狭間トゥアラ
寒いです。寒すぎです。あまりの寒さに耐寒冷スキルが欲しいと切実に思えるくらいに。
皆様、帰宅してからの手洗い、うがいはしっかりしましょう。
風邪は辛いですから~。
『六剣神』の一人、《狭間》のトゥアラは偽名である。
いや、むしろ存在そのものを偽っている。
名前だけではなく性別、容姿、過去すらも全てを。
愛らしい外見だが中身は間違いなく化物だ。
剣使でもあった自身の父や母を躊躇うことなく斬殺し、何も感じなかったのだから。
いや、ただ一つだけ……失望感はあっただろう。
両親の弱さに。
トゥアラにとって弱者はどうでもいい存在だ。
興味がもてるのは強者のみ。
ゆえにトゥアラの配下に弱者はいない。 《魔神》や《不死神》と比べれば配下の数では劣っているかもしれないが、戦力的にはメルレガを筆頭にした強力な部下を擁している。
一人一人が一騎当千の強者揃いを心酔させるトゥアラは部下達にある一つの約束をしている。
その約束の内容は………世界の崩壊だ。
戦う相手がいなくなり次第、トゥアラは迷いもなくそれを実行する気である。
そんな破滅思考のトゥアラに今回、運悪く巻き込まれたのは同じ『剣神』たる《神壊》のラーズだ。
アースガルズ王国の王城にある一室は今現在、殺伐とした空間となっている。
その一室は王城内でも一番堅固な守りであるのだが……女王の私室には部屋の主たるラーズに無許可で侵入した人物がいた。
そんな不意の侵入者を至近距離で見下ろすラーズと、座して悠然と見上げる侵入者トゥアラ。
ラーズは近衛兵を呼ぶことなく、またトゥアラは部屋の主に挨拶もせずに互いに無言の時間が続く。しかしいつまでも微笑を浮かべているだけのトゥアラに、ラーズの方が先に口を開いた。
「何か用件があって来たんじゃないのか、トゥアラ?」
女王の声音は平坦ななものだったがそれが妙に恐く聞こえたのは気のせいではない。
そう誰もが分かる事だというのに、トゥアラは平然としている。
口元は未だに笑みを残して。
「……何かお前を楽しませる事を言ったかな?」
「ううん、ただ嬉しくてつい、ね」
「嬉しい?」
「うん、こうして貴女に直接会って話したのは二回目なのに私の名前を呼んでくれたよね?それが嬉しくて嬉しくてニヤけちゃった。ごめんね、気を悪くした?」
上目遣いで謝るトゥアラの姿はあまりにもわざとらしい。
だがそれをわかっていながら許してしまえるような愛嬌があるので始末が悪い。 常人ならこちら側が逆に悪いんじゃないかと感じてしまう程に。
だが常人ではないラーズに、そんな小細工は通用しない。
「……お前が謝るべきはそんな下らない事ではないだろ」
「貴女に対して他に何か謝る事なんかあったっけ?」
心底思い当たるフシがないとばかりに首を傾げたトゥアラに、ラーズの目がスゥと細まる。
「我が国のS級剣使に重傷を負わせ、その腹心たる部隊長を殺害。更には斬士部隊の分隊丸々一つが壊滅………全てお前の部下の所行だ」
「へぇ~そうなんだ~。ごめんね」
これっぽっちも誠意が込もっていないトゥアラの謝罪に、ラーズは具現化した『神剣』を躊躇いなく振り下ろした。
一秒前までトゥアラが座っていた立派な椅子は、綺麗に一刀両断。
縦に二等分された椅子が床に転がる。
「危なかった~。あと少し反応が遅れてたら真っ二つになってたよ~」
一秒にも満たない時間でラーズの背後へと逃れたトゥアラが、呑気に呟く内容とは裏腹にその危機感が全然伝わらない。ラーズはそれをあえて無視した。
「それだけじゃなく更には他国を煽動してまでこの国に戦争を仕掛けんとしているようだな?」
「それはホトの管轄だから私はノータッチだよ~」
「……別大陸で『剣鬼』が好き勝手にしているのもか?」
「それはレラフの管轄だよ~」
「ならば、お前自身は何をする?」
ラーズの、心の奥底から底冷えするような声音に、しかしトゥアラはまったく動じずに平然と答えた。
「貴女の暗殺」
トゥアラの斬撃が寸分違わずラーズの首をめがけて振り払われる。
高位剣使でも反応出来なかったであろう神速ともいえるそれを、しかしラーズは難なく防ぐ。
「さすが……」
「破壊剣技、断切」
賞賛するトゥアラの言葉を最後まで聞かずに、ラーズの剣技が襲いかかる!
不可視たる死の刃がトゥアラをバラバラに切断せんとするが、慌てず焦りもなくトゥアラは同じ剣技を発動。
不可視の刃と刃がぶつかり合い、甲高い音を残響させながら相殺した。
「さすが二番目の『剣神』だね。下位剣技なのにすごい威力だったよ~。でも私が相殺してなかったらこの部屋が跡形もなく吹き飛んでたよ?」
「……瞬時に同じ威力の剣技を発動しておいてよく言う。とても十代の小娘とは思えない魔素量だ」
「……何が言いたいのかな?」
「『剣神』になって数年とは思えない領域だ。……お前は本当に『剣神』か?」
ここに二人以外の第三者がいてもラーズがなにを言っているのか理解できなかっただろう。
これほどの力を持つ存在が果たして『剣神』以外だと言えるだろうか?
