七十四・五話
ほぼ同時に繰り出される二つの斬撃を、しかし難なく受け止めたベルゼトは力任せに弾き飛ばす。
そのすさまじい膂力に抵抗する術もなく、ヴェルガードと道雪は数メートルほど雨に濡れた地面を滑る。
ベルゼトはそれに対して追撃する気はなく、不動の態勢のまま。
「片腕だけで受けきるとは……強化剣技に関してはさすが三大聖剣使と褒め称えるべきですか?」
「……褒メテモラウノハ素直ニ嬉シク思ウガ、訂正シテオク。我ハマダ強化剣技ヲ使用シテナイゾ」
「なっ!?使ってないのにあの膂力だと……!」
驚きの事実に道雪は絶句しているが、ヴェルガードの方はさして動揺はしていなかった。むしろ『やはりな』と思っていたフシすらある落ち着き様だ。
「……早ク全力ヲ出シタ方ガイイ。アマリチカラヲ出シ惜シミシテイルト、出ス機会ヲ無クスゾ?」
ゼルベトの挑発気味の誘いに、あえて乗っかるようにヴェルガードは道雪に許可を出す。
「道雪、先方がお望みの全力を見せてやれ」
「承知!『刀刃解放』」
「ホウ!」
道雪の全身を覆う魔素に関心が高まったのか、ゼルベトが初めて興味深げに前のめりになる。
「解放剣技、鬼甲」
そして生半可な攻撃では傷一つ負わせる事すら困難な『剣鬼』限定の剣技に、目を輝かせている。
「予想スルニ近接戦闘特化ノ剣技カ。素晴ラシイ!防御力ヲ限界マデ極メタ、聖剣使泣カセノ技ダ」
そして目先の事に集中しているかと思いきや、冷静に鬼甲の特性を一目で看破するのだから、三大聖剣使の名はやはり伊達ではない。
ベルゼトはやがて期待するような眼差しをヴェルガードに向ける。
どうやらヴェルガードにも何か目新しい剣技を求めているのだろう、嫌でもベルゼトの期待感が伝わってくる。
…ヴェルガードはただ黙殺するのみだったが。
しかしそんなツレない反応に落胆する様子もなく、ベルゼトは鬼甲状態の道雪に視線を移す。
「アノ剣技ハ、ドレ程ノ強度ナノダ?」
「……気になるなら試してみろ」
けしかけるヴェルガードの言葉に、ベルゼトは笑顔で「確カニ」と同意。
軽い足取りで道雪に接近していく。
その歩き姿に気負いは一切、感じられない。
まさに試すかのように、だ。
面白くないのは道雪だ。
殺気……いや敵意すら薄いベルゼトに、怒りがこみあげてくる。
ナメられていると判断するには十分なそのベルゼトの態度に、道雪が動く!
防御力重視の鬼甲では、確かに速さはどうしても犠牲になる。
だが暢気にアホ面浮かべるベルゼトの虚をつくこと位は、可能な速度を出せる。まさに鈍重な見た目の道雪だったが、突然視界から消えたと思わせる踏み込みで、ベルゼトの懐にもぐりこんだ。
不意の接近に驚愕するベルゼトの表情が、道雪の目に飛び込んで……………………こなかった。
道雪の視界には誰もいない。
「っ!どこに………」
とっさに背後を振り返った道雪の前に、超至近距離でベルゼトが立っていた。
いつの間に?
道雪の疑問に、まるで答える事を拒否するように、ベルゼトの頭突きが炸裂!
