五十四話
繰り出される一撃は当たれば即死だと容易に知れた。
急所さえ避ければ寿命はのびるだろう。 あくまで秒単位で。
痛みでもがいている間に次の一撃でジ・エンド。
痛みを我慢しても態勢を崩した直後に次の一撃を避ける自信は?
少なくとも、オレにはない。
だから避ける。
全力で。
敵の拳を紙一重で。
風を切る……どころか風を捩じ伏せて拳がオレの顔面を潰さんと放たれる!
オレは避けるだけで精一杯だった。
反撃など論外。
試みようものならすぐに顔が……いや頭部ごと彼方へ転がっていきそうだ。
オレは自殺志願者ではないので、そんなことを試すつもりは欠片もない。
それは共通の敵に対して共同戦線をはるネモも同じらしい。
オレに攻撃した直後の隙をついたネモの一撃はしかし、難なく弾かれる。
仕掛けたタイミングは完璧だった。
悔しいことにそれはオレ以上に上手く、嫉妬する程に。
しかしそれさえもメルレガの異常な反応速度により看破され、難なく無効化。
二人がかりで戦っているのにこのザマだ。
メルレガの強さが実に際立つってもんだ。
「おいおい、これで本気かよお二人さん?せっかく二対一にしてんのに俺様に傷一つ付けらんねぇのか、がっかりだぜ」
安い挑発だ。
こちらの攻撃の呼吸を外さんとする安直なまでの策。
だが、そんな安い挑発も相手にとっては有効だ。
例えばプライドが高いエリート様には特に。
「ちぃっ、ほざけ!!」
ネモのやや大振りすぎる一撃は、オレの目から見ても無駄が多いと分かる。
無駄が多い=隙がある。
当然、その隙を見逃すほどメルレガはバカではない。
大振りな一撃といえど常人ならば回避できない攻撃はしかし、メルレガにとっては十分に過ぎる隙。
一撃をかいくぐった先にはネモの身体だけ。
急所は選り取りみどり、ゼロコンマ単位とはいえ迷ってしまいそうだ。
だがあえてここは確実に当てやすい箇所、範囲の広い胴体を選び更にそこから厳選。
メルレガほどの力なら素手といえど臓器ごと破壊するなど造作もないこと。心臓を破壊する……即死は確実。
しかし少々的が小さい。
ならば即死はないが内臓を破壊しよう。的は大きく、致命傷だ。
しかも苦しみ、悶えながら死ぬ。
決まりだ。
そんなメルレガの意図がありありと見てとれた一撃を、オレが見破れてネモが見破れぬ理由などない。
あらゆる法則を無視して無理矢理にでも腰をひねったネモは、死の一撃を回避!しかしその代償も大きい。
あんな無茶な体勢で身体をひねったのだ、筋や神経、筋肉が無事なわけがない!
だがその代償に得たものは大きい。
攻撃が当たると確信した分、メルレガの身体が予想外の事態に無防備をさらす。まさに死に体、勝敗を決する瞬間。
一瞬の躊躇いもなくネモが動く。
「破壊剣技、衝波」
メルレガに避ける暇など皆無。
ネモの剣技は見事に直撃、メルレガの体が文字通り吹き飛ぶ!
「……あの挑発にはわざと乗ったのかよ」
「当然だ。あんな安い挑発でこのネモが隙など見せるか」
……ただのプライドが高いエリート様なんかじゃないってか?
ネモに対する認識を改める必要があるな。
「ただし、あれが女王陛下に関する罵詈雑言を吐いたなら楽には死なせんがな」
……ただの狂信者と覚えておこう。
少なくとも洒落や冗談でもネモの前では女王に対する軽口は控えた方が無難だ。下手したら命が……。
「やるねぇ……!あんたら中々やるじゃねぇか!」
メルレガが吹き飛ばされた方角から楽しげな声が耳に入る。おいおい、ネモの剣技が直撃したのにまだ余裕が……
「…………ちっ」
メルレガの姿を確認したネモは忌々しげに舌打ちした。
メルレガは無傷……ではない。
体の各所に傷があり、なかでも奴の左腕は明らかにおかしい。
あれは完全に折れ曲がっている。
なのに怪我をしているメルレガ本人はケロリとしている。
痛覚を遮断している?
