鬼神ヴェルガードその1
長くなるので二話構成にします。
二千年前……数万の『剣鬼』を率いて『剣龍』とロードギアの管理権限を争い合った『鬼神』ヴェルガード。
苛烈にして残忍な外面と内面は見事に一致し、まるでこの世の憎悪を形にしたかのように、人間はおろか龍にさえ思わせるほどだった。
しかしそんな圧倒的な力をもつ『鬼神』にも、死は平等に訪れる。
幾多の龍を滅した『鬼神』は『剣龍』の族長たる『龍神』と激闘を繰り広げ、結果的には相討ちでその生を終えた。
『鬼神』は死の間際に何を思いながら死んだのだろうか?
それは当の本人にしかわからない。
いや、むしろ正確に言えばその本人さえ覚えてないのだから誰にもわからない。
少なくとも『鬼神』の生まれ変わりである現在のヴェルガードは当時の事などあまり覚えてはいない。
あの大戦で何を思い、考え、行動したのかを……。
だがそんな事はもはやどうでもいいとさえヴェルガードは思えていた。
アレが帰ってくるまでは……。
バルト大陸から遠く離れた別大陸に『剣鬼』の大軍が突如として出現、別大陸にある国々を蹂躙していった。
誰も望まぬ帰還。
災厄そのもの。
かつて過去の自分が率いた軍勢は、暴虐の限りを尽くした。
「まるで昔の自分の醜い一面を見せつけられてるような気がするな」
『剣鬼』帰還の一報から毎日、情報は嫌でもヴェルガードの耳に入ってきた。
今日は難攻不落の城塞が落ちた。今日は四つの都市が陥落した。
今日は一つの国が滅亡した。
……そんな気の滅入る話ばかり。
だが所詮は別大陸での出来事。
バルト大陸にいる人々にとっては遠い地での他人事、対岸の火事に過ぎない。
しかし、今回ばかりは他人事では済まなかった。
ヴェルガードが旅路の途中で立ち寄った街は今、騒然としていた。
原因は街のど真ん中で暴れている存在のせいだ。
大抵の荒事なら街の警備兵が処理するのだが、今回ばかりは相手が悪かった。
暴れているのは酒に酔った暴漢の類いではなく、正気を保った化物なのだから。
無数に飛び交う街の住人の悲鳴や怒号に、しかし騒動の原因である化物は興味がないのか無視している。
何を見てるかも分からない虚ろな目をした化物は、目の前にある物をただ無差別に破壊していた。
「おい、警備兵は何をしてんだ!?さっさとあの化物を殺すなり止めるなりしろよ!!あのまま放っておいたら街が滅茶苦茶になっちまうぞ!!」
この街の住人らしき職人の男が近くの警備兵に掴みかかった。
だが警備兵もあんな化物相手にどうしていいのか分からないのだろう、涙目で必死に反論した。
「あんな化物は我々の手にも負えない!それよりもここから一刻も早く逃げてくれ!」
「おい!無駄口叩いてないで早く住民を避難させろ!!いつ奴がこっちに来るかわからないんだぞ!!」
「傭兵ギルドには連絡したのか!?」
「しました!ですがあの化物を相手にできる高位剣使は今この街にはいないそうです!」
「くそっ!!肝心な時につかえねぇな!」
切羽詰まった状況だけに避難を指示、誘導している警備兵にも余裕などあるはずもなく、一様に焦りの表情を浮かべていた。
いや警備兵だけではない、この街の住人や立ち寄った旅人、商人たち全員がそうだ。
だが……一人だけ平静を保ったままの人物がいた。
「若、早く逃げて下さい!」
その人物の付き人らしき男が、周りほどではないが少し焦った表情で避難を促す。
「落ち着け。アレはこっちに興味の欠片もない。直接的に接触しなければ何もしてこんよ」
見た目は少年のような小柄な人物……誰であろうヴェルガードがどこか達観したように、旅のお供たる忠臣に説明する……が。
「物事に絶対はありませんぞ!若に何かあってからでは遅すぎます!」
忠臣も簡単には引かない。
これも主人を想う忠義あっての行動だが、少しばかり過保護すぎるのではないかと思える対応だ。
だからと言ってそれが存外、悪くはないなとヴェルガードは感じていた。
自分の身を案じてくれる、心配してくれる存在がいるのはいいものだと。
『鬼神』の時にはそんな存在はいなかった。
慕う者は無数にいたが、心配などされた事は一度もない。
何せ無敵の『鬼神』だったのだから。