生半可な攻撃など簡単に弾く鬼甲は、まるでガラスのように粉砕、貫通、突破され、道雪は濡れた大地を滑るように吹き飛ばされていった。
「………鬼甲をただの頭突きで砕くとは。石頭どころじゃないな」
「強化剣技ハ使用シタガナ。強度ノ方ハ想像以上ダ、額ガ割レタゾ」
鬼甲を規格外な方法で破ったベルゼトの額は、確かに少量の血が流れているがそれだけ。
それだけの傷で、道雪はノックダウン。 割りに合わない。
「けしかけた張本人が言うのもなんだが……道雪は迂闊すぎだな。鬼甲を過信しすぎたとも言っていいだろう。『鬼界』で二度も破られた剣技だというのに」
「ダガコレデ心置キナク戦エル……ダロ?」
「……あぁ、あまり他人には見せたくない剣技でな。使う気はサラサラなかったんだが、『救聖主』が相手ならしょうがない」
「ククッ、ヤハリマダ誰モ知ラヌ剣技ガ使エルカ!サア、我二見セテミロ、『鬼神』!!」
「あまり長くは使いたくない……よく目を見開いておけ。それが二度めの死を迎える最後の光景だ」
「楽シミダ!ガッカリサセルナヨ!!」
道雪が目を覚ました時には全てが終わっていた。
周囲一帯は火の海。 転がっているのは頭突きだけで鬼甲を粉砕した規格外の聖剣使、ベルゼトの死体のみ。
ヴェルガードは、そのベルゼトの額に妖刀を突き刺したままの態勢で静止していた。
「ヴェ、ヴェルガード様?」
あまりの急展開に、かすれた声で呼びかける道雪に、ヴェルガードは
「起きたか……。ギリギリだったな」
しっかりと応答した。
しかし何がギリギリだったのか、今の今まで気絶していた道雪にはわからない。
「……倒したのですね」
……質問できる雰囲気でもないので、道雪はあえて無難な言葉を選ぶ。
「中々に手こずったが見てのとおり、な。『救聖主』とはよく言ったもんだ」
勝利したというのに浮かない表情のヴェルガードは「もうホトなんぞに利用はさせん」と呟き、『救聖主』ベルゼトの死体を跡形もなく燃やした。
そんなヴェルガードに話しかけるのが躊躇われる状況に、場違いなまでの陽気な笑い声が、雨音など無視するように響く。
「………何を笑っている、レラフ?」
ゾッとするほど怜悧なヴェルガードの問いかけに、名前を呼ばれたレラフはまだ笑っていた。
「破壊剣技、衝破」
躊躇いなど欠片もなく放たれたヴェルガードの剣技を、レラフは軽く虫を追い払うかのように、片手を振りかざすだけで打ち消した。
それだけでヴェルガードの剣技を無力化したレラフに、道雪は心底畏怖を抱く。上機嫌に笑う《魔神》はようやく気が済んだのか、ピタリと笑い声が止む。
「いやはや、やはりヴェルガードはいいのぅ。三大聖剣使の一人を圧倒する素晴らしい剣技、素晴らしい強さ。……ますます惚れたぞ、ヴェルガード」
「盗み見してたか……悪趣味な」
「クククっ許せ、なんせ好いた男の活躍の場だ。邪魔をしてはいかんと思うてな、こっそり観覧させてもらった次第じゃ」
「ならばいつまでもこっそり隠れていればいいものを……。姿を現したのは何故、と聞くのは無粋か?」
「わかっておろうに、いけずじゃのう」
すごく……ものすごく嬉しそうにしているレラフに対して、ヴェルガードはゲンナリしていた。
「まだ諦めないのか……。ワシの心は変わらんぞ」
「奇遇じゃな、妾の心も変わらんよ。これはもはや運命じゃな、天に祝福されておる。今すぐ契りを交わすとしよう、ヴェルガード」
レラフの無理矢理な会話の着地点に、ヴェルガードがガクリと両肩を落とす。
嬉々として結婚を語るレラフと、疲れきったヴェルガードの表情はまさに対照的である。
そんなやや混沌とした場面に、三人の部外者が現れる。
「大事なお話し中だったかしら?」
「そうであろうと、なかろうと、介入する気だっただろフレイヤ」
顔や背丈すらもほぼ同じの双子、フレイとフレイヤがごく自然に場へ溶け込む。
「二人とも、一応ここは戦場ですから油断なさらず。人はいなくてもここは王都ですよ」
そんな双子の引率者のようなシキロが、たしなめる様に注意する。
