4話 とある貴族のご令嬢①
―――話は戻って。
ニケと共にマリーの元に訪れたのは顔を隠した1人の女性だった。
簡素なドレスを身につけているが生地は一級品のものだった。
(かなり位の高いご令嬢ね)
マリーの正面に座る姿勢からも、それなりの教育を受けてきた者だと言う事がすぐに分かった。
「……それでは、本日はどのような事をお占いになりますか?」
女性はしばらくの沈黙の後、口元を隠していた扇子を音もなく閉じ、そっと膝の上に置いた。
扇子の上に重ねられた両手は微かに震えている。
「……ここでの事は一切を秘密にして頂けるのかしら?」
「はい、勿論です。この部屋には貴女と私だけ。ここでお話しされた事は一切他言しないとお約束致します」
ニケは応接間には入らず外で待っている。
「……想う心を、占っていただきたいの」
「恋占いでございますね。……では、こちらの紙に占いたい相手のお名前を書いて頂けますか?」
「………私と、では無く特定の相手同士を占いたいのだけど可能かしら?」
「ええ、大丈夫です」
女性は少しだけ迷った様子の後、紙に名前を書いた。
若干震えた字であったが、難なく読み取る事ができた。
「……彼が、彼女をどう思っているかを占って頂戴」
「かしこまりました――しばらくお待ちくださいませ」
紙を持ってマリーは部屋を退出した。
「オーラン・ジルクス様……って」
『この国の第一王子ね!相手は……ティナ・レイン……』
マリーの呟きに返したのはジェシカだ。
『……この、レイン家ってどなたがご存知?わたくしが生きていた頃には聞いたことのない家名だわ』
『イブも知らない。そもそも全然貴族の家とか覚えてないけど』
『……男爵家かその辺りに居たんじゃないかな。俺も現在の情報は知らないけど』
「アーシュ凄い。私も恥ずかしながら知りませんでした……」
(これでも一応貴族の娘だったのに)
『マリーは8歳だったんだから知らなくても何にも恥ずかしくないよ』
「……アーシュだって10歳でしょう?」
『俺は家柄的にその辺は詳しかったんだよ。ほら、さっさと占いを始めよう』
「……そう、ですね」
アーシュはたまに、踏み込ませてくれない領域がある。
それをよく分かっていたマリーはそれ以上追求する事はしなかった。
(寂しいですけど、ね)
湯を入れた茶器に手を翳し、願いを唱える。
淡く光ったクロベルの花弁から、黒く濁った、澱んだ色が広がり始めた。
『……凄い色だな!故郷でこういった色のドブ川を見た事がある!』
『嫌だグレン!思っていても口に出さない方が良い事ってありますのよ?』
『それはすまない、エバ!ついつい口から出てしまった』
『まあ、……仰りたい事は分かりますけどね』
『それで、マリー。結果はどうだったの?』
ジェシカの問いにマリーは首を傾げた。
「え、えと……少し戸惑う答えですね……。とりあえず、ご令嬢の元へ戻りましょう」
『アーシュはどう?』
『……うん、まあ、色通りと言うか……過程を知らない俺達では何とも言えない回答だな』
『ふぅん』
『ジェシカは随分気になるんだな!王子と知り合いだったのか?』
『まさか!話した事だってないわよ。ただ、……面白そうじゃない?王家の色恋沙汰なんて』
『あらやだジェシカったら。まあわたくしも傍観する分には気になりますけど』
『う〜ん、オレにはさっぱりだ!』
コンコンコン、と応接間の扉を3回叩く。
「どうぞ」
中から聞こえた声にマリーは失礼します、と返して入室した。
「大変お待たせ致しました。……こちらは貴女の占いの結果を出したお茶です。貴女に飲み干していただく必要があります。――安心してください、毒などは決して入っていませんから。もし、飲む事に抵抗がおありならばここでお帰りください。お題は勿論結構ですから」
「……頂くわ」
目の前に置かれたお茶を訝しげに眺めていた女性は、それでも一度咳払いをした後綺麗な所作でお茶を口に含んだ。
「――美味しい……。この色からは想像も付かない、優しい味ね」
占いで使ったお茶は、結果によって見かけも味も大きく変化する。
マリーはその味は分からないけれど、今の所不味いと言われた事はなかった。
―――飲む前に、安全かと疑われる事はしょっちゅうあれど。
「それは、良かったです。……それで、占いの結果なのですが―――彼が彼女に抱くのは、激しく隠し込んだ怒り、です」
「い、かり……?」
「はい。申し訳ありませんが、恋愛での意味の占い結果にはなっていないかも知れません」
「そう、そうなの……」
女性の目元は仮面で隠され分からないが、その口元からは力が抜け弛んだのをマリーは感じた。
「少しは貴女の心を軽くするお手伝いが出来ましたか?」
「―――えぇ、ええ、とても。ありがとう、占い師さん」
そうしてお茶を全て飲み干した女性は、ニケと共に森から去っていった。
『さっきの、オーラン様の婚約者よね』
『あら、ジェシカもそう思いまして?わたくしもそうだろうな、と思っていた所ですわ』
『そんな高貴な方が、わざわざこんな森にまでねぇ……。イブは占い信じない方だからその労力に驚くよ』
『イブ、君がこの占いを教えてくれたんだろう?』
『イブはあくまで本の話をしただけだよ〜。信じてるか、信じてないかは別の話』
イブののんびりとした発言にマリーは思わず笑ってしまった。
「けれど、不思議ですね。占いに頼ると言う事はきっと、彼女には王子と件の女性の関係が怪しいと思ったからでしょう?なのに、王子が抱いているのは怒りだなんて……」
『……まああくまで占いだからね。当たるも当たらないも気休め程度に留めておくのが1番だよ』
『オレもアーシュに賛成だな!儲かるのはいい事だけど、な!』
『さすが商人ね。でもわたしもそう思うわ。占いとか、予知夢とかそういった物を信じすぎるのはリスクがあるものね。結局人生は自分の行動一つ一つで変わるもの』
『ジェシカ、深いね。イブ感動した』
『嫌だ、お酒も飲んでないのに語っちゃったわ。ねえマリー今日は少し飲みましょうよ。明日は何にも予定もないし』
「いいですね、この前街に行った時に買った葡萄酒を開けちゃいましょうか」
『あ!じゃあイブあれ食べたい。お肉とお野菜ほろほろに煮込んだやつ』
「作りましょうか」
『やったー!イブ、マリーのこと大好き』
マリー達が晩酌のお供を考えている頃、王都では一つの恋物語が大きく動き出そうとしていた。