「だがどうにも現状ではワシが動くしか、アレ……『剣鬼』は止められんぞ?」
無心で暴れる化物……今世のヴェルガードは初めて見たが間違いない。
アレは『剣鬼』だ。 二千年前、ヴェルガードが率いていた強兵。
姿形は人間に非常に近いが、ただ決定的に違う目の色だけは誤魔化しようがない。
「アレが噂に聞く『剣鬼』という奴ですか?今は別大陸にしかいないはずでは……」
「さて、アレがただのはぐれ『剣鬼』か、それとも何らかの目的をもって行動している兵隊なのかは知らんが間違いなく『剣鬼』だ。あの黄色い目は二千年たとうが忘れはせん。いや……むしろ忘れられるはずがない」
「若……。こう言っては何ですが、今世の若にはもはや『剣鬼』など無関係。『鬼神』は既に死滅したのです、無理に関わるべきではありませんぞ」
どこか痛々しく見えたヴェルガードに忠臣は優しく諭した。
だが自分の主たるこの人物が次に何を言って、どう動くのかを薄々わかってはいた。
「二千年前のケジメとやらには、ワシも関心はない。だが今現在ワシにどうにか出来る物事があるなら、率先して動くべきだ。……ジイ、今はその時だ」
少年のような小柄な体格のヴェルガードは、避難する人々の波にしかし力強く逆行していく。
無数の人間の波に押し潰されることもなく、飲み込まれることもなく、ただヴェルガードは進む。
街を破壊し、暴れ回る『剣鬼』に向かって。
一人突き進む。
「やはりこうなったか……。致し方ない、どこまでもお供しますぞ。決して貴方を一人にはさせない為に」
忠臣がやや遅れてヴェルガードに続く。 混乱の源である『剣鬼』が暴れる中央広場に向かって。
十郎太は暴れていた。
目的などなく、ただ目の前の物を壊すだけの為に。
そうしなければ自我が保てないとばかりに、無心で壊す。
不意に十郎太の景色が反転した。
視界は瓦礫しか映っていなかったのに、今は青空が広がっている。
数秒間、何が起きたかをまったく認識出来なかった。
だが遅れてやってきた痛覚で、ようやく自分は誰かに吹き飛ばされたのだと理解した。
そう、頭では理解した。
だが体は信じられないとばかりにピクリとも動かせなかった。
誰が?
どうやって?
いつやられたかも認識出来なかった事実に、十郎太は呆然とするしかない。
「さすがは腐っても『剣鬼』か。わりと本気で殴り飛ばしたのに軽傷とは」
十郎太を吹き飛ばした張本人たるヴェルガードはどこか感心したように呟いた。 その口調は場違いなほどに暢気だ。
「若、油断なさらないように」
一方の相方は緊張感をもって行動している。
このやり取りだけで二人の性格、関係が何となく分かる。
つまりは調子に乗りやすい主と、さりげなくサポートして手綱を握る部下だと。
「…………」
だがそんな事は十郎太にとってはどうでもよかった。
自分の邪魔をした=敵として認識するのみ。
まずはやられた分をやり返す為に、無言でヴェルガードに殴りかかる。
タイミング、速度、共に人間には決して避けられない攻撃はしかし、あっさりと回避された。
避けられるとは思っていなかった十郎太だが、なら追撃するだけだと即座に思考を切り替え次の攻撃モーションに移る。だが……。
「それはさすがに甘いだろ?」
間隙にヴェルガードのアッパーが炸裂! 顎からすさまじい衝撃を受け、十郎太の顔面を空へと強制的に仰がせる。
まるで首から上が吹っ飛んだような威力に、十郎太の意識が一秒にも満たないわずかな時間だが失われた。
「っつ…!?」
言葉にならない苦鳴を上げる十郎太。
一秒に満たない時間だが完全に意識を飛ばしてしまった。
たかが一秒、されど一秒。
命を賭けた実戦において一秒は致命的だ。
現に、たたらを踏んでいる十郎太をヴェルガードは容赦なく叩きのめさんと追撃してくる。
このまま圧倒されれば制圧されて終りだ。
かと言って今更避けられるタイミングでもない。
ならばどうするか?方法は一つだけ心当たりがある。
だが理性がそれを躊躇わせる。
しかしそれも一瞬だけ。
なるようになるだろう……半ばヤケになっていた十郎太はすぐにそれを実行した。
「『刀刃解放』」
『剣鬼』は『剣獣』との相性が良くない。
つまり、契約して聖剣・魔剣を手にする事が出来ない。
ならば何を武器としているのか?
