七十五話
遅くなりました、すいません。
オレの眼前で、ロードギアでも最強クラスの『剣神』二人が死闘を繰り広げている。
剣を一振りするだけで地を裂き、発動する剣技一つで地形を激変させる二人の『剣神』の力は拮抗していた。
「女王自ら最前線に出てくるなんてスゴイね~。王都の方は大丈夫なの~?」
「心配無用だトゥアラ。王都は必要最低限の守備兵以外、誰もいない」
「遷都したの?たった一ヶ月で?」
「お前がチョッカイを出してきたあの夜から動いた。いずれ王都を戦場にしようとするお前らの思惑は透けて見えてたからな」
「……さすがだね~」
死闘の合間に会話している二人の『剣神』の体には切り傷がひたすらに増えていく。
驚異的な回復力でその傷はすぐにふさがるが、数秒も経たない間にまたも裂ける。
その繰り返しだ。
「どうしたの、ラーズ?このまま斬り合いしてるだけじゃあ、いつまで経っても終わらないよ?」
「………」
アベルの挑発を黙殺するラーズだが、展開している魔素量が急激に増大している。
おそらく仕掛ける気だ!
「あはっ、殺る気だね!?」
楽し気にしているアベルに向けて、ラーズが神剣を突きつける。
「唯一剣技、神壊」
剣技、発動。
傍目からは何が起きたかを視認出来なかったが、ソレは確かに発動したようだ。何故わかるかって?
「ウワアアアアアァァァ!!!」
直後にアベルが狂乱したかのように叫んだからだ。
両手で頭を抱え、全身をブルブルと震わせながら、蹲っている。
……こんな取り乱したアベルは生まれて初めて見た。
常に余裕そうな態度と、柔和な笑みを浮かべていたアベルが、今はただ獣のように叫び続けている。いったい、ラーズは何をしたんだ?
あの剣技にはどんな効果が?
「……狂う余地はあったのか。意外だな」
一人だけ得心しているラーズはすでにアベルを見てはいなかった。
今は、オレを見ていたのだから。
「不確定要素はなくすか」
ラーズが呟いた言葉の意味を理解しきれてはいなかったが、ヤバイと直感。
アレは味方なんかじゃない。
咄嗟にその場から離れようとした……が。
「どこへ行く気?」
動かんと力を溜めた瞬間には、ラーズがオレの肩に手を置いていた。
ただ置いてあるだけなのに、何故かオレはこれをはね除ける事は不可能だと思えた。
ただ力任せに押さえつけられているわけでもなければ、拘束剣技を使われたわけでもない。
なのに、動けない。
「君はここで壊れる宿命だ、勝手な途中退場は許可できないし、する気もない」
それはまさに死刑宣告と同意義。
「唯一剣技……」
そしてあとは死刑執行が為されるだけ……のはずだった。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
アベルが奇怪な笑い声をあげていなければ、ラーズは迷いもなくオレに剣技を発動していただろう。だがそれを許しはしないとばかりのタイミングだった。
狂ったはずのアベルが壊れたように笑う姿に、何か異質なものを感じたのだろうか?
ラーズの意識からオレは除外された。
その全神経を笑い続けるアベルに向けている。
「完全に壊したはずだが………」
一人だけ納得しきれていないラーズの呟きなどお構い無しに、アベルは笑う。
奇怪に、愉快に。
ただ笑う。
まるで壊れた音響器のように、ひたすらに笑う。
「……やかましい」
その様子に最初は警戒していたラーズが、遂にしびれを切らしたようだ。
凝縮した魔素を展開。
「属性剣技、嵐丸」
剣技発動。
三十センチほどの球体がアベルの頭部を粉砕せんと放たれる!
下位剣技とはいえ発動したのは『剣神』だ。
速度、威力ともに並みの剣使とは桁が違う。
高位剣使でも反応しきれないであろう剣技を、しかしアベルは片手で掴み、更には握り潰した。
「おや?案外脆いな」
……膨大な魔素量が高密度に凝縮したラーズの剣技が脆い、だと?
あの嵐丸一つにどれだけの威力があったと思っているんだ?あれほどの魔素量なら城壁の十や二十は簡単に貫通していたはずだ。
それを掴みとり、なおかつ握り潰すなんて無茶苦茶だ。
「あぁ……久々だ。己の意思でこんなに自由に身体を動かせるのは。感動のあまり可笑しくて笑ってしまったよ」
コレは誰だ?
