五十三話
斬る、切る、きる、キル……
ネモはひたすらに迫り来る剣精を殺していく。
一方的に。
怒涛の如く次から次へと斬りかかる剣精など相手にもせず、ただただ斬り伏せる。
そんな地面に倒れ伏す剣精の死体を気にもしないで、また別の剣精が踏み潰し、その死体がその上に倒れる。
そうして死体の山はどんどん築かれていく。
本人の意思に関係なく、ただ自然とそうなるようになるべくしてなるように。
死屍累々……それを作り出す要因たるネモのペースには誰も追いつけない。
平団員に過ぎない斬士部隊の隊員はもちろんのこと、オレもまったく相手にならない。
鬼気せまるその勢いと雰囲気に思わず二の足を踏む剣精の気持ちが何となく伝わる。
アレが味方なら頼もしい限りだが敵だったら……うん、どさくさに紛れて逃走を計画しよう。
今は剣精のおかげでうやむやの状況だが、アレが平常に戻ればまた戦うことになるのは必定。
それはごめんだ。
しかし……。
「…………」
ラスがオレの前に立ち塞がっているから逃走も不可だ。
いや無理矢理突破することは可能だが、相手が相手だけにどうにも剣筋が鈍るんだよな。
……我ながら甘ちゃんだな。
剣精を斬殺しながら時折鋭い攻撃をしてくるラスを牽制しつつ、戦場を離れんと画策するが、剣精の包囲網にこれまた無理矢理引き戻される始末。
そんなやりとりがこれでもう五回目だ。いくら気長なオレでも、もう飽きたぞこの展開は。
……やはりラスの所から突破口を作り出すしかないのか?
それともそれすら見越してその先に何か罠が張られているのか?
……人形師の表情は相変わらずの無。
視線は戦場全体を見下ろしたままの固定で考えがまるで読めない。
ネモの奮戦により状況は今の所は互角。しかし楽観視は出来ない。
人形師がどれだけの剣精を操れるかで戦況はすぐに激変するのは明白だからだ。
今いるだけで終わりか?
予備兵力はないか?……情報がない現状、それを確認するには賭けになる。
無理矢理相手の手札をさらす為にはそうせざるを得ない状況に追いつめるしかない。
つまりは人形師に肉薄すればいいのだ。
肌と肌が触れ合う程に接近する……それが野郎同士というのがやけに寒々しい光景だがそこは我慢だ。
命にはかえられない。
肉薄して人形師が焦り、予備兵力をさらせば良し、仮に人形師にこれ以上の手札がなければ形勢は一気にこちらに傾く。
結果だけを見れば悪い点はない。
だが、過程はそうもいかない。
人形師に肉薄するということはあの剣精の大群を突破するしか方法は皆無。
無事にそこまで辿りつけるのか?
無傷で辿りつくなどと甘いことを言うつもりは毛頭ない。腕の一本(特に左腕)でも残っていれば人形師自体は無力化できる自信はある。直感ではあるがアレは直接戦闘は不得手だと確信がもてる。
オレ自身の身体の損傷は無視すればいい。
『剣神』の加護で腕の一本や二本は切り落とされてもくっつけられる。
さすがに首は無理だが。
「やるべき事はすでに決まってる、か」
自分自身をそう納得させるように呟き…………オレは走り出す。
ただひたすらに人形師に向かって。
相対するラスに背中を向ける形になるが無視する。
いきなり自分とは真逆の方向に走り出すオレに唖然とする……わけもなく、数瞬の間を置いてオレの後を追うラス。
だがすでに遅い。
その数瞬の時間をオレは決して無駄にしないからだ。
あれが操れているわけではなく、あくまでラス自身の意識だったならもっと早く意識を切り替えられたのだろうか?
それとも操れていたからこそこの程度の遅れで済んだのか?
…………どうでもいいか。
今はただ人形師の打倒だけを考えればいい。
人形師を守るように囲む肉の壁を、オレはただ単純に力押しで突破する。
こんな乱戦時に剣技を使う時間などあるはずもなく、ただひたすらに剣を振る。
鼠一匹すら通る隙間のない剣精の壁を強引にこじ開けていく。
敵の圧力は、強い。だが予想していた程ではない。
突破をはかるオレとは別方面で奮闘しているネモのおかげだろう。
だからだろう……五体満足でオレが人形師に剣が届く範囲まで接近できたのは。
全身はすでに自分と剣精の血にまみれているがこの程度は軽傷の類いだ。
問題はない。
今はただ人形師の命を奪うのみ。
今まさに剣を振り下ろさんとするオレに、しかし人形師はろくな対応も出来ず棒立ち状態。
やはり戦闘は苦手か!
