第七話 飲み込まれた荷物
胃袋の中には、ただ胃液が溜まっているだけではない。この過酷な環境に適応し、異物を貪り食う独自の生物まで生息しているのだ。
でも……なんとか越えられた⋯⋯
胃液の湖を脱出した俺たちは、酸の飛沫が届かない小高い肉壁の上で少し長めの休息をとっていた。
体内で迎える『七日目』——飲み込まれてから、ちょうど一週間が経ったことになる。
「みんな⋯⋯見ろよ」
俺の言葉に、みんながゆっくりと顔を上げた。
息を整えながら周囲を見回すと、そこはただの暗い肉壁の対岸ではなかった。
「……なんだこれ。ゴミの山……ううん、街の残骸?」
アオイが呆然と呟く。
そこには、胃液の流れに乗って漂着したと思われる、膨大な量の漂流物が小山のように積み上がっていた。
見たこともない異世界の建造物の破片、歪んだ金属板、異国の壊れた車輪、そして過去に呑み込まれたであろう人々が残したボロボロのカバンや道具の数々——。
「漂着物の墓場、ってわけか……」
タクマが泥を払いながら立ち上がり、山の一角を突っついた。
「おいユウマ! 使えそうなものが山ほどあるぞ! ほら、この金属板とか頑丈そうだ!」
「水筒になりそうな瓶もあるわ。あ、このカチコチの木箱の中……何かの乾物が入ってる。……うん、食べられそう。この際、見た目とか匂いとか色々言ってられない」
「背に腹は代えられんからな……腹を壊さないことを祈ろう……」
集落を出てから物資の減りが気になっていた俺たちは、手分けをして使えそうな道具や金属片、食料の残骸を捜索し始めた。
「これなんか、研げばかなり頑丈なナイフになりますね。……あ」
ガレキの奥を調べていたケントが、ふと手を止めた。
崩れた革製のバッグの底から、固く縛られた防水布の包みを取り出す。
「どうした、ケント?」
「ユウマ、これを見てください。……手記です。観測施設にあった手帳とはまた別の、個人の探索記録みたいです」
全員がケントの周りに集まった。
慎重に防水布をほどくと、中から何人もの手によって書き足されたと思われる、皮紙のノートが現れた。
アオイが指先でページをめくると、そこには細かな文字とともに、体内の構造を描いた緻密な地図が記されていた。
『——胃袋の対岸に辿り着いた者へ。この先、下層の消化器官へ進んではならない。胃袋の最奥上部には、怪物の循環器系——すなわち胸部・心臓領域へと通じる垂直の道が存在する』
「心臓へ通じる道……!」
タクマがゴクリと唾を呑み込む。
『胃袋の先の肉壁の割れ目を登ると、気圧が変わり、空気が循環する大空洞——「肺」の領域へと接続している。心臓へ至るには、この肺の森林地帯を走破する以外に道はない』
「胃袋の先に、肺……! 消化器官から呼吸器官へ抜けるバイパスがあるってことか!」
ケントが目を輝かせる。
手帳の図解には、胃袋の上部にぽっかりと開いた空洞と、そこから広がる広大な空間のスケッチが残されていた。
だが、記録の末尾には、赤いインクで注意書きが添えられていた。
『——ただし、注意せよ。肺へ続く肉の通路は、怪物の体内防御機構によって固く閉ざされることがある。防衛器官に見つかれば、通路は一瞬で塞がれ、異物として排除されるだろう』
「体内防御機構……」
俺はその言葉を噛みしめた。
化け物の体内は、ただのダンジョンではない。俺たちを「病原菌」や「異物」とみなして攻撃してくる、巨大な生き物の身体なのだ。
「でも、道ははっきりしたわね」
アオイがノートをしっかりと抱きしめ、俺たちの顔を見回した。
「胃袋から、肺へ。そしてその先にある心臓へ……!」
「おうよ! 迷う必要がなくなっただけでも大収穫だ! よし、装備も新しくなったし、ちゃっちゃと進もうぜ!」
タクマが新しく拾った金属の棒を勇ましく掲げる。
先人が残してくれたこの貴重な記録のおかげで、暗闇の中で手探りだった俺たちの旅に、明確な道標ができた。
「時間がないのは確かだが、ここの漂着物はかなり使えそうだ。まずは体制を整えよう」
残された時間は、あと二十三日。
俺たちは、まずはこの漂着物の墓場に留まり、拾った道具の仕分けや補修を入念に行うことにしたのだった。




