第八話 八日目の予兆
体内で迎える『八日目』——飲み込まれてから、一週間と一日が過ぎた。
俺たちは昨夜、漂着物の墓場を野営地にし、どうにか一夜を明かした。
分けてもらった乾物と水筒の水分で空腹を紛らわせ、夜明けとともに再び歩き出す。
「それにしても、この時計は本当に助かるな」
歩きながら、俺はポケットから取り出した異世界の懐中時計に目をやった。
文字盤の針は、午前6時を指している。外の世界と同じ時間ではないだろうが、時間経過が分かるだけで十分だった。
「だな。スマホが全滅した今じゃ、これが俺たちの命綱だ」
タクマが大きく伸びをしながら頷く。
漂着物の墓場で回収した金属ナイフや瓶、防寒代わりの布きれなど、手に入れた物資のおかげで、昨日までの手探り状態に比べればパーティー全体の装備は格段にマシになっていた。
だが、安らいでいられる時間は短い。
手記の地図によれば、ここから先は胃袋の最上部へ向けて、ひたすら急な肉壁の斜面を登らなければならない。
「ここから先は傾斜がきつくなりますね。足元に気をつけてください」
ケントが手記のページを片手に、慎重に足場を確認しながら先頭を進む。
見上げると、通路はまるで洞窟の竪穴のように真上へと伸びていた。赤黒い壁の表面は相変わらず湿っており、油断すると足が滑りそうだ。
「うわっ、滑りやす……!」
足を滑らせかけたタクマが、新しく手に入れた金属棒を杖のように突き立ててどうにか態勢を持ち直す。
「しっかりしてよタクマ。ここで落ちたら、またあの胃液の湖まで逆戻りよ?」
アオイが呆れたように声をかけつつ、自分の足元を確かめる。
全員、一歩一歩に全神経を集中させていた。
午前中いっぱいをかけて登り続けたが、周囲の様子に変化が現れ始めた。
あれほど肌を焦がすようだった胃袋の熱気や酸の刺激臭が、少しずつ薄れてきている。代わりに、どこからか湿った冷たい空気が、肌を撫でるように流れてくるようになった。
風……? 胃袋の中に風が吹いてるのか?」
タクマがボロボロの袖で汗を拭いながら見上げる。
「呼吸器官——つまり肺が近い証拠ですね。空気の循環が起きている証拠です」
ケントが眼鏡を掛け直しながら答える。
手記に書かれていた通りだった。消化器官から、空気の循環する別の領域へ近づいている証拠だ。
心臓へ抜けるためのバイパスである「肺」の領域は、もう目の前まで迫っている。
「よし、あともう一踏みだ。登りきろうぜ」
俺の言葉に、仲間たちが小さく頷いた。
疲労で重くなった足を引きずりながら、俺たちはさらに急な斜面へと挑んでいく。
——だが、この先に待ち受けているものの存在を、このときの俺たちはまだ知らなかった。
残された時間は、あと二十二日。
過酷な登攀を終えた俺たちの足は、いよいよ未知の領域へと踏み出そうとしていた。