答えは妖刀である。『剣鬼』はそれを武器として統一しており、聖剣・魔剣同様に等級も存在する。
『八鬼衆』である十郎太の手にする妖刀の等級は二級。
これは聖剣・魔剣に例えるならA級に匹敵するレベルである。『剣鬼』の中でも上位存在でもある『八鬼衆』の一人がたかだかA級と思えるかもしれないが、『剣鬼』はそもそも人間に比べて数倍上の身体能力をもっている。 そんな存在がA級相当に匹敵する武器を持てば、人間のA級剣使など相手にもならない。
文字通り、格が違う。
そして、そんな『剣鬼』たる彼らの妖刀には一つの切札がある。
聖剣・魔剣にはないその切札こそ『刀刃解放』である。
「『刀刃解放』が使えるとは……幹部クラスか?」
ヴェルガードが驚くのには理由がある。『刀刃解放』は確かに絶大な力を使用者に与えるが、生半可な者が使えば自滅さえあり得る諸刃の剣だ。
故に二千年前はヴェルガードを含め、『剣鬼』でも一部の幹部クラスしか自在に使いこなせなかった。
その『刀刃解放』を目の前で使われたのだ、ヴェルガードの警戒レベルは瞬時に数段階上げられた。
『刀刃解放』によって使用者の身体能力は急激に上昇する……わけではない。
ただ『剣鬼』限定の剣技が使用可能になるだけである。
これだけならばさほどの脅威には聞こえないかもしれないが、その剣技こそ『剣鬼』最強の剣技と言っても過言ではない。
「解放剣技、鬼甲」
接近戦を得意とする『剣鬼』らしい剣技、鬼甲。
それはただ皮膚を硬化するだけに過ぎない、が……その硬さが異常だった。
鬼甲はあらゆる攻撃を弾くとまで言われる程に。
だがそんな剣技にも一つの欠点があった。
硬化した皮膚がまるで意思をもったかのように、宿主たる『剣鬼』そのものを侵食するのだ。
まるでもっと戦えと言わんばかりに宿主の理性を削り、闘争本能を増大させていく剣技……だからこそ、この剣技を使える者はそれに抗える自制心を持たなければいけない。
だが二千年前の『剣鬼』の中でも鬼甲を使いこなせたのは極わずか。
使えるだけでも大した資質だが、『八鬼衆』たる十郎太でもやはりそれは荷が重すぎた。
現に今、体全体を覆う硬化した皮膚が黒く変色していく。
更には己以外は全部敵だと言わんばかりに、体の各所(額から始まり、肩・肘・膝等々)から角らしき物が生えていた。その姿形はまさに鬼そのもの。
この時点でヴェルガードは遅まきながらようやく気付いた。
「段階を踏まずに移行しすぎだ。完全に鬼甲に心奪われた忘我状態だな……未熟者め」
怒り半分、呆れ半分の心情で呟いたヴェルガードの言葉は当然、十郎太には聞こえていない。
いや聞こえていたとしても今の十郎太に理解能力は皆無なので意味をなさない。
「ぐぅ……っおオオァァァァイイ!!?」
現に鬼甲に飲み込まれまいと抵抗している十郎太だが、既に言葉にならない雄叫びを叫ぶくらいしか出来なくなっていた。
「若、これはどうなっているのですか?」
「知恵をもった人間が獣に退化したと思えばいい。ただし、色々とリミッターが外れていても悪知恵は働くぞ。ジイ、最大限に警戒しろ」
「はっ!」
ヴェルガードが刀を構えると同時に、忠臣は主たるヴェルガードの死角を補うように槍を構える。
「グぅゥ?」
それを然も不思議そうに見つめて首を傾げた十郎太に、すでに知性は欠片も感じられなかった。
次話は年内には書きたいなぁ~と思ってます。……期待しないで待ってて下さい。