おそらく幻惑剣技にのみ長けているだけの要員。
確かにこれだけの剣精を一人で操っているのだから恐るべき使い手だが、誰にだって弱点はある。
むしろこれで剣の腕も達人クラスだったら反則すぎる。
どうぞこれからは『剣神』を名乗って下さいと言ってたね。
だが安心したよ。
あんたはちゃんと人の範疇だったんだな、人形師。
そして人形師に向かって振り下ろされたオレの剣は見事にその頭部を破壊した。
…………そんな手応えはしかし結局訪れなかった。
人形師とオレの間に割り込むように、小柄な人物が阻止したからだ。
しかも素手で。
信じられない光景だったからもう一度繰り返すぜ。
乱入した奴は素手でオレの剣を弾いたのだ。見た目は完全に生身の肉肌。
籠手や小盾の類いは一切身につけていない。
なのに、である。
奴は素手で防いだ。奴は無傷。
怪我はない。
骨折どころか血の一筋も流れてはいない。
だがオレはすぐにある考えに辿り着く。こいつは……
「何やってんだ人形師?ちゃんと自分の身ぐらい自分で守れよ」
「申し訳ありません、メルレガ様。敵の予想以上の突破力に守りが追いつかず……」
「ったく、俺様が何でお前と組まされたか今やっと分かったぜ。要は護衛要員かよ。しかも対象はトゥアラ様じゃなくてお前なんかの。下らなすぎて情けなさすぎて泣けてくるぜ」
オレを無視して人形師と乱入者二人は話し込む。
だが雰囲気は明らかに険悪。
あくまで一方的にではあるが。
「ギシャアァァァ!!!」
っと、暢気に二人のやりとりを見ている暇などなかった!
オレは数十、数百の剣精に現在進行形で囲まれている状況なのだから!
しかもすぐ後ろには追撃態勢のラスの姿も視認できた。
まずい、逃げ場がない!
人形師を討つことに失敗し、包囲された状況で足を止める愚行をおかしたオレはまさに絶体絶命。
唯一の戦果は人形師には予備兵力は無しという確認が出来たことだが、オレの命を対価にするにしては割に合わない!
そんな危険な状況を打破してくれたのは予想外の人物だった。
「あ?やかましい畜生共だな。こっちは会話途中なんだよ、吠えてるヒマがあったらさっさと死ねよ、うざってぇな」
グチャリ。
人形師にメルレガと呼ばれたその存在は面倒くさそうに、無闇やたらと吠えた剣精の頭を軽く叩いた。
それだけで剣精の頭部はあっさりと消失した。
いや、消失はしていない。
頭部はすごい勢いで他の剣精の頭部に激突、その剣精の頭部も同様に潰れた。
流れ矢ならぬ流れ頭?
我ながら下らねぇ~。
人形師が操ってはいるが生物の根源にまで刻まれた生存本能には効果は弱いのか、はたまたないのか?
剣精が一斉に散り散りとなり逃げていく。
恐怖のあまり、その発生源たるメルレガを中心に。
「……メルレガ様」
「わぁーてるよ。ここからは俺様が一人で片付ける。お前はもう帰っていいぜ。あとはやっておく」
些か咎めるように名前を呼ぶ人形師に、メルレガは心底うざったいと言わんばかりに答える。
……当面の危機はまだ去ってはいないようだ。
よくもまぁ飽きずに次から次へと来るもんだ。
常日頃、当たり前のように悪行を積んでいないとこうまで見事に事態は悪化するわけないんだが……知らずに何かしでかしているのか、オレは?
「……ではお言葉に甘えまして、後はお任せしますメルレガ様」
「おう、お前は次に備えておけ」
「はっ」
「そうだ、一つだけ言っておく。トゥアラ様の配下に無能はいらん。使えない駒は切り捨てる。精々自分は使える駒だと証明しろよ?さっきみたいな醜態をトゥアラ様の前にさらせば……わかるな?」
「……はっ、しかと肝に」
常に無表情な人形師がやや顔をひきつらせて戦場を去っていく。
人形師は去る間際に幻惑剣技を解除したのか、ラスがその場に意識を失い倒れこむが、オレは動かない。
否、動けない。
無闇やたらと動けばそれが致命的なミスに繋がる……!
