六十・五話
爆発。
爆風。
炎上。
赤と黒のみの色で染まる室内。
だが部屋の主である人物はと言えば…。
「目覚めた途端にこれか~。眠り姫は寝起きが悪かったようだな」
暢気に呟いていた。
「キーリカ様、アレを拾ってきたのは貴方なのですからどうにかして下さい」
自身の腹心たる道雪の苦言にやれやれとため息を吐きつつ、騒動の中心たる眠り姫を見つめるキーリカ。
そこにいるのは紅蓮の炎をまとうショートカットの美女。
見るからに機嫌が悪そうなのは誰の目から見ても明らかだ。だがそれに構うことなくキーリカは美女の神経を逆撫でするように軽口をたたく。
「我々は知らず知らずの間に粗相をしでかしてしまったのかな、お姫様?」
中性的で色気も漂うキーリカを前にすれば普通の女なら黄色い悲鳴をあげそうだが、残念ながら怒り狂う美女……ファラは気にも止めない。
「目覚めた途端、すぐ目の前に『剣鬼』がいたんだ。とりあえず吹き飛ばすのが世間一般の当たり前の反応だ」
「物騒な思考だ。こうやって会話できるんだからもっと平和的に語り合えないか?こちらは危害をくわえる気は……」
「うるさい黙れ喋るな」
「……やれやれ、あのジイさん達以上に厄介だな」
「キーリカ様、何らかの手をうたなければ城が半壊しそうな勢いです」
道雪の忠言は至極真っ当だ。
このままあの美女に暴れ回られたら被害がデカくなるのは明白。
「ふむ、ならガス抜きして落ち着いてもらうか。道雪、援護しろ」
「キーリカ様だけでは手に余りますか?」
「解りきった事を確認するな。あれは単独で抑えきれるお姫様じゃない」
怒り溢れる雰囲気のファラに、道雪の背中に嫌な汗が流れる。
「……確かに、アレを単独で相手にしたくはないですね。『刀刃解放』の使用は?」
「もちろん許可する。というかさっさとしろ」
「承知」
主たるキーリカと腹心たる道雪は速やかに『刀刃解放』を実行、鬼甲状態で尋常じゃない怒気をまとうファラに相対する。
「……こんな所で…………グズグズしてる暇はないんだ……………………」
轟!!!
怒気が目に見える形で周囲を圧巻する。 そのあり得ないまでの圧迫感に、『八鬼衆』である道雪はおろか、『鬼王』の一角たるキーリカすらをも焦らすほどだった。
「こりゃあ洒落にならんな……。我ながらとんでもないのを拾ってきてしまったもんだ」
軽口をたたいてはいるがその表情はやや強張っている。こんなキーリカを見たのは、長年の付き合いである道雪も初めての事だった。
それほどまでにこの女は強いのだと改めて思い知らされる。
「道雪、正面から突っ込め」
「……素敵で簡潔な命令ですね。稼いだ貴重な時間は有意義に使っていただけるんですか?」
「無論だ。千金に値する時間をもってあの憤怒状態のお姫様を鎮圧してやる。だから気にすることなく安心して突撃しろ」
躊躇うことなく非情な命令を下すキーリカに、しかし道雪は笑った。
「なるほど、ならば安心して囮に専念できますね」
「……いいか、隙をつくる必要はない。あくまで防御に専念しろ、いいな」
「そんな高望みはしませんし、しないでください。いくら鬼甲状態でもアレ相手に何撃もつか、わかりませんから」
「だろうな。まぁ腕や足の一本くらいはくれてやる覚悟はしておけ」
「承知。もちろんキーリカ様も同様のお覚悟はできてますよね?」
「当たり前だろ」
「愚問でしたね」
「だが命までやる必要はない。無理だと判断したらすぐに退け」
「今すぐ退きたいです」
「最低でも三撃は受け持て。それ以降は好きにしろ」
キーリカは平然と指示しているし、声音も普段と変わらない。だが求める内容は非常にシビアだ。
(つまり三撃は死んでも耐えろって事ですか)
難度が高い命令内容。
しかしそれを拒否する気など道雪にはサラサラない。
むしろ嬉々として従う。
唯一の主と認めたキーリカがそれを願うのだ、否定など論外、例えそれがどんなに困難な任務だろうと為し遂げてみせる。
「では……参ります!」
頭部を両腕で守るように交差させ道雪は真正面から突っ込む。
気分は怒れる龍の口に自ら特攻するかのようなヤケクソ感が否めないが、覚悟はとうに出来ている。 ならば後は結果をだすのみ。
「属性剣技、火落」
だが容易には近付かせないとばかりにファラの剣技が発動。直後に両腕にすさまじい衝撃と圧倒的な熱量が骨身にまでしみる!
