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第五話 残された時間

 胃袋の収縮から一夜が明けた。

 体内で迎える『五日目』の朝——集落には、昨日の激動が残した荒廃と、重苦しい沈黙が立ち込めていた。


「ユウマ、少し来ておくれ」


 瓦礫の片付けを手伝っていた俺たちに、声をかけてきたのは集落の年配の女性——マリアさんだった。

 彼女の手招きに従い、俺、タクマ、アオイ、ケントの四人は、集落の最奥にある歪んだ鉄扉の前へと連れてこられた。


「ここは……?」


 ケントが眼鏡を押し上げながら尋ねる。

 壊れた校舎の備品や、異世界の金属板を複雑に組み合わせて作られたその場所は、周囲の簡易的な住居とはあきらかに異質な雰囲気を放っていた。


「ずっと昔、この体内に呑み込まれた探索者たちが残した観測施設だよ」


 マリアさんが重い扉を押すと、湿った嫌な臭いとともに、古びた機械や紙の束が散乱する部屋が現れた。壁には複雑な図面や数式、異国の文字がびっしりと書き込まれている。


「彼らは外へ帰る道を求めて、この体内の構造を必死に調べ上げた。……だが、結局誰も帰れなかったのさ」


 俺たちは部屋の中央にある古い木製の机へ歩み寄った。そこには、何人もの手によって書き継がれたと思われる厚い手帳——『体内観測手記』が広げられていた。


「これ……読めるわ」


 アオイが手帳のページをそっとめくる。そこには手書きの図解とともに、恐ろしい観察結果が記されていた。


『——胃袋の構造解析および消化器官の活動記録。呑み込まれた対象物は、消化液の周期的排出と酸性濃度の変化により段階的に分解される』


 ケントが手帳の上に身を乗り出し、ある一行を指さした。その顔から、一気に血の気が引いていく。


「……ユウマ、ここを見てください」


 指し示された場所には、はっきりとこう刻まれていた。


『結論:胃袋の消化領域に留まった人間は、環境耐性に関わらず、通常約三十日で完全に消化・分解される』


「さ、三十日……!?」


 タクマが素っ頓狂な声を上げた。


「ちょっと待てよ! ルークさんたちは何年も生きてるって言ってたろ!? なんで三十日なんだよ!」


「落ち着いて、タクマ」


 俺は必死に声を抑えながら、手帳の続きを読み進めた。


「集落の人たちが無事なのは、消化液の届かないこの『深い襞』の中に避難してるからだ。でも……昨日の収縮を見たろ?」


 アオイが顔を蒼白にして呟く。


「そうよ……昨日の収縮で、安全だった襞が壊れかけた。胃袋が動くたびに安全地帯は削られていく。それに、襞の中にいても体内の毒性と気体で、少しずつ身体が蝕まれていくのよ」


「つまり……僕たちがこの胃袋の中で原型をとどめていられるタイムリミットが、約三十日ってことですか」


 ケントが震える手で電卓のような端末を叩く。


「今日で呑み込まれてから五日目だ。……僕たちに残された時間は、あと二十五日しかない」


「二十五日……」


 タクマが両手で頭を抱え込み、泣きそうな顔になった。


「嫌だぞ! 俺、こんな化け物のうんこになりたくねぇ!!」


「ちょ、言い方!」


 アオイが顔をひきつらせて突っ込むが、タクマの叫びは止まらない。


「だってそうだろ!? 完全に消化されるってことは、要するに最終的にそういうことだろ!? 勇ましく戦って死ぬとかなら百歩譲って許せるけど、最終形態が『魔王のうんこ』とか惨めすぎるだろ! 歴史に残る恥だぞ!」


「落ち着きなさいよ! 誰もそんな最後望んでないわよ!」


「いや切実だろ! 俺は絶対にうんこにはならん! 綺麗な姿のまま外に帰るんだよ!」


 絶望的な空気の中、タクマの切実すぎる悲鳴に、思わずアオイも眉間を押さえて溜息をついた。

 だが、そのくだらない叫びのおかげで、俺たちの凍りついていた思考が少しだけ動き出したのも事実だった。


「タクマの言う通りだよ。うんこになって排出されるのを待つわけにはいかない!!」


「言い方を汚いまま引き継がないで、ユウマくん……」


 アオイに呆れられつつも、俺は乱雑に破られた手帳の最後のページに目をとめた。そこには、赤ぐろいインクで力強く書き殴られた一文があった。


『——ただし、希望はゼロではない。この個体の活動を停止させ、体内循環を断つ方法が存在する。この巨大な生命体の活動の中心——生命活動の中心を断つことができれば、あるいは……』


「生命活動の中心……」


 俺はその言葉を噛みしめた。

心臓。あるいは、この魔王と呼ばれる化け物の核。


「集落に留まっていれば、確かに今日は生き延びられるかもしれない。でも、昨日のような収縮がまた来たら? 胃液がここに流れ込んできたら? ……ただ待っているだけじゃ、二十五日後に消化される」


 俺は仲間たちの顔を一人ずつ見回した。


「進もう。集落の奥……この怪物のさらに深部へ」


 俺の言葉に、タクマが鼻をすすりながら力強く頷いた。


「おうよ! 胃袋の中でじっとしてるくらいなら、暴れまくって胃もたれ起こさせてやる! 腹くくるっきゃねえ!」


「反対はしませんよ」

 ケントも眼鏡を掛け直し、覚悟を決めた目をした。

「ここで緩やかに消化されるくらいなら、確率の低い賭けに乗るほうが幾分マシです」


「……みんなが行くなら、私も行くわ。その⋯⋯この怪物のお通じにになるのも、残るのも絶対嫌だしね」

 アオイも小さく息を吐き、強く頷いてくれた。


 残された時間は二十五日。

ただ生き延びるための避難生活は、今日で終わりだ。


 俺たちは手帳をしっかりとおさめ、決意を胸に観測施設をあとにした。

魔王の体内を巡る、僕たちの本当の生存競争——そのカウントダウンが、本格的に走り始めた。


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