かない。
「じゃあ女将さん、あの子を頼んだよ」
長居をするとボロが出そうなので、セトはそそくさと立ち去る。
「あいよ、宿泊費は一週間分いただいてるから任せなよ。見知らぬ子供によくもまぁここまでするもんだ、感心するよ」
「縁あっての出会いだ」
それを最後に言い残し、セトは宿を出ていった。
「セトーー、これからどうするの?」
宿屋の外で待っていたリナリーと合流したセトは
「我が家に帰る」
と短く告げた。
「ならシキロ達にお土産買って帰ろうよ」
「好きにしろ、土産選びはお前に任せる」
嬉々として喋るリナリーに、セトは投げやりに応答しながら、二人は街の雑踏に消えていく。
後日、目を覚ましたヴェルガードは意識を失う前にセトが語った言葉を反芻する。
「誰かと共に、か。それが出来てたら苦労してないさ」
痛む身体を引きずるように、ヴェルガードは外に向かう。
この数時間後に、ヴェルガードはある人物と出会う。
これから十年以上、苦楽を共にするであろう忠臣と。
今はまだ知らない。
セトも引き出しが多いのでまた別の機会に番外編で書く予定です。