こいつを前にして隙など一寸も見せてはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。
この感覚はまだ数えるほどにしか体験してないが、こいつの危険度は『剣神』と同等クラスだ。
なんでこんな奴が誰かの下で働いているんだ?
こいつ単独でもある程度なら好き勝手に生きられるだろうに、何故?
「さ~て仕事すっかな」
剣精は逃げ、人形師も去った現在はこの場に残るはメルレガのみ。
対してこちらは比較的軽傷なオレとネモ、さらには数百の斬士部隊隊員がいる。
状況は明らかにこちらが有利…というより比べるまでもない。
だが、誰も彼もがその表情に油断はない。
さすが大陸一の精鋭部隊だ。
それとも気づいているのかな?
メルレガの脅威に。
「……S級剣使ってだけで化物扱いされてきた自分が言うのも何だが、いるもんだな…………自分以上の化物が」
苦々しく呟いたのはネモだ。
その発言内容からどうやらネモもメルレガの底知れない強さを何となく察しているみたいだ。
「気をつけろ、奴はすでに臨戦態勢だ」
オレの警告にネモが首を傾げる。
「とは言っても剣を具現化すらしてないぞ?」
ご指摘はごもっとも。
だが忘れてないか、ネモ?
何も剣使全員が剣を手にして戦うわけじゃないんだって事を。
「奴は内部埋め込み型だ」
「はぁ!?マジかよ!あのトチ狂った埋め込みタイプだと!?正気か?」
この場合の正気か?という問いはオレに対してではない。
埋め込んだ当人たるメルレガに対してだ。
《内部埋め込み型》とは契約した剣獣を剣の形にせず、その身に宿らせることで力を行使するタイプだ。
通常の剣使とは剣獣が望むがままに一方的に契約することで誕生する。
しかし何事にも例外はある。
例えば人間側からの強引な契約。
剣獣自体にその意思はなくとも、ある種の狂気を宿らせた人間が強制契約する例は実に稀だが、確かに存在する。
大概その狂った人間は復讐やら敵討ちにしか生きることを見いだせないのだ。その執念で力を欲する者は数知れず。
力を求めた全員がその力を手にすることはなかった。
だが前例は確かにあるのだ。
そして見事に復讐を果たした存在もまたいたのだ。
それが《内部埋め込み型》
剣獣の合意なく契約した人間は剣を形として現せないのだ。それも当然だ。
『空き巣がこれから貴方の家に入りますので鍵を下さい』と言われて黙って鍵を差し出す馬鹿はいない。
それと一緒だ。
強引に契約して力だけを寄越せ?
ふざけるな、だ。
だからこそ、その身をもって無理矢理にでも内部に閉じ込めるのだ。その存在を力ごと。
そして得るのは人外の力と鋼の硬さ。
まさにその身体こそが剣そのもの。
だからこそ素手で剣を弾ける。
内部埋め込み型……通称『逆襲鬼』。
最早ソレを人間扱いしない。
してはいけないのだ。
扱いは剣精、または剣鬼のそれ。
つまりは…………人間の、敵。
そんな人間の異端が目の前にいる。
己の復讐を自己満足の為に果たしたがゆえに、人間に迫害される宿命を負った存在が。
悠然と。
堂々と。
そこにいる。
「邪魔な奴は帰したんだ、楽しもうぜ?」
ニヤリと笑ったメルレガに、本人以外の誰もが背筋を凍らした。
何て楽しそうに笑うんだ。
何て残虐な目をしているんだ。
何て愉快そうな声なんだ。
何て……鬼気をまとっているんだ。
他者に狂わされ、また自分自身で狂った男がその全身に狂気を宿らせ、オレとネモを見つめる。
後は視界の外。
……事態が厄介な方へひたすらに転がりこむのは、やっぱり戦禍と戦火を運ぶこの身が『剣神』だからか?
力を求めれば戦場に事欠かない、か。
戦闘中毒なら泣いて喜ぶ副次効果だな。オレは別の意味で泣きたくなってきたが。
あぁ嘆くのは後だ。さっさと終わらせて早くファラやルシスと合流したいよ。
願いとは裏腹に、濃密な一日はまだまだ続きそう……
予定では次もカインサイドです。出来れば早めに次話を……書けたらいいな~。