まるで意味のない問いかけ。
だがトゥアラはラーズが何を言わんとしているかを瞬時に悟った。
「へぇ……鋭いね。だてに五百年は生きていないって事かな?」
「……誰だってお前に会えば感じるだろうな。お前は存在そのものが歪だから」
「…………」
「自覚はあるようだな。それで……お前は何をする気だ?あの二人と組んで最終的に目指す先はどこに行き着く?」
クスクスッと笑うトゥアラは、だが何も答えない。
「……はっきり言うが別にお前たちが他国で何をしようともどうでもいいんだよ。経済方面では多少の損失はでるがさほど気にするものでもない。食料にしても自国で賄える範囲だ。この国さえ巻き込まなければ本当にどうでもいいんだが……言うだけ無駄か」
「貴女だけを傍観者にする気はサラサラないよ~。なんてたって私たち三人はあの《直刃》すら巻き込む手筈を整えているんだからね~」
《直刃》という単語にラーズが眉をひそめた。
その表情が言外に正気かと問うように。
「アレも巻き込むのか?アレは既に世捨て人でこの世界に興味も関心もないだろ」
「大丈夫、私たちの招待に《直刃》は喜んで表舞台に出てくれるから。楽しみにしててね~」
トゥアラの自信満々の発言を、しかしラーズは懐疑的にとらえていた。
あの《直刃》が嬉々として表舞台に出てくる……ラーズには予想出来ない展開だ。
そもそもアレは何をすれば喜ぶのかすら謎に包まれている。強敵と戦う事?
未知との出会い?
知的欲求の探究?
(どれも違うな。アレが自ら動くとするなら……この世界の枷を壊すことか?)
ラーズの心中を読むようにトゥアラはソレを告げる。
「始まりの龍を呼び起こすんだよ」
「……………………正気か?」
表面上はあくまで平静を装ったラーズだが、心中は穏やかではなかった。
五百年を生きてきたラーズは、滅多な事では動揺しない自信はあったが今のトゥアラの発言には驚愕した。
「あれ?あんまり驚いてくれないね~?」
「……驚いてるさ。あくまで表面上に出てないだけだ」
ラーズの反応を楽しみにしていたトゥアラはややガッカリしたようだが、ラーズには関係ない。
いや、むしろそんな事を気にしている余裕など皆無だ。
トゥアラがこうして誰彼構わず公言するからにはもはや準備は出来ているのだろう。
今更誰かが始まりの龍の目覚めを阻止せんと動こうが動くまいが、だ。
「まぁそれすらも前座にすぎないんだけどね~。メインゲストは更にスゴいのを用意してるんだから~」
「前座?メイン?」
トゥアラにしてみれば始まりの龍すらも脇役に過ぎないという考えに、さすがのラーズも険しい表情を隠せなくなってきた。
「それ以上の何を呼び起こす気だ?」
「それは秘密だよ~。だってその方がドキドキ二割増しでしょ?」
「そんなドキドキはいらん」
「つれないな~。じゃあヒントあげる。メインゲストは一人じゃないよ」
「……複数か。なおさら分からなくなってきたぞ」
「その時がくれば嫌でもわかるよ~。だから楽しみにしててね~。きっと盛大に盛り上がること、間違いなしだから~」
ニコニコと上機嫌に笑いながらトゥアラは女王の部屋を去っていく。
ラーズは制止することなく、トゥアラをそのまま行かせた。今この場で何をしようが《狭間》を行き交うトゥアラを捕まえる事はほぼ不可能なのを知っているから。
「……厄介な特性だな、《狭間》は」
一人呟いたラーズはしかしすぐに思い直したように首を左右にふる。
「いや『神剣』はどれも厄介な特性をもっているか。《直刃》、《神壊》、《魔神》、《不死神》、《狭間》……。さて、最後の『剣神』は何だ?あの三人に対抗できる特性か?いやそもそも三人が四人に増えると仮定しておくべきか?」
最悪の事態を念頭に置きつつ、今後どのような展開になっても対応できるように備えんと考えるラーズだが、この時点で既に確信に近い予感はあった。
誰もトゥアラ達を止めることは出来ないと。
彼女達が何をするか分かっていようが、いまいが……どちらにしても止められない。 それだけの勢いが、今の彼女達にはある。
「……まるで世界がそれを望んでいるかのような気さえするな」
通常ならあり得ないとすぐに否定できるのだが……。
それほどまでに彼女達の計画は順調すぎるのだ。
あまりにも異常なくらいに。
「……例えどんな事態になろうとも、やりようはある。好き勝手にはさせんぞ、トゥアラ」
孤高にして気高い女王であり、『剣神』でもあるラーズはしっかりした足取りで私室を後にした。
さて、次話は誰が主役ですかね?
作者の脳内スケジュールも真っ白です。 …………うん、よし、いま決めました。次話はヴェルガードが主役です!