断言できる、コレはアベルじゃない。
外見は変わってないのに、中身がまるで別物だ。
アベルじゃない、別のナニカだ。
「……表に出てきたのか」
何かしら思い当たるフシがあるのだろう、ラーズが険しい表情でナニカを見つめている。
「『神壊』とはつまり『心壊』。肉体ではなく精神を壊す剣技か。しかしそのおかげで……ありがとうラーズ。今まではアベルの精神汚染だけが精一杯だったのに、肉体を自由に動かせるまで事態を好転させてくれて……素晴らしい、最高だ!」
上機嫌に空を仰いだナニカは、濃密な魔素を解放。
その魔素量に、オレの全身は硬直した。
「な……んだ、これ……?」
そのあまりにも異常な魔素量に声が震える。
いくらアベルが『剣神』とはいえ、こんな魔素量はあり得ない。
オレなんかは言うに及ばず、今まで出会ってきたどの『剣神』よりも断トツでトップの魔素量だ。
中身がアベルからナニカに交代しただけでこんなにも魔素量がはねあがるものなのか!?
「やはりこの身体は相性がいい。本来の肉体よりも馴染む。想像以上だ」
「いずれは乗っ取るつもりでアベルの傘下に入ったのか。道理で『剣神』になって二、三年の小僧があの境地にまで辿り着けたわけだ」
「過剰なまでの力を明け渡すのも精神汚染の一環だったからね。最初からアベルは壊れかけていたから、実に順調だったよ。そう遠くない未来に、肉体の支配権限は逆転していたはずだった……だがラーズのおかげで短縮出来た。嬉しい誤算だよ」
ラーズとナニカの会話でオレはようやく理解した。
ナニカはつまり、『剣龍』だという事実に。
アベルの肉体を奪う為だけに、奴は従うフリをしていただけなんだと。
「……龍が人の肉体を求めるとは予想外だわ。普通は逆でしょ」
「そうか?少なくとも我はアベルを一目見た瞬間に確信したね。以前の器よりも素晴らしいと」
「……龍よりも脆弱な人間の肉体が?」
「なんだ、気付いていないのか?この器は『超越者』が降臨する為に準備した、特注品だぞ」
龍の発言にオレはもちろん、あのラーズすらも絶句した。
こいつは、何を言っているんだ?
アベルが、『超越者』とやらの器だと?
「おや?その反応から推測するに、ラーズもそこまでは知らなかったようだな。だがあらゆる物事の《狭間》にいた我は事前に察知できたぞ。……そこで転がっているカインもまた『超越者』の器になるはずだった」
アベルの肉体を乗っ取った『剣龍』の言葉に、オレの脳みそが理解する事を拒む。
「だが器としては未完だったせいで予定は変更され、この肉体が代わりに選ばれたわけだ。しかし……未完とはいえさすがは『超越者』の肉体候補、まさかカインも『剣神』になるとは我も予想外だった」
「………『超越者』とは何だ?肉体を用意しなくてはいけない?降臨?その物言いはまるで」
「神そのもの、か?あながち間違えてはいないな」
オレの呟きに、ラーズが肯定とも否定とも受けとれる答えを口にした。
「人ならざるもの。高次元生命体……いや肉体を捨てた奴らは、もはや生命体ではなく高次元存在と呼ぶべきかな?」
「肉体を……捨てた?」
理解に苦しんでいるのはオレだけか?
困惑するオレを完全に無視して、『剣龍』は話を続ける。
「精神だけの存在だと断言すべきじゃないけど、まあそれに近いね。事実、降臨する世界に器を用意しなければ、『超越者』たちは何の手出しも出来ないんだから」
「……まるで見てきたような口ぶりだな」
「実際に見てきたからね。……この世界の成り立ちを誰が形成したか知りたい?」
……それはもう答えを言っているようなもんだろ。
「戯言はそこまでにして死ね」
何かに苛立った様子のラーズがアベルの肉体を乗っ取った『剣龍』に剣を突きつける。
だがそれに対して『剣龍』は焦りもしない。
ただ剣を突きつけるラーズを見つめているだけだ。
「忠告しよう。我に『神壊』は効かないぞ」
その『剣龍』の一言に、ラーズは動揺すらしなかった。
少なくとも表面上はそう見えた。
「唯一剣技、神壊」
構わず剣技を発動したラーズを、『剣龍』は笑う。
「無駄だよ。正気と狂気の《狭間》にいる我に、精神を壊す剣技など無意味だ」
どうやら本当にラーズの剣技は無力化されたようだ。
平然としている『剣龍』に、ラーズが盛大な舌打ちをした。
「さて、今度は我の番だな。新しい肉体の調整も兼ねて、色々と付き合ってもらうぞ」
不吉な笑みを浮かべた『剣龍』が、魔素を展開。
その直後から、オレの記憶がはっきりとしない。
多分、意識を失っていたのだろう。
気が付けば『剣龍』がラーズの胸部を剣で深々と突き刺していた。
剣を引き抜かれ、崩れ落ちるように倒れていくラーズ。
飛び散る大量の血飛沫。
それを楽し気に見ている『剣龍』。
あまりの急展開にオレの思考が現状を認識できない。
何が、起こっている?
ファラとルシス視点は今回なしです。
理由?
………………時間が足りなかった(>Σ<)