「これはこれは……豪華な顔ぶれじゃな。S級が三人そろって王都漫遊かえ?」
八師の内の光師と闇師、更には『七欲』の一人が同時に王都へ来ていた事実に、レラフは愉快そうに、ある種嘲笑うかのように笑いながら語りかける。
「《魔神》さえいなければそうしてたかもね」
それに負けぬ笑顔でシキロが応える。
《魔神》レラフを相手に、一歩も引かないシキロをこの場にいた全員が素直に感嘆した。
「……妾が邪魔と申すか」
唯一人、レラフを除いて。
「はい、とても邪魔です」
怒りで小刻みに震えるレラフに、シキロは笑顔で追い討ち。
「……クククッ、ここまで虚仮にされ、雑に扱われたのは久しいぞ」
「過去にご経験がおありで。随分と厳しい人生をおくられたのですね」
お気の毒に、と同情するシキロを、レラフが睨みつける。
「よくもまぁ口がまわる女よ。丁寧な口調とは裏腹に猛毒を撒き散らすその舌を、妾が手ずから切り落としてやろう」
「口では勝てませんから力ずく、ですか?まるで粗野な殿方のような振る舞いですね」
「…………妾を、あの男と同じと申すか?野蛮で、知性など欠片もない、獣のような男と、同じだと?」
この時点で誰もが地雷を踏んだと気付く。
シキロ自身、《魔神》に揺さぶりさえかけられれば御の字と考えていたが、揺さぶりどころか虎の尾を不用意に踏んだと自覚。
すぐさまレラフ以外の全員が身構える。
「………ヴェルガードさえ手に入ればあとはどうでもよかったが、やめじゃ」
あまりの怒りにレラフは平坦な声で告げる。
「王都ごと形も残さず滅してやろう」
視覚できるほどの魔素を解き放つ《魔神》は、笑っていない。
無表情で、虚空を見つめ
「唯一剣技、陸王獣神」
剣技発動。
圧倒的なまでの魔素量が一つの形となり、レラフの背後を守るように四足歩行の獣が顕現する。
だがそこで止まりはしない。
「唯一剣技、海帝蛇神」
連続で剣技発動。
次に現れたのは十メートルはあろう巨大な蛇。
蛇はレラフの視界を遮らないように体をクネクネさせながら前方に陣どる。
「唯一剣技、空羅翼神」
展開する魔素の量から判断しておそらく最後と思われる剣技が発動。
ソレは前二つの巨大な獣や蛇のように地面には現れなかった。
出現した場所は空中。
巨大な翼を広げた梟が、王都上空を旋回している。
まるで獲物を品定めしているかのように、ゆっくりと。
計三体、陸海空をそれぞれ統べる王者をロードギアに顕現させた張本人、《魔神》レラフがただ命じる。
「目に見える範囲、全てを滅して無にしろ」
付け足すように「ヴェルガードは除いてな」と呼び出した主の命令に従うように、殊更ゆっくりと三体の王者が動き出す。
四足歩行の陸の王者は周囲の家屋を踏み潰し、王都破壊に。巨大な蛇の海の王者は近場の用水路を粉々に砕き、水場を確保。
空中の王者たる梟は王城の頂上部分に着地、余波で城の一部が倒壊しているが素知らぬ顔で辺りを見回している。
三体それぞれが好き勝手に暴れまわる状況下、レラフは一言だけ言い残して去っていく。
「王城で待っている」
誰に向けてのメッセージなのかは鈍いヴェルガードでもわかった。
「……ヴェルガード様、我々はどう動きましょうか?」
レラフは姿を消し、呼び出された三体の化け物が暴れる状況に戸惑いつつも、道雪がヴェルガードに指示を仰ぐ。
「……あの女の口振りだと一人で王城を制圧し、そこで待っているという意味だろう。その前に、あの三体をどうにかする方が先だ。あの三人と共同戦線をはるぞ」
「承知致しました」
「…………気をつけろ、道雪。あの三体はS級以上の強さだ。少しでも実力が及ばないと判断したらすぐに退け」
「はっ!」
《魔神》が使役する三体の化け物が王都を蹂躙するこの日、王国首都は終わりを迎える。
たった一人の『剣神』の手によって。
……その日、王都を壊滅させた《魔神》に立ち向かい、抗った存在を知る者は少ない。
そしてその日以降、《魔神》が表舞台から消えたことを知る者も、また少ない。
次話はカイン視点へ。