鬼甲状態だというのにこの貫通したかのような痛覚に、しかし道雪は歯をくいしばり耐える。
(まだだ…!最低ノルマはまだあと二発ある!!)
当初の勢いは衰えた道雪だが、止まりはしない。
爆煙を突っ切ってくる道雪に、ファラは再度剣技を発動。
命中。爆発。爆煙。二撃目を、道雪は見事に耐えた。
だがすでに両腕はボロボロで鬼甲はすでに剥がれていた。
ノルマはあと一撃。 しかしそれを生身で受ける事は避けられそうになかった。
(両腕は諦める、か)
即座にそう割り切った道雪の動きに迷いはなかった。
三度目の爆発が道雪を襲う。
もはや腕がバラバラになった気さえする道雪に、感覚はない。
痛みなど、とっくに通りこしてただひたすらに熱いとしか感じない。
それでも、道雪はやり遂げたのだ。
(最低限のノルマは達成。だがキーリカ様の準備がまだ整っていないならまだ退くわけにはいかない!)
最悪の事態を想定して動く道雪は依然止まることなく前進。
「任務ご苦労、あとはゆっくり休め」
だがその必要はないのだと、主たるキーリカの労いの言葉を聞いて道雪は確信した。
「!?…ちぃ!!」
道雪を盾として無傷で間合いを詰めたキーリカが『剣鬼』のお家芸である超近接距離戦に持ち込んだ。
剣技を発動するにはあまりにも近すぎる間合いに、ファラが二の足をふむ。
その隙を見逃すほど、キーリカは甘くない。
怒涛の勢いでファラを圧倒、その勢いにファラはひたすらに防戦一方に追い込まれた。
鬼甲状態であるキーリカは防御など二の次でひたすらに攻め続けた。
斬り、払い、突き、更には拳と蹴りを織り混ぜて休む暇を与えなかった。
キーリカの途絶えることなきラッシュの連続に、ようやくファラの動きが鈍った。イケる!
そう確信したのは決してキーリカだけではなかった。
客観的に見ていた道雪すらもそう思った。
事実、キーリカの一撃は遂にファラをとらえ、直撃した。
ファラの腹部に深々と拳がめりこむ。
(終わりだ)
誰もがそう結論した。
紅蓮の美女……ファラ以外は。
「……!!?まずい!!」
気付いた時にはすでに遅かった。
「属性剣技、炎天煉火」
術者自身をも含めた超広範囲にわたる火属性の高位剣技が発動。
この日、『剣鬼』の居城の一部は修復不可能なほどにまで破壊され、留守役であったキーリカは軽くない怪我を負った。
詳しい原因はキーリカと道雪によって情報は遮断。
だが、それ以降……稀にではあるが紅髪の美女が城内を歩いている姿を、幾人もの『剣鬼兵』が目撃しているとの報告あり。
その側には常にキーリカがいた為、誰も口にはしなかったが主の新しい恋人と判断し、美女に関わるのは厳禁だと極めて自然に暗黙のルールが設定された。
これによってファラと『剣鬼兵』の間には一定の距離感が常にあり、紅髪の美女の情報は隠匿されていく。まるでそんな存在はいないのだというように、美女の存在はないものとされる。
とある人物達が『鬼界』へと足を踏み入れるその時まで……。
カインサイドとファラサイドは若干時系列が違いますけど徐々にそこら辺は調整しますのであしからず。次話はVS『七欲』戦開始です。