「いや~効いたぜ、S級の剣技は下位剣技でも無茶苦茶いてぇな。おかげで久々に腕が折れちまった」
左腕をプラプラさせながら笑うメルレガ。
鋼と同等の硬度を誇る肉体が怪我をしたというのに動揺すらしていない。
むしろ嬉しそうだ。その態度が更にオレを、オレ達を不安にさせる。
「腕一本が使い物にならなくなったのに余裕だな」
たまらずネモがそれを指摘した。
それをメルレガは不思議そうに首を傾げる。
何故、そんな事を気にしているのかと言わんばかりに。
「……あぁ、なるほど。これか」
一人で勝手に納得したメルレガが左腕を左右上下に動かした。
「?……なにを」
オレの疑問がメルレガに届く前に、それは解消された。
パキパキッと乾いた音と共に、そこには元通りとなった左腕を何事もなく動かしているメルレガがいた。
「正真正銘の化物かよ」
吐き捨てるようなネモの一言に、メルレガはただ笑う。
確かにあの治癒力は普通じゃない。
いくら人外の『逆襲鬼』と呼ばれる存在でも異常だ。
だが無理矢理契約した剣獣が上級種なら……話は別だ。
「さすがに見たことも聞いたこともないな、S級剣獣の内部埋め込み型なんて」
「だろうな、俺様もだ。自分以外で見たことは一度もねぇよ。たいがいはC級やらD級の『逆襲鬼』が基準だ。B級程度でレアだからな。俺様は超激レアってわけだ?」
「希少価値が高い分、厄介さが増すがな」
しかしS級の剣獣を体内で飼うなんて真似は例えS級剣使のネモでも無理だ。
一方的に剣獣の力を搾り取る……それもS級剣獣の力を……それを成功させた奴はまさに人外。
どれほど恨めばそんな境地に達するというのだ?
恨んでいる人間の数が百や二百じゃ足りない憎悪だぞ、あの狂気は!
「……もはや復讐は果たし、逆襲は終えただろうにまだ自滅しないのか?大半の『逆襲鬼』は復讐を終えればその身に宿した剣獣に体を食い散らかされ死ぬと聞くが?」
「詳しいな。まぁ大半の奴等は復讐さえ果たせばそれで満足するからな、余命は少ない。だが俺様は違う。復讐は確かに果たした。この手であいつを殺した豚野郎を八つ裂きにしてやったさ…………だがそれで復讐は終わらなかったんだよ。いや、終われるわけがねぇんだよ……!」
メルレガはオレを見ているようで、しかし見てはいなかった。
目はオレの姿を映している、だが意識は別のモノを映している。
絶え間ない憎悪を込めた視線に、オレはただ立ち尽くす。
「豚野郎は確かに憎かった。あいつを俺様から奪ったから。だから殺した。豚野郎の命令に従った兵隊も俺様とあいつを引き離した。だから一人残らず殺した。同じ村の住民だった奴等はただ見ているだけで誰もあいつや俺様を助けなかった。だから村ごと滅ぼした。説教たれたジジイや友人面したボケや、噂話しか興味のない女や、広場で棒を振り回していたガキを全員殺した。だがまだ復讐は終わらない」
「……どうすればあんたの復讐は終わる?」
聞きたくはない。
だが聞かずにはいられなかった。
奴は……メルレガは何をすれば復讐を終えるんだ?
「終わらねぇさ」
だから、その一言に戦慄した。
当たり前のことを聞くなよって声音に、ただ恐怖した。
「俺様が死ぬまで終わらねぇ。あるいはこの世界が滅びるまでは終わらねぇんだよ。俺様の復讐対象はあの時、何も出来ずに兵隊共に半殺しにされた自分自身と!!それが許されたこの腐った世界なんだからよ!!終わるわけねぇだろ!!」
それは悲痛な叫び。悲しくて、だけどこの世界では珍しくない出来事。
そんな数ある悲劇の一つから化物は誕生した。
「だからこんな世界に生きるお前らも俺様の復讐の対象なんだよ。だから……なぁ、死んでくれよ?」
復讐の鬼の、この世界に対しての逆襲はまだ続く。
長くなりそうなんで一旦区切ります。
カインサイドはまだ続きます。




